第28話 小竜
小竜に向かって、「
ウィスの風魔法で、充分に溜まった慣性が解き放たれる。
今まで使用していた小石砲に負けない速度で飛んでいく。
しかし、威力はそれ以上だ。
奴は、翼を折りたたんで食事をしている。
着弾までもう少し。ショートソードを取り出し、構える。
ドスッ、ドスドスドスッ。
刃が肉に突き刺さる、鈍い音がした。
よし。成功だ。
間違いなく翼は貫通し、体まで達している。
「グギャオオオオオオオオ!!!」
襲撃を感知した小竜が、甲高い声で叫ぶ。
思わず耳を塞ぎたくなるような、騒音だった。
それは悲鳴のようには聞こえなかった。
まるで、怒声のような。怒りの籠った咆哮だ。
翼を広げ、こちらを向く。ナイフが刺さったままのそれは、実に痛々しかった。
それでも体は三倍になるかという程、大きく見えた。
悠然と羽ばたくも、体はもう、浮き上がらない。
目論見は成功している。
空へは上がれはしないが、周囲に風が巻き起こる様子から力の差は歴然だ。
違和感を覚えた小竜は、こちらを睨む。
「お前がやったのか。」と。
爬虫類然とした、冷たい瞳と鈍く光る鱗は、恐れを抱くには十分だった。
ただ、ここで逃げては意味が無い。
体の震えを抑え、向き直る。
これで分かった。奴は怖いし、僕よりも強い。
ただ、逃げるほどではない。
翼には、おびただしい数のナイフが刺さったままでいる。
そのナイフをまた「固定」する。
体の自由を奪うためだ。空中で奴を磔にする。
抜き去るにしても空間に定着しているため、ダメージにはなるだろう。
奴は体が動かないことを悟ると、空で見た火球を打ち出そうとしていた。
口を大きく開き、小さな熱量の塊が集まっていく。
それはいずれ煌々と輝き、辺りに陽炎を作り出す。
発射速度は分からない。
だから身を屈め、回避姿勢を取る。
それは、一瞬のことだった。
森での戦闘経験に、少し慣れてきたことからの慢心。
あまりに異常な速度。
避けようとして、出来るものではなかった。
少し掠ると思った時、ウィスが魔法を発動した。
その風は火球の勢いを少し抑え、僕は無傷で済んだ。
感謝を伝える暇はない。
回避姿勢のままショートソードを振りかぶり、突進する。
火球には少しの溜めがある。
それまでには十分に到達する。
小竜は、ナイフを抜き去ってまで避けようとしない。
その理由はすぐに明らかになる。
力一杯、その胴に剣を振り下ろす。
手ごたえはまるで無かった。寧ろ、弾き飛ばされることになった。
まるで、地面を蹴ったような感覚。
そこには少しの弾力と、傷一つない揺るがぬ硬度。
手元の剣は、ひしゃげて使い物にならなくなっていた。
弾かれて態勢が崩れる。
その隙を、奴は見逃さなかった。
翼の傷が広がることを厭わず、体を旋回。
翼はもう、ボロボロになっていた。
ただ、その勢い付いた尾で僕を横なぎにする。
腕でガードするが、衝撃は計り知れない。
車に轢かれたことはないが、このダメージがあるのだと思う程だった。
横の木まで吹き飛ばされる。
右腕はもう動きそうにない。肋骨も、何本か逝っているだろう。
いやあ、まともにやってたら、勝ち目が無いだろう。これは。
ウィスは駆け寄って、オロオロしている。
「ちょっと離れててね。」
背中を一撫でし、そう告げる。
逃げるという選択肢は、もう無い。
不可能だし、したくもない。
こちらから仕掛けているんだ。それに。
僕は決めている。あのオークとの戦いから。
それよりもっと前だったのかもしれない。
殺し合いをするからには。敬意を示さなければ。
彼、小竜に痛みを与えるなら、僕もそれを負わなければならない。
木を背中に、支えとして起き上がる。
そして腰のナイフを抜き、左手で構える。
彼は変わらずこちらを見ている。
追撃も無しか。舐められている。
それもそうだろう。旋回した時に見えた背中には、小さな傷しかなかった。
でもそれでいい。
僕は別に、正面切って殺せるとも思っていない。
こんなに力強く、恐ろしく、美しさすら感じる造形の竜に。
ただ時間があればよかった。
このまま逃げ回ってもよかったが、僕のポリシーに反する。
少しの睨み合いが続く。
自慢の翼を傷つけられた怒りはあるだろうが、すぐに殺せるだろうという思いから、僕を泳がしているのだろう。
僕も思っているよ。もうすぐだと。
ほら。
彼は違和感を覚える。
体の動きに。足を踏み出そうとしても、動きにくい。
次第にその違和感は、”痺れ”へと変わる。
体が硬直していく。眩暈がする。
動かない。あの人間は何をした。
小竜は、僕の目の前まで来て、倒れた。
最初の一撃で、勝負は決まっていたから。
それにしても、毒が効いてよかった。
駄目だったら、死ぬしかなかったから。
僕は蜂の毒を、ナイフ全てに塗り込んでいた。
起きた時、散らばっていた蜂の死骸をよく見ると、腹袋に毒があることが分かった。
それを全てのナイフに塗り込み、魔法袋で保管した。
だから病み上がりで、小竜に挑めたということだ。
勝算が無ければ、来ていない。
体に不調を抱えたまま、竜と対峙するなど正気ではない。
僕は倒れる彼に向って近づく。
そして祈り、首元にナイフを突き立てた。
異常な程に切れ味のいいそれは、竜の鱗、肉をいとも簡単に貫いた。
ショートソードを弾く硬度を持っていたにも関わらず。
毒によって完全に意識を飛ばした小竜は、断末魔さえ上げない。
太いホースのような、嫌な弾力を持つ動脈を断つ感触。
それは何時までも手に残る気がした。
間欠泉のように噴き出す血の雨に濡れて、少し目を瞑った。
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