第4話 復讐

ああ。喉が渇いた。

非常に寝心地の良いベッドだった。埃が舞っているからか、少し喉がイガイガする。これが喉の渇きに拍車をかける。


戸棚から本と鍋とコップを取り出し、ベッドの藁を少し千切りポケットに入れ、穴から外に出る。川から水を汲むと、そこらの木の枝を集めて、着火した藁から火を移し、焚き木を作る。

それで鍋を火にかけ、飲み水を作る。10分ほど煮沸すれば完了だ。

食べられるものがないか辺りを軽く散策しながら待つ。


沸いたようだ。コップで汲んで冷ましながら飲む。かなり美味しい。

朝は白湯を飲むと健康に良いらしいが、やっぱりキンキンに冷えた水がいい。


そんなことを差し引いてもかなり美味しい。~~の天然水なんて比じゃないくらいに。サバイバルの状況に酔っているのだろうか。いやでも、飲んだことが無いほど、あまりに美味しい。

結局食料は10分程度の散策じゃ何も見つからず、昨日取っておいた木苺を三つ口に放り込む。これで最後だ。


食料か。正直、水とシェルターは最高級のものを確保出来たと思う。

素人のウィキ知識に頼った不確実サバイバルを行わなくてよかった。


今日は少し森に入ろう。ここまで順調だと欲が出てくる。

置いてあった本を読もうかとも思ったが、何よりお腹が減った。

本はまだめくっていない。英語ならまだしも、完全に読めない字が出てきた場合、現地民とのコミュニケーションが絶望的であることが確定する。

十中八九そうなのだろうが、改めてその現実を突きつけられるのは、空腹の今では堪えられない。


そう決めると一度小屋に戻り、本と鍋を置き、ナイフとバックラーを装備する。

ないよりはマシだろう。ついでにリュックと水筒なんてあればなあ。

なんて思ったが、そこまではなかった。


大体、元の持ち主がいないということは、彼、彼女が持ち出して出発しているのだろう。当たり前の事実に少し肩を落として、森へと向かう。


ゴブリンに後ろからズドンは嫌だなあなんて思いながら、昨日よりも周りに気を使いながら足音を歩く。空腹で感覚が研ぎ澄まされているのか、周りに気配は感じない。


そんなこんなで二時間くらい散策を続けた。

幸運にも木の実を二種と大きなカエルを一匹見つけた。木の実のほうは青リンゴのようなものと、もうまさにオレンジのようなものを見つけた。


可食テストでは意外なことに青リンゴが駄目でオレンジがセーフだった。

青リンゴは腕に塗った途端酷い痒みが襲ってきて、今では赤く腫れている。最悪だ。


まさか毒になるとは。もう既に採取していたそれ三つを投げ捨て、オレンジ三つに入れ替える。オレンジの味はもうオレンジだ。味の薄い。美味しい。


カエルの方は仕方ない。お肉が食べたい。

一説では鳥のような味わいらしいじゃないか。決め手となったのは毒性のテストだ。少しぬるりとした体液を腕に塗っても、口に少し(ほんの少しだ)含んでも問題がなかった。後は焼いて見てだ。


なんて考えながらバックラーを裏返し、オレンジ三つとカエル一匹を乗せ抱えながら帰路につく。滝の水を赤みがかった腕に塗ると、少しだがましになった気がする。

少量の回復効果があるのだろうか。カエルは太ももが美味しかった。


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それから三日が経った。まだ本に手を付けてはいない。

食料のラインナップも左程増えていない。

野草が二つと木の実が一つ。

ドクダミのような葉っぱと、よく分からない芽のようなものだ。

ドクダミはかなり葉っぱ感は強いが、芽の方は違う。

火を通すとかなりほくほくとしていて、炭水化物感が強い。

この発見には心が躍った。木の実は胡桃のようなもので、これもまたおいしい。

植物性の油感はたまらないもので、多くは採れない。

しかし落ちているのを見つけると、ポケットをパンパンにした。


カエルは二匹獲れた。少々色に個体差があるようで、可食テストを毎度行うが、味は完全に一緒だった。しかしカエルで毒死なんてことは馬鹿馬鹿しいため、毎度行うこととしよう。


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四日目。その日はあまり胡桃が取れず、ポケットとバックラーをドクダミで溢れさせ帰路についた。


すると視線の先にゴブリンがいた。まだこちらには気づいていない。


やるか。逃げるか。正直、ゲーム感覚だったことは否めない。

RPGでは、敵が自分より圧倒的に強い場合以外、逃げることなんてそうないだろう。まして相手は弱いゴブリンが一体。


この時の僕はレベル上げのつもりだったのだろうか。


そっとバックラーを足元に置くと、ナイフを両手で持ち、突き立てるように走った。ゴブリンは振り返るが、もう遅い。胸元にナイフが刺さっていた。

ナイフを押し込む震える手を、それは爪を立てて握るが、段々と力が弱まっていく。


目が合う。怨嗟が籠る目のような気がした。

その怨嗟の光が弱まっていく中、信じられないような大きな叫び声を出した。


「ぐぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


まずい。と思った。仲間を呼ばれたんだ。

バックラーを急いで拾い、滝壺へと向かう。

視界の隅を流れる木々が、いつもよりも速い気がする。初日の全力逃走よりも。


後ろからゴブリンの鳴き声。やはり追われている。

次第にその距離は詰まっていく。どうしてだ。僕の方が足が速いはず。それなのに。


前からは見たくなかった影が数体。横からも怪物の息遣い。僕は四方を彼らに囲まれていた。その地獄の円はどんどんと狭まり、前方五体のゴブリン達と目が合った。


彼らが僕を見る目は、獲物を見るものではなかった。

仇のような恨めし気なものだった。


しまったな。まだここで死にたくはない。

しかし自分の短慮が招いた、死地と定めるほどの状況だ。

立ち止まり周囲の様子を伺う。


前方後方どちらも数は五。今までのものより1.5倍程の大きさだ。

左右からは未確認だが少なくとも三体ずつはいることだろう。


逃走は、現状難しそうだ。


まあいい。逃げる気もなかった。確かに僕はいたずらに彼の命を奪った。

初日の三体は不可抗力だとしても、今日のことは違う。完全に興が乗っていた。

弱者の彼を、弱者だからという理由のみで、ただ、殺した。


敵だの敵じゃあないだの。浮かれていた。


だから、付き合うよ。この復讐に。虫のいい話だとは分かっている。でも、やる。


初日と同じではない、借り物ではない本物の闘争心が体から溢れ出る。

前方の彼らに向かって走り出し、その中の一体の肩目掛けて飛び上がる。

そのまま踏み抜き飛び越える。そして裏手に回る。足を少し殴られた。


現在の状況は前方に十数、一番近くに五の群れとなる。

反応が遅れた一体の側頭部にナイフを突き立てる。

肩を押さえて転がっているものを抜いた三体にこん棒で殴打される。

しかしリーチが足りず頭部は無事だ。

しかし腕の二か所、脇腹にいいのを貰う。呼吸は止まるが骨までは無事のようだ。


ナイフを引き抜き、倒れている頭を踏んで潰す。

それと同時にバックラーで顎を吹き飛ばす。残り二体。

更に奥からは何体か走ってくるのが見える。

一体のこん棒を腕でガードしながら前蹴りでもう一方の腹を打ち抜く。

腕が軋む。蹴りぬいた足を戻すと、両手で最後の一体の頭を掴み、膝で叩き割る。


体に熱が駆け巡る。この感覚は。


そういうことなんだろう。

落ちていたこん棒を、前方の集団へと乱雑に投げる。

想像以上のスピードだ。その中の一体に当たり、鈍い音がして倒れる。


何体かが飛び掛かってくる。視界はくすんだ緑で覆われていた。

そこから先はあまり覚えていない。ナイフは途中からどこかに行き、バックラーもベこべこに凹んだ。

彼らの誰かが持っていただろうショートソードを振り回し、もういくら切られたか、切ったか、殴られたかは分からない。


肩口は紫色に変色し、背中と大腿はバックリと切れている。

その他にも小さくない傷が多くある。もう何匹切り殺したか、何匹が逃げたかも分からない。


周りが怪物の鳴き声から、木々の騒めく音に変わった時、ゴブリンの死体に囲まれて戦闘は終わっていた。


足の傷をぼろ切れのようなワイシャツで縛る。

ショートソードを杖替わりにして、滝壺へと向かう。


朦朧とした意識で、目的地へと到着する。

煙草とライターは濡れないように河原に投げ捨てる。

もうすっかり暗くなった川の浅瀬に体を横たわらせると、気絶したように眠りについた。汗と血と泥に塗れた体を水が洗い流し、心地がよかった。


血が足りなくなってしまうかもなんて思っていたことは覚えている。

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