修行と猫

第11話 魔物と子猫を区別した。

さて、大方の問題は解決した。


手の自由も利き、トイレも完了。

これから何をするべきか。


山籠もりで修行か。それとも人里に出るか。どちらも捨てがたい。


正直、僕の現状の戦闘力には不安がある。

このような状態で人里に出ても、日雇い労働者になるのが関の山だろう。

先生が言うには、ここから一番近い場所は、ここから北東にあるケラヴノス王国のアルケ辺境領だという。

一応このバトス大森林は、辺境領に管理されているが、開発は進んでいないらしい。


ケラヴノス王国とは、この中央大陸の西に位置する巨大な王国である。

代々、雷魔法を使う王族が支配しており、その武勇は大陸中へと広がっている。

かつてから使者の受け入れについては後手に回っており、現在では躍起になってかき集めている最中であるという。


そんな王国に向かうとなれば、こちらも気合を入れねばならないだろう。

僕としても、一つの場所に縛り付けられるのは望まない。


しかし隣接しているアルケ辺境領は、王国からは軽視されており、結びつきも比較的弱いという。

もし辺境で使者であるということがバレても、即刻突き出されるということはないだろう。というのが、先生の見立てらしい。


まあ第一目標として力をつける。

第二としてアルケ辺境領に向かう。というところが丸いだろう。


幸い、先生から僕の実力に合った魔物をリストアップしてもらっている。

これからその魔物を狩り、路銀と経験値と習熟度を貯めなければ。


_____________________________


そしてゴブリンを狩ろうと森に出た時のことだった。

滝壺周辺には、強い魔物はいないはずだった。

以前まで先生の住み家となっていたため、ある程度の知性がある魔物は、命の危険を感じ近づかないからだ。


一匹の子猫に出会った。

その子猫は大小様々な傷を負っており、ぐったりと地面に倒れこんでいた。

美しい白い毛並みと、額には小さな緑の宝石のようなものが埋まっていて、

浅い呼吸がなんとも辛そうだった。


殺してしまおうかと思った。

なんとなく珍しい魔物のような気がして。倒せば多くの経験値が得られると思った。何よりこれから僕がしようとしていることはそういうことだ。


特に僕に危害を加えていない魔物に先制攻撃をし、命を奪う。

人の役に立つことかと言われれば、現在はそうではない。


もしこれが醜いゴブリンだとしたら、多少迷うくらいだろう。

決してこれ程狼狽えることなく、殺していただろう。


ただ僕は、助けることにした。ただ、可哀想だという理由で。

ただ、姿が可愛らしいという理由だけで。

ただそれだけのことで、僕は魔物とこの子猫を区別した。


その選択が正解だったかは分からない。

ただ僕はこの迷いとエゴを、一生抱えながら生きていかなければならないと思った。この世界で生きるためには。


子猫に駆け寄ろうとした時、向こうの茂みが大きく揺れた。


のそりのそりと、狼の群れが歩いて来る。

大きさは大小あるが、どれも一メートルほどのものが四匹。

不思議な話だが、この狼たちが子猫を傷つけ、追いすがったらしい。


こんなに小さい肉で、四匹の腹は満たされるのだろうか。

今はそんなこと、どうでもいい。ただ、この子を守るだけだ。

もうこのエゴを貫くと、僕は決めた。


狼はすぐに飛び掛かればいいものの、こちらの様子を伺っている。

残念なことに、舐めてかかってはくれないようだ。さあ、どうするか。


こちらはゴブリンを倒したときのショートソードと、少しの固定魔法のみ。

魔法はオオカミ達への直接的な有効打足り得ない。いや、本当にそうか?


軽快されないためにゆっくりと腰を落とし、手ごろな石を拾う。

そして空中に「固定」。

その小石目掛けて、ショートソードの横っ面で何度か思い切り叩く。


狼は目の前の人間が何をしているか、理解が出来ていない。

そして僕は固定を解除する。

すると小石は、弾丸のように狼へと飛び、一匹の足を吹き飛ばす。


以前の訓練中に考えたことがある。「固定」された物体の慣性はどうなるのか。

答えは単純で、都合の良いものだった。


それは、「蓄積」される。

過程が魔法で捻じ曲げられ、結果のみが現れる。そんなようなものだった。


前に飛ぶはずの小石は、その威力と慣性を蓄積させ、常識では考えられないような速度へと達する。


そう、それは、弾丸のように。


籍を切ったかのよう、三体の順に狼が飛び掛かってくる。


ぶっつけ本番だが、限界を試すしかない。

目の前に来た狼に向け、横なぎに剣を払う。その剣を、「固定」。

予想の軌道とは外れ、不自然に静止した剣に向かい、狼は突っ込む。

その隙に後ろの一体に向かって飛び掛かり、ナイフで脳天を一突き。


最後の一体に、左足を噛まれる。

想像以上の咬合筋だ。刺すような痛みが足元から脳天へと駆け巡る。

しかし体に触れてくれているのなら。イメージが容易になる。試す価値はある。


狼の牙を僕の足に「固定」する。


狼は次の攻撃に移ろうとするが、違和感を覚える。

何だこの感覚は。獲物に喰らい付いたはずだ。

しかし逆に、その獲物が喰らい付くように、その牙が動かない。

無理矢理にでも引き離そうとすれば、抜け落ちてしまいそうなほどに。


無理に固定し、狼は戸惑い暴れる。

首を回し、引き剝がすように。しかし牙は抜けない。牙はもうそこから動かない。

多少の歯が傷口に食い込むが、これくらいの痛みならば安いものだ。


随分と痛みには鈍感になったらしい。

あの固定魔法の定着に比べれば、並大抵の痛みには動じない。


足元で蠢く狼にナイフで止めを刺す。

宙に浮くショートソードを引き離し、初撃の石礫で倒れている狼にも同じことをする。


随分と危なげなく勝てたものだ。向こうは全滅、こちらは足の傷のみ。僥倖だ。


あのゴブリンの時のようになってしまったら、この子を助けられないから。


「苦しいよな。でも多分もう、大丈夫だから。」


苦しそうにする子猫を抱え、足を引きづりながら滝壺へと戻る。


思っていた形とは違ったが、まあ修行にはなったと思う。








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