第45話 宣告

遊撃最終日+残業が終わり、いよいよ掃討戦を残すのみだ。

修行と実戦によりそれなりの実力が付いたとは思うが、未だ不安は残る。

何せ掃討戦は、初めてのレイド戦というか、大規模な戦闘だ。

動き方も心構えも、ルールすら分からない。

この世界に来て、他人に助けられっぱなし、甘えっぱなしの僕ではあるが、少しくらいの説明が欲しい。


「サイフォス先生、また何も説明してくれないんだろうなあ。」

なんて独り言も出てしまうような夜だった。

残業のアドレナリンで、まだ目は冴えている。

すると僕の部屋がノックされた。


「やあアル君。明日のことについて話に来たよ~。」

先生の声がする。これはまた、都合のいいことだ。ドアを開ける。


「いやあ遊撃なら適当でよかったんだけれど、掃討戦ともなるとね。少しばかり共有しとかなければならないと思って。」


「それはありがたいです。僕も不安に思ってました。」


「はは。そんな心配することはないよ。君も真面目にやってきたからね。心配は無いくらいには強いさ。」


「そうですかね。」

少し褒められて、照れ臭い。頬を掻く。


「それで、掃討戦のことだ。スタンピードは発生源の魔石を破壊することで終結する。斥候の情報から、これまでの遊撃により十分破壊可能な状態になっているそうだ。ここまではいいね?」


「はい。それはよかったです。」


「そうだね。でもこっからが問題だ。魔石は自分の力が弱まり、破壊されることを察知すると、往々にして最後っ屁をすることがあるんだ。それがとても強い魔物の生成でね。恐らく明日それが発生する。」


「ええ。」

なんとはた迷惑な機能だろう。


「まあ僕やイスキューロン様なら余裕なんだけれども、それじゃあ味気ないよね?」


「いや、そんなことは…」


「だから、お願いしてきたんだ。」


「な、なにを?」


「うちの弟子にやらせてもらえませんかって。」


「え?」


「うちの弟子を使ってみませんかって。」


「ん?」


「まあそういうことだから、明日は死なないように。」


そういうと先生は部屋を後にした。

ウィスはもうすやすやと寝ている。僕も考えることを止めて、寝ることにした。


_____________________


そして掃討戦当日の朝。

不思議と恐怖は無かった。それは蛮勇でも、自信でもないように思う。

実感の欠如。それに尽きるのだろう。

これから数時間もすれば、相当強い魔物と戦っている。全く想像できない。


思えばこの数日間、危なげない戦いが続いていた。

修行によってそれなりの力を付け、無心で戦うことが出来た。

この世界に来たばかりの時のゴブリン戦や、黒雷蜂や小竜のように、死を意識したことも無い。まあ、そうならないために修行していたんだけど。


そんなことを考えながら、ふわふわとした気持ちで関所へと向かう。

やはり最終日ということで、多くの冒険者がいた。

遊撃とは違い、自由に出撃することは無く、突撃の指示を待っているようだ。

今まで見ることが無かった貴族の私兵も待機していた。

人が多い掃討戦の時に一緒に出撃し、手柄を上げるということなのだろう。


辺境領兵と、イスキューロン辺境伯の姿もあった。

後方にて待機しており、号令の機会を伺っているのだろう。


冒険者の群れの中に、先生の姿が見えた。


「間に合ったようだね。怖くて逃げたのかと思ったよ。」

時間指定が無かったもので。どうやら遅刻ギリギリだったらしい。


「それじゃあ挨拶に行こうか。」

そういうと先生は、後方の辺境兵士団の元へ向かう。


まるでモーセのように兵士の隊列が割れ、イスキューロンへの道が開く。

僕は途方もない居心地の悪さを感じながら、後を着いていく。

兵士たちの視線が痛い。


「イスキューロン様、我が弟子を連れ参上しました。」

いつもとは違う、仰々しい様子で先生は話す。

少し高くなった台の上で、立派な椅子に腰かけながら、辺境伯は話す。


「ご苦労。してサイフォスよ。お前の弟子とは言え、首級を明け渡せとは大胆な物言いよ。」


「申し訳ございません。弟子がどうしてもと。」

言ってない言ってない。何を言ってるんだこの人は。

よく考えればそれもそうだ。スタンピードの大ボス討伐の手柄なんて、皆欲しいに決まってる。もっと言えば、辺境兵士団の面子に関わるものじゃないか。


だからか、この兵士たちの視線は。

そりゃそうだ。功を焦り、身の程を知らないガキだと思われているに違いない。

なんだよこれ。最悪だよ。


「まあ、いい。お前には恩もある。この度は首を譲ろう。」


「ありがたきお言葉。」

そう言って先生は頭を下げる。後ろでポカンとしていた僕は負けじと、先生より深く頭を下げた。


辺境伯の元を後にし、先生は言った。


「じゃあ、頑張ってね。」


「がんばってじゃないですよ。なんで僕が我儘言ったみたいになってるんですか。」


「あははごめんね。そんなことよりほら、始まるよ。」


文句を言い足りないながらも、それも待たずして、辺境伯の号令が始まった。




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