「試み」
静かな部屋の中、俺は恵那と向き合っていた。なにやら話があるそうだ。目の前にいる恵那は胸の内を明かすのを躊躇しているのか、表情が硬い。
「恵那どうしたんだ?」
俺は問いかけると決心がついたのか。息を吸い込んだ。
「私! 赤ちゃん欲しい!」
ゆったりとした空気が漂う家の中、恵那が突然、言い出した。子供。結婚する人の大半は望む二人の絆の証。無論、すぐに賛同してやりたいところだが一つ、見逃せない点がある。
「でも、お前の体は」
「分かっている。きっと私の体は赤ちゃんを産めるほど強くない。仮に産んだとしても」
彼女自身、ここ数年でかなりアクティブな遊びが出来るようになっていた。しかし、出産というのか母体にかなり負担がかかる。最悪、命を落としてしまう危険性もあるのだ。
「でも今は違うかも知れない」
「かも知れないだろ? 憶測に過ぎないよ」
少しキツイ言い方をした。
「それに俺の仕事柄。いつ死ぬか分からない」
「でもソラシノ君は強いじゃん! 強いから生き残れたんでしょう?」
「確かにな。でも一番の理由は最悪を想定してきたからだ。。強いだけじゃどうにもならない」
自分の経験則を話すと恵那は押し黙った。
「今日はもう寝よう」
「そうだね」
俺達は一緒の布団で眠った。ただ一つ違うのは背を向けあった事だけだ。
後日、俺はオフィスで資料を作成していた。討伐した忌獣の数と種類。特性などをレポートに纏めていく。こうしている間は昨日の事で悩まなくて済むから良い。
ただそれでも指を止めると、恵那との会話を思い出してしまうのだ。
いてもたってもいられなくなった俺は休憩を取ることにした。対策本部の建物から少し離れた公園。ベンチに腰掛けてコーヒー片手にリラックスしようと考えていたのだ。
「顔色が優れないな」
「庭島」
缶コーヒーを片手に持った庭島が隣に座ってきた。
「カミさんと揉めたか?」
「君にはお見通しか」
俺は思わず、笑みがこぼれた。そして、事の詳細を話すことにした。
「恵那が子供を産みたいと言っていて。でも俺は身を案じてそれを否定した」
「そういやあいつ。そうだったな。もう治ったものかと」
「マシにはなりつつある。ただ、出産となると話が変わる。心身ともに疲労するし、最悪命にも関わる」
「お前の気持ちも分からんでもないけど、あいつもそれなりの決意があってのことだろ? あいつも考えなしってわけじゃない。だからあいつも悩んでいるんだ」
「そうだな」
自分の身のことは彼女自身が一番理解しているはずだ。それを理解していなかったのは俺の落ち度だ。今、一番未来が見えずに怯えているのは彼女だ。
「帰ったら謝るよ。そしてもう一度話す」
「そうしろ」
庭島がにこやかな笑みを浮かべた。やはり彼は頼りになる。
家の鍵を開けるとキッチンから良い匂いがした。おそらく恵那が料理を作ってくれているのだろう。
「ただいま」
「おかえり! 待っていてね! もうご飯できるから!」
今朝とは打って変わっていつもの恵那がそこにはいた。
「恵那。なんで子供が欲しいんだ?」
俺が質問すると恵那がキッチンの火を止めた。
「私がお父さんとお母さんが死んじゃったことは知っているよね。その時、凄く寂しかったんだ。だから今度は自分で作りたかったんだ。新しい家族を」
俺は耳を疑った。この子は己の過去と向き合おうとしているのだ。
「それとソラシノ君も親がいないからきっと家族の良さが分かるんじゃないかって。家族は良いんだよ。とっても」
俺に親はいない。故に世間一般で言われる両親の愛情とやらも知らない。彼女はおそらくそのことも考えていたのだろう。
「わがままだって分かっている。でも私。家族が欲しいよ」
恵那が今にも泣き出しそうな声が絞り出した。
「自分の命に関わってもか?」
「うん」
恵那は首を縦に振った。その目は強く勇ましさとこれから訪れるであろう試練を乗り越える覚悟が伺える。俺は恵那を強く抱きしめた。彼女も俺を強く抱きしめた。
「イエスって事で良いんだよな」
「ああ」
「嬉しい」
胸元の一部が濡れていく。しかし、それはどこか暖かく幸せすら感じた。
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