第36話  中間筋

三か月。


三か月だ。僕は走って筋トレをして。それしかしていない。

頭がおかしくなりそうだ。このままだと、ランニングに殺される。


宿のレンタル期間はとうに過ぎ、今は先生ご紹介のギルド宿舎に泊っている。

もう、ギルドの職員さんとは顔馴染みだ。

ルクーダさんやメトゥリタさんとも、かなり仲良くなったと思う。


彼は顔を合わせる度に、やつれた僕に言う。

「すまねえなあ。本当すまねえ。まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。」


そこまで謝られると、どうも気まずい。


彼女は哀れな顔をして言う。

「最近頑張っているわね…。あまり無理はしないでね?」


あのメトゥリタさんですら、ここまで柔らかい物腰だ。

僕の憔悴具合が分かるだろう。


たまに食事やお酒に誘われるが、先生に禁止されている。

食事は決められたメニューだし、お酒は筋肉に良くないためとのことだ。

いよいよ本当に、頭がおかしくなる。


ウィスはすっかり頼もしくなって、実力を上げているようだ。

今では傷一つ無く、狩りから帰ってきている。

節々の動きから、俊敏性と鋭さを感じる。もう僕よりも強そうだ。


このままだと技の練習が遅くなるとのことで、前より早い時間に先生に叩き起こされる。


そして寝起き早々に、ランニング。

それが終わると昼食だ。食後は腹ごなしの素振りを夜まで行う。

合間合間に先生の演武を見て、夜を迎える。そして夕食。


食事はギルドのバー兼食堂で、特製メニューを山のように食べる。

大量の肉と、大量のブロッコリーのような野菜。そして米のような穀物。

肉は鳥のような味がするが、何の肉かは決して教えてはくれない。

この三つはいいんだ。まだ美味しい。味付けも数日置きに変えてくれる。


許すことが出来ないのが、特製の黒緑色をしたドリンク。

ピッチャー一杯のそれは、人間の業を煮詰めたような味がする。

雑巾のような臭みと、ゴーヤのような苦み。それを増幅させるように感じる少しの甘み。とろみのある喉越し。勿論、何が使われているかは秘密らしい。


断言しよう。僕はこれを飲むのが一番辛い。断トツだ。

飲んだ後の数十分は、ウィスですら僕に近づかない。


僕の食事風景は、ギルドの中の風物詩となっていた。

声を掛けてくれる人も多くなった。それは嬉しい。

いや、特製ドリンク差し引いてマイナスだ。


「白鷹」のメンバーもたまに見かける。

僕がドリンクを飲んでいるのを見て、励ましの言葉をくれる。

ロアスさんのイケメンスマイルも、前より強い憎しみを覚えるようになった。


僕にケンケンしていた、大柄な男の人とも話すようになった。

彼は「白鷹」の前衛、ガロドというらしい。

僕がボロボロになって修練をしている姿を見て、話してもいいかと思ったという。

特製ドリンクを飲む僕を見て、愉快そうに笑っている。


「白鷹」の女子ーズは、変わらずウィスに首ったけだ。

斥候の子はエラ、ローブの子はリディアというようだ。

まあ、僕に興味は無いみたいだし、頭の片隅に置いておこう。


先生は横で、日々変わる美味しそうなメニューを食べている。

僕が特製ドリンクと睨み合っていると、決まっていつも言う。


「それ飲まなきゃ、始まらないよ。」


意味が分からない。何が始まるってんだ。たすけてくれ。


______________________


基礎訓練は随分様になってきた。

体が慣れてくると、合間合間に全力疾走することを求められる。

もはや普通の速度で走ることが休憩と化している。

今では凄いもので、八時間程走れるようになった。

絶対にここまでの体力は要らないはずだ。魔法の世界とはいえ、まず人体の構造的にあり得ない。元の世界であれば、ぶっちぎりでマラソン世界チャンピオンだろう。


素振りもそうだ。

今では軽々と、鉄塊を操れる。1時間程度なら振っていられる。

おかしい。自分の体ながら、たった三か月でここまで成長するなんて。


そしてさらに異様なのが、僕の体のサイズだ。

本来ここまでのスペックであれば、筋肉星人になっていてもおかしくない。

胸筋は顔程に膨らみ、腕は丸太のようになっているのが当然だ。


しかしそこまでサイズの変化が無いのだ。

確かに筋肉は付いている。足も腕も太くなったし、腹筋も六個になった。

ただ、それまでなのだ。細マッチョなのだ。


怖い。自分の体が怖い。


あまりに恐怖を感じた僕は、先生に聞いてみた。

すると彼は当然のように答えた。


「それは、中間筋を鍛えているからだね。」


続けて彼は言う。


「魔力操作や光魔法で自己治癒能力を高めると、筋密度と中間筋が成長する効果があるんだ。君がいつも飲んでいるドリンクにも、その効果も含まれているよ。」


そう言えばある漫画で読んだことがある。

筋肉は主に三種類ある。

「白筋」「赤筋」「ピンク筋」と。


白筋は持久力が無く、瞬発的に大きな力を出せる筋肉。

赤筋が瞬発力が無く、持久力のある筋肉。


そして中間筋とも言われるピンク筋は、その二つの長所を合わせ持つ最強の筋肉だと。本来、人体が少ない%しか持ち合わせないそれを、僕は急速に増加させているらしい。

そしてそれが、常人の何倍もの筋密度で付いていると。


化け物じゃないか。


日々治まることのない筋肉痛の中で、僕は化け物に作り変えられようとしている。


愕然としていると先生は言う。


「そろそろ、技の修行を始めてもいい頃だね。」


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