第27話 戦闘準備


顔に水を掛けられた。

寝ている状態だったから、溺れてしまうかと思った。

気管に水が入り、苦しかった。

けれど、体が少し楽になった気がした。


何だかふと、ウィスを助けた時を思い出した。

あの時も今みたいに、手を舐められていた。


目論見は成功したみたいだ。

体を起こす。

周りには蜂のバラバラになった死体が転がっている。


固定された奴らを、ウィスが切り裂いてくれたのだろう。


いつかみたいに、彼女は僕の手を舐めはじめた。

おおよそ、彼女が水を掛けてくれたのだろう。


「はは。心配かけたね。何とかなったみたいだよ。」


これは賭けだった。


僕の水筒に入っているのは、「聖魔力水」


傷や打撲、魔力だって回復する。

毒を持つ果実の腫れにすら、よく効いた。


なら、蜂の毒にも、多少効果があるのではないかと踏んだ。


それは正しかったようだ。

ウィスは残った水を、僕に掛けてくれたらしい。


さらにもう一つ、僕が生きているのには大きな要因があった。


あの蜂の攻撃だ。

ゴブリンは蜂に囲まれてから倒れるまで、少しのタイムラグがあった。

ということは針で刺してから毒の注入まで、少しの時間があったことになる。


僕は刺されてすぐに蜂ごと固定したため、多量の毒の注入から免れた。


体はまだ痺れていて、怠い。少し熱も出ていそうだ。

生きているだけ僥倖だろう。


もう辺りは夜だ。

重い体を動かして、木に登る。かなり堪えるが、仕方ない。

ウィスは、いつもより激しく、体を擦り寄せてくる。


良かった。生きてて良かった。

この世界に来て、もう何度目の幸運だろうか。


またゆっくりと、眠った。


___________________________


次の日は、さらに体が楽になっていた。


ここまで上手くいくとは。

もしかして、あの毒は致死性ではないのではないか。


ただ、強い麻痺効果があるだけなのかもしれない。

蜂の死体を見る。頭には獲物を食い千切るための、ノコギリのような口が付いていた。


となれば、推測も信憑性が増すだろう。

麻痺で動きを止め、食い破る。これが蜂の戦い方なのか。


でなければ、死んでいない訳がない。


今日は、この幸運に感謝して、休みにしよう。

バラバラの蜂を拾い集め、袋に詰める。

少し良いことも思いついた。


そして木の上に登り、ゆったりと景色を眺める。


後ろには遠くに城壁が見える。

前には木が絨毯のように広がり、風に揺れている。


滝壺は、見えないか。木の高さが足りない。


上空には、鳥達が輪を描くように悠々と飛んでいる。

いいものだなあ。


自然というのは見飽きないものだ。

死に掛けた夜を越えると猶更のこと。


鳥達の自由さにも、今は左程羨ましくも思わない。

僕も、自由だから。


ん?鳥の群れからはぐれている奴がいるな。

一際大きく、ボスのようなものなのだろうか。


いや違う。

追いかけているんだ。あの翼、蝙蝠のように広い。

そして赤茶色の体躯は。


あれ、小竜じゃないか?

小竜だな。鳥を捕食しようとしているんだ。


ほら、火の玉飛ばしてる。竜だな。あれ。


鳥は数体が燃え、地に落ちる。

それを追うように、小竜は急降下する。


そうかあ。そりゃあ見つからない訳だ。

空飛んでるんだもん。簡単な話だが、予想外だった。


体はまだ不調だが、追いかけるしかない。

降りている今がチャンスだ


木から飛び降り、降りた方角へと走る。

うん、左程スピードは落ちていない。これならまだ戦える。


__________________________


予想地点に近づいてきた。

茂みの中に、姿が見える。


赤茶色の大きな背中。背骨に沿うように等間隔で棘が生えている。

デカいなあ。


空を飛んでいる時は分からなかったが、間近だとなあ。

軽自動車くらいある。


これ、勝てるか?

まあ、やるだけやってみるか。


小竜は食事に夢中で、こちらに気づいていない。


まずは下拵えからだ。


機動力を奪わばければならない。

戦いの途中、空に飛ばれては詰んでしまう。


エレロのナイフを両翼に向け投げる。

そして「固定」。


慣性は留まったまま。解除すればそのままに、飛んでいくだろう。


しかし威力が足りない。自分で叩いて慣性を貯めてもよいが、大きな音が出る。


だから、昨日の訓練が生きる。

ウィスに風魔法を、ぶつけてもらう。


これで、小さな音で十分な慣性が貯まるという訳だ。

その威力は折り紙付き。


訓練では、木をぶち抜くまでの威力になった。

勿論、ナイフはお釈迦になる。


これを九本。

全部セッティングする。


さあ、準備完了だ。

相当な深手を負わせた状態で、戦闘が開始出来る。






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