第2話 借り物のような使命感
目を覚ます。体は仰向けに寝ているようだ。
照り付ける太陽が眩しくて顔を横に傾ける。目に入るのは青々とした芝生。
そして少しの花の匂い。体を起こすと、そこは花畑だった。
半径が一キロほどに広がっていると思われる園は、まるで天国のよう。
しかし違うのだろう。銀の彼女が言うには、僕は敵を倒さなければいけないらしい。僕にとってのではなく、彼女にとっての敵を。それは僕の目の前に現れる。
それをまあ、有り体に言えば殺さなければならないのだろう。
今の時点では、それしか分からない。
それまでの過程のみが僕の自由意志であり、介入出来る範囲である。
と、感覚的に理解できる。
先程目を覚ましたばかりだが、どれほど寝ていたのだろう。まだ少し眠い。
だから少し寝よう。これは僕の自由意志であり、与えられた権利なのだろう。
今は暫し、この天国を享受しよう。
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また、目を覚ます。小一時間程眠っていたのだろう。体は好調である。
まずは生きよう。生きる為のことをしよう。
このまま野垂死にすることは好ましくない。
サバイバルの優先順位として、水、シェルター、食料というのを以前聞いたことがある。現状の確認をしてから、水源の確保から行いたい。
現状は、悲惨なものだった。ワイシャツとスラックスを着ていて、スラックスのポケットにはライターと煙草。煙草は16本が入っていて、嬉しかった。
多分ここに存在する最後の煙草だからだ。胸ポケットにはボールペンが一本。
100円で買えるほどの安物だ。携帯はなかった。
だからライターと煙草とボールペンだけ。でもよかった。
ライターで火がつけられる。これは非常に大きなアドバンテージだ。さあ、歩こう。
花畑を少し歩くと、森が見えた。それに囲まれるようにして、この場所は存在しているらしい。森の中に、川でもあればいいのだが。
かなり木の密度が高い森らしく、日が差し込まず常に薄暗い。
手ごろな木の枝を拾い、杖替わりとして散策をする。
その中で、木苺のようなものを見つけた。少しだけ潰して、腕に塗り付ける。
これで何らかの影響が出た場合、毒物の可能性がある。
世界標準可食テストというものだ。
何の考えも無しに食べて、腹を下した場合、それだけで生存確率が大きく下がる。
これは余裕がある内に済ませておきたいものだ。
皮膚に何の異常も見られないことを確認し、今度は唇に塗ってみようと考えた時、水の流れる音がした。あり得ないほどに順調だ。川、もしくはそれに近いものがある。
上がる口角を撫でつけながら、その音に近づこうとする。
その刹那、背中に大きな衝撃を受けた。
呼吸が一瞬止まる。石礫がぶつかったような感覚だ。投擲か。
後ろを振り向く。およそ十メートルの所に、僕の背丈の半分も無いような人型の影。
それだけ視認すると、一目散に前へと走る。
あの距離から正確に的を狙い、それなりのダメージを与える能力。
少なくとも、この森の中で向かい合うのは得策ではない。
全く何者か分からないが、僕は今、この森では圧倒的な弱者であることを痛感した。
花畑で昼寝をしていた自分の蛮勇に寒気を覚えながら、逃げる。
息遣いは無茶苦茶だ。
差し込む光がどんどん大きくなる中、不思議と吸い寄せられるように走った。
そこには綺麗な水が流れる河原があった。
幅はかなり広く、向こう岸に渡るのは骨を折るだろう。
また悪い癖だ。見惚れるように川を前に思いに耽っていると、森の中から複数の声がした。ぐぎぎ。ぐががと。先程の人影だろう。
彼らはこの水源周りに生息していて、このテリトリーを侵したのは僕か。
草木を分け入って影が姿を現す。緑の小鬼のような姿。
零れ落ちそうに付いた血走った目と、不自然に切れ込みの入った口からは、粘性の強い涎が垂れている。僕も馬鹿じゃない。
おおよそゴブリンと言われるものだろう。
それが三体。隊列を組むように僕を見ている。
真ん中のゴブリンは錆付いた小さなナイフとバックル。
横の二名はこん棒のようなものを持っている。真ん中が隊長のようなものなのだろう。
もう逃げられない。やるしかない。不思議と闘志が湧いてくる。
まるで自分のものではないような。借り物のような使命感。
いつぶりに出したか分からないような大きな声で、それらを威嚇する。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
手を大きく横に広げて、大きく見せる。彼らは一瞬怯む。
その隙とも言えないような隙に、足元に転がる石を隊長のゴブリンに投げつける。
それが幸運にも頭に当たり、鈍い音がして倒れる。
両側は隊長を失ってか、各々の行動に出る。
左のゴブリンは狼狽えるような姿を見せ、右は怒りを露わに向かってくる。
これはチャンスだ。向かってきた方を引き付けるように川沿いに走る。
二体にそれなりの距離が生まれたことを確認すると、追ってきた方と向き直る。
こん棒を振りかざすゴブリンに向かって蹴りを放ち、川へと落とす。
手から離れたこん棒を奪い、首まで浸かったそれに二度ほど振り下ろす。
水死体のように流れるそれを見る間もなく、残り一体を始末する。
仲間を呼ばれては敵わない。
援護しようと向かって来ていたらしいが、自分が最後の一人だと分かると、脱兎の如く逃げ出そうとする。
服は腰まで濡れていて、足が重く感じる。だがまだ僕の方が早い。
逃げる頭を後ろから殴りつけ、それは倒れる。
頭を掴んで捻り、楽にしてやる。最初に倒れたゴブリンも、まだ息があるため、同じことをする。
体に熱が駆け巡るような気がした。心地よい熱さだ。レベルアップ?まさか。
アドレナリンが出ているだけだろう。
手を握り、開く。頭から伝わった生暖かい体温を逃がす。
それでも残る奇妙な温度が、そんな考えを吹き飛ばした。
そして僕は煙草に火を点けると、深く深呼吸をした。
僕は目を覚まして早々、三つの命を奪った。
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