第47話 全力

少し後ろには先生と兵士達。

すぐ横にはウィス。

数百メートル前には確実な死。


僕は先生に言う。


「死にたくないんで、全て使いますよ。」


彼は少し笑って言う。


「どうぞどうぞ。後始末は付けるよ。」


「それが聞けてよかったです。」


僕は頼もしくなった相棒と共に前へと進む。


_____________________


準備は完全ではない。

僕の使える最大火力の技は、固定魔法で放つ設置型の罠だろう。

それであれば小竜ですら貫ける。

しかし今回求められているのは罠ではないだろう。

サイフォス先生が見たいのは剣技だ。


とは言え固定魔法は使わなければ。力を隠して勝てる相手じゃない。


肩に掛けた魔法鞄から剣を取り出しながら歩く。

段々とミノタウロスとの距離が近づいていく。

ウィスは血気盛んに毛を逆立たせている。


「頼むよ。」

僕の一言で彼女は駆ける。

風を身に纏い、木々をすり抜けながら。


ミノタウロスは叫ぶ。それは辺りを震わせ、力を誇示する。

右手に持った巨大な戦斧を振り回すと、森が開けていく。

大振りだが、巨躯から生み出される膂力は素早さを持っている。


しかしウィスは躱す。生み出した風で空を蹴りながら。

その身の小ささと俊敏性は、そう易々と捉えられるものではない。

そして待つ。僕の一撃を。


右手に持った剣に赤い魔力を込めながら僕は近づく。

奴はウィスに釘付けで、足元の僕など気にも留めていない。

何度も敵を屠った、全身全霊の技で開戦の号砲としよう。


「”参式”燕返しヘリドブレイド


何も呟くことは無い。ただ淡々と、全力の弐撃を足に打ち込むだけだが、今日くらいはいいだろう。少し格好つけたい気分だ。


ミノタウロスの足から鮮血が噴き出す。

両断という訳にはいかなかったが、充分なダメージだろう。


数秒にも満たない少しの静寂の後、怒りと悲鳴が入り混じった不快な鳴き声が響く。

奴は膝を着き、足元に居る怨敵を視認する。こいつがやったのかと。


こうなるとターゲットは僕に移る。以前の僕なら慌てふためいていただろう。

足の負傷により敵の攻撃は精彩を欠いてはいるが、それでも脅威に変わりはない。

でも今は、彼女を信じている。強くなった彼女を。


ウィスはヘイトが僕に向いたことを察知するとすぐに行動に移る。

スイッチだ。僕とウィスの役割が入れ替わる。

バックステップで少し距離を取り、ファンネルのように風の刃を数個作り出す。

それはドリルのように捻じられ鋭さと貫通力を持つ。

風魔法の溜めの間はというと、僕がヘイトを受け持っている。

頭上からは隕石のように戦斧が振り下ろされ、必死こいて逃げている。

逃げながらスラッシュを放ってはいるが、腰が引けていて思うようなダメージは出ない。その間にも風の刃は放たれ、僅かながら的確にダメージを与えている。即興ながら良い連携だ。


そして一つの刃がミノタウロスの目に突き刺さった。

敵は狼狽え、膝を着き顔を抑える。ここが勝負所だ。

僕は山を登るように敵の体を駆けのぼる。そして肩に着き、剣を構える。

極限まで研ぎ澄ませた集中で、首に向かって全身全霊の攻撃を放つ。


”参式”燕返しヘリドブレイド


刃が動脈まで達した感覚。太いホースを斬った手ごたえ。

「獲った。」

そう思った。

すると僕の隣には、ミノタウロスの剛拳が迫っていた。

剣を構えてその場に固定し、ガードする。


次の瞬間、僕は地面に叩き付けられていた。

軋む背中、空気が全て抜けた肺、割れそうなほど痛む後頭部。

頭上には首元から噴き出す血を抑え、怨嗟の籠った目でこちらを見るミノタウロス。

そして振り下ろされる斧。スローモーションに変わる景色。

走馬灯は無かった。

ただ、明確に近づく死のみがそこにはあった。


うーん、頑張ったんだけどなあ。

そんな風に思った。

少しの後悔と達成感を抱え目を閉じようとしたその時、視界の端に小さな白い体が見えた。ウィスだ。彼女は僕と戦斧の間に割って入ろうとしている。

そんなことをしたって、二人もろとも両断されるだけだ。

でも、それでも。。それは違うだろ。


「それは駄目だろう。」


視界に捉えた戦斧の細部まで、目に焼き付けるように認識する。

渾身の魔力を込めたその瞳で、僕は切り札を発動させる。


固定カンイシハイ


ウィスと僕に迫った死の刃は、その場にしっかりと固定されていた。

僕は飛んだ。魔力を用いた身体強化で、ミノタウロスの頭上まで。


そこには僕がガードした瞬間の、固定された剣があった。

僕はそれを握り、決死の覚悟で魔力を込める。


「”初式”閃光スラッシュ

「スラッシュ、スラッシュ、スラッシュ…」


固定された剣を前に、何度も何度も技を込める。

強弓を引き絞るように、張り詰めるように、慣性が蓄積されていく。

剣は赤い魔力で発光し、今にも割れんばかりに軋んでいる。


そして固定を解除する。

僕の手から離れた剣は、赤い稲妻のようにミノタウロスの頭蓋を貫通した。


暴れることも叫ぶことも無く、静かに黒い巨体が倒れる。

僕は、僕たちは、勝利を収めた。























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ほぼ説明無しで放り込まれた異世界、「固定魔法」と地道な修行で徐々に成り上がる。 八房十一知 @tomo0304

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