「最強とひまわり」

蛙鮫

「プロローグ 最強の戦闘員」

 曇天の下、血の匂いが漂う戦場を駆けて行く。辺りには武装した無数の戦闘員と化け物の死体が転がっている。


 遠くの方から銃声が聞こえた。俺はすぐさま、そこに向かった。


 音のする方に向かうと五メートルはある怪物が武装する男に近づいていた。

 獣よりも大きな体。鋭い爪と牙。討伐対象の怪物だ。


 奴は忌獣。俺が所属する組織、忌獣対策本部の駆逐対象。襲われそうになっているのは忌獣対策本部の戦闘員だ。


 よく見ると肋と足を負傷しており、見るからに動ける状況ではない。


 俺はすかさず、彼との間に割って入る。


「あっ、あんたは!」


「ここは俺が」


「すまねえ!」

 戦闘員が息も絶え絶えに礼を言ってきた。すると忌獣が対象を俺に変えたのか、鋭い目で俺を睨んできた。


 俺は懐から刀状の武器を取り出した。


「グオオオオオオオオ!」

 忌獣が口先から唾液を垂らしながら向かっていた。そして、俺に向かって鋭利な爪を振り下ろしてきた。


 俺は攻撃をかわして、攻撃の隙を伺って行く。躱すこと自体は訓練を受け続けた俺にとって難しい事ではない。


「片付けるか」

 俺は手に持った武器を起動させた。聖滅具ヴァジュラ。対忌獣用の武器だ。


「行くぞ」 

 俺は刀身を振り下ろして、荒れ狂う忌獣を細切れにした。細かくなった化け物の肉と飛び散る赤黒い血が地面に染み込んだ。


「おい。あれを見ろ」

 戦闘員が怯えたような口ぶりで俺の後ろを指差した。後方に無数の忌獣がいたのだ。


 数は優に五十を超えていた。おそらくここらに生息する忌獣が総出で俺を殺しに来たらしい。


「殲滅開始」


「ゲルルルルル!」

 俺の一言を皮切りに忌獣達が砂煙を巻きながら、こちらに向かってきた。

 

「はああ!」

 俺は土を強く蹴り、殺意をむき出しにした忌獣の元に走った。まずは一体の首を落とし、続けてもう一体の脳天を貫いた。


 化け物から吹き出る血と臓物。喉から吐き出される断末魔。襲いかかる忌獣を次から次へと掻っ捌いていく。


 肌と服が赤く染まり、鉄の匂いを帯び た。そして、忌獣を切り刻んで数分が経過して、最後の一体になった。


「お前で最後だな」


「オオオオオオオオオオオオ!」

 忌獣が雄叫びを上げながら、飛びかかってきた。俺は血濡れた刀身を構えて、首を落とした。


 生首が転がり、切り離された胴体は動かなくなった。


「終わったか」

 俺はため息をついて、空に目を向けると曇天の切れ間から陽の光が差していた。


 任務を終えて、護送車に乗り込んだ。行きは満員になるほど戦闘員が座っていたにも関わらず、帰りはほとんど空席だった。


 しばらく走行していると目の前に真っ白な施設が見えた。ここが俺の住処。


 住処とはいったが、実際は俺を監視し、研究する対策本部の研究施設だ。

 

「ソラシノ。戻りました」

 受付のモニターに呟くと、音を立てて自動ドアが開いた。


 研究室に入ると、白衣を纏った数人の研究員達がやってきた。


「よく戻ってきた。早速で申し訳ないが検査だ」


「はい」

 俺は言われるまま、検査に応じた。診察台の上に乗り、頭や手足に機会がつけられていく。子供の頃から何度も行われてきたルーティンの一つだ。


 どうやら今回は任務の外傷や戦闘記録など調べているらしい。

 

「外傷はないな」


「今回も彼がほとんど掃討したらしいですね」


「ああ、そして巣の近くにいた忌獣に関しては全て」


「忌獣一体殺すのに何人もの戦闘員が犠牲になるが、彼が違う」

 横たわる俺の周りで白衣を纏った研究員達がぶつぶと話している。こんなことばかりだ。


 忌獣を殺しては検査。殺しては検査。この世に生まれて十六年間、ずっとこの繰り返しだ。


 戦闘や訓練や時以外は自室で休み、唯一与えられた娯楽といえば読書や絵を描く事だけだった。


「検査終了。自室に戻るように」

 無機質な声に従い、俺は部屋を後にした。


「今日は何を読もう」


「ソラシノ」

 部屋に戻る道中、読む本について考えていると白衣を着た研究員の女性に呼び止められた。


「何ですか?」


「ついてこい」 

 研究員に言われるまま、ついて行くと来客室の方に招かれた。


「中にいる。では」

 女性はそう言うと、去ってしまった。俺がノックをすると聞き慣れた声が返っていた。


 扉を開けると、一人の年配の男性が椅子に座っていた。松阪シライ。俺に剣術を教えた人だ。


「すまないね。来てもらって」


「いえ」

 温和で有名な老人であるが、今回は真剣な表情で椅子に腰掛けていたので、ソラシノも若干、気を引き締めていた。


「ソラシノ君。学校に行きたまえ」

 俺は思わず、耳を疑った。

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