第37話 技と休暇

サイフォス先生は演武から「”初式”閃光スラッシュ」を抜き出して僕に見せる。三か月前まではまるで出来なかった、あの技だ。


「そうだ、試してみる前に。」


彼は手を擦り合わせた。


「魔力操作を練習していたね?それを維持しながら剣を振るといい。」


何となく予想は付いていた。

回復のために魔力を体に流していたが、効果はそれだけではないと感じていた。

体に熱が籠り、力が増すような感覚。


これは、身体強化も兼ねている。


剣を構える。訓練用の鉄塊では無い細身の剣だ。

握る手に魔力を流す。肩から腕、腕から手へと熱が移る。

感覚的に理解した。この魔力は、剣にも灯せると。

剣身が、魔力の薄い赤に包まれる。


そして脳裏に焼き付いた先生の動きをなぞるように、剣を振る。


力を込めた腕の筋肉が軋む。

剣閃の魔力が、空気と擦れるように赤い光を発する。

振り下ろしたのとは遅れて、風を斬る破裂音がした。


驚いた。ここまでやれるとは。


「うん。その感覚を忘れないようにね。」


先生は優しく微笑んだ。


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僕は久方振りの休みを頂いた。

取り敢えず、肉体強化は済んだためらしい。

もうこれで外周や鉄塊素振りをしなくていいと思うと非常に嬉しい。

ただ、毎日休みなく修練を続けていたため、何をすればいいかが分からない。


「娯楽」と聞いて思い浮かぶのは、やはり食事と酒だ。

しかし贅沢をすることは出来ない。


休みとはいえ、食事メニューはいつものものと決められているからだ。

お酒も勿論禁止だ。特製ドリンクを飲むことを強制されている。


話にならない。訓練場に入り浸っているため、この街についても詳しくない。

ギルドと、デラさんの工房と、領主館くらいだ。

時間も有り余っているため、久しぶりにデラさんの所にでも行くことにしよう。


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まだ昼前ということで、店には見習い少女のエレロちゃんが立っていた。


「猫ちゃん!お客さん!久しぶり!」


まだ覚えてくれていたようだ。

ウィスのことを先に呼んだことは少し気になるが仕方ない。

彼女は前と変わらずに、物欲しげな視線を向けている。


「こんにちは。またウィスと遊んでくれる?」


これが望みだったのだろう。僕はゆっくり武器でも見ることにしよう。


壁に立て掛けられた様々な武器と防具。

全てに手入れが行き届いており、金属光沢を放っている。

何度見ても壮観だ。男心をくすぐられる。


少しそうして見て居ると、奥の方からデラさんが汗を拭いながら出てきた。


「おう、久しぶりだな。修行は進んでるか?」


彼は気軽に話しかけてくる。


「進んでるも何も、地獄の日々ですよ…。」


時間もあるため、苦労話でもしよう。

彼は同情の視線を向けて、僕の肩に手を置く。


「大変だったなあ…。ん?体、デカくなったか?これは鎧の仕立て直しが必要になるな。」


手間を掛けることを謝罪し、少しの雑談をした。


「そうかそうか。体は出来上がったみたいだな。少し休みも増えるんじゃないか?」


「そうだといいですけどね…。そうだ。聞いて下さいよ。特製ドリンクって…」


「うげえ。あれを飲んでる奴なんて久しぶりだ。サイフォスは気に入った奴にあれを飲ませるんだ。迷惑なことだろ?」


正直嬉しかった。どうやら僕は気に入ってもらえているらしい。

少し修練にも身が入るというものだ。ドリンクも少しは我慢できるかもしれない。


ウィスがエレロちゃんと遊ぶことに飽きたようだ。

もう帰りたいというような視線を僕に向けている。

そろそろお暇することにしよう。


彼女の惜しげな視線を知らぬ振りで、店から出ることにした。


「おう、また来いよ!」


彼の明るい挨拶に、励まされる。

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僕は食事制限が掛かっているが、ウィスは別だ。

最近は一緒に遊ぶことも無く、僕は少し寂しい。彼女に美味しいものをご馳走して、機嫌を取ったのちに、少し相手をしてもらおう。


街の中央広場には軽食の屋台だけでなく、市場のような場所もある。

そこで上等な身の魚を数匹買い、彼女に献上する。


とても満足げに食べている。前からあまりお行儀のよい食ベ方ではなかったが、先生と森に出てから、それが悪化しているように感じる。

野生を取り戻したというか、さらに強めたというか。


獣の捕食のように、がっついている。

まあ、可愛いことには変わりはないが。

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街には、広場から少し逸れた所に緑豊かな公園がある。

時間はもう昼過ぎで、人気もあまり多くない。

まばらに佇む老人や、小さな子供を連れた主婦の集まり。


僕は木陰に座り、食堂で持たされたいつものメニュー弁当版を広げて食事を取る。

特製ドリンクの水筒付きだ。


少しウィスとじゃれた後、二人で仲良く昼寝をすることにした。

木の葉の間から差し込む日の光が気持ちいい。

こんなゆったりとした時間を過ごすのはいつぶりだろう。


枕にした腕の筋肉の張りが、修行の日々を思い出させる。

強くなったなあ。

技術はそれ程ではないが、肉体的な強度はかなり上がったと思う。


目線をずらし、流れる雲を見る。

頭に一つの考えが浮かぶ。


…辺境伯に挨拶に行くかな。


曲がりなりにも、この街で平穏に暮らさせてもらっている。

アポは無い。大丈夫だろうか。













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