第3話 洗わないと、なんか嫌
隊長ゴブリンからナイフとバックラーを奪うと、川で少し濯いだ。
色々、役立つ気がした。何より、戦利品が嬉しかった。それなりにゲームやアニメ、WEB小説を嗜んでいた僕は、正直この状況に心を踊らされていた。
銀の彼女。彼女はまあ、女神的な存在なんだろう。
そして僕は、異世界に転移かなんかしたんだろう。
だから僕は反論も無く話を飲み込むことが出来たし、拒否することもなかった。
ああいう時はいちゃもんを付けて、チートを沢山もらうことも出来たのだろうけれど、そんな気も起きなかった。
あまりに美しすぎた。
だから僕は、大した説明も、多分チートもなくこの世界にやってきた。
ゴブリンがいるのなら、その他ファンタジー生物もいるんだろう。恐ろしいことだ。
川で手と顔を洗う。まあよくも、勝てたものだ。首の折れた二つの死体を見て思う。
野生動物よろしく、最初の威嚇で怯んでくれたのが大きかった。
それを言うなら、最初の投擲だ。
運良く一撃で仕留められたのが勝負を分けたんだろう。
背丈も二倍程小さい彼らだから、一体一体は対面してしまえば怖くはなかった。
しかし三体で同時に来られていたら、殺されていたのは僕だったんだろう。
しかし彼らは”敵”だったんだろうか。僕にとって、あの時点では明確な敵だったが、女神様が言う敵だったのか。今の僕には分からない。
あの木苺はテストの結果、問題は無く可食ということなんだろう。
最初は五つくらいポケットから取り出し食べる。
渋くはあるが、少しの甘みと酸味は悪くない。
後は水か。
川は上流に近い程綺麗な水であるため、それを目指し流れの元へと向かう。
水を飲みに来た野生動物(ゴブリン含め)がいる可能性は怖くはあるが、仕方ない。彼らが飲んでいる瞬間を目撃することが、水質の安全性のテストにもなるだろう。
危機感がないことは自覚しているが、先程の戦闘でアドレナリンが出ているのだろうか。ずんずんと歩き出す。
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二時間ほど経つと、接敵することなく大きな滝壺にたどり着いた。
滝は見えないほど遥か高くから流れていた。
周りの岩は苔むしていて、木々に囲まれてどどどと大きな音を立てるその場所は、花畑に負けず劣らず幻想的で神聖な雰囲気を醸し出していた。
跳ね返って空に散る細かな水飛沫に辺りが包まれ、山歩きの火照った体に冷たく染み入り気持ちが良い。
滝を眺めることのできる大岩に腰掛け、煙草に火を点ける。
これからのことを考えよう。まずは水の煮沸。その後シェルターを探したい。
そうしたら食料確保かあ。やるべきことはまだ多くある。
ある程度の生活環境を整えたら、森から出ることも考えなければいけない。
これからの一生を、山で過ごすというのも味気ないものだ。
人里が近くにあればいいが。
なんてことを考えながら滝を見ていると、その横に大きな穴が空いているのを見つけた。本当につくづく運がいい。水源に留まらずシェルターまで見つかりそうだ。
まるでお膳立てがされているみたいに。辺りもそろそろ日が落ちてきた。
その横穴に音を立てないように向かう。
こんな絶好の立地で、先住民がいないとは考えられない。
おおよそゴブリンの巣穴にでもなっていることだろう。
その場合、鎮圧するか、逃げ出すか。数を見て判断しよう。
体中の毛穴が緊張で逆立つ。
穴は僕の身長の二倍ほどあり、かなり大きく見える。まずは顔を乗り出すように中を覗く。日が傾いたおかげで、オレンジ色の日光が中を照らすように射す。
今の所、生き物の姿、息遣い、気配はない。少しの安心と気味の悪さを感じると、足を踏み入れる。
数歩歩くと違和感を覚えた。道が舗装されているように滑らかだ。
岩壁も自然に出来たようには思えない、どこか人の手が入ったような、トンネル的な様子に見えた。日が当たらなくなり、どんどんとそのトンネルの闇が深まる。
ライターを使うことにした。自分の手元に円を描くように灯りが燈る。
辺りを照らすと、横に立てかけるようにして棒が三本あるのを見つけた。
近づいて見てみると、それはたいまつだった。間違いない。
ここには人が住んでいる。もしくは、住んでいた。
住民の方には申し訳ないが、たいまつを一本拝借して、ライターの火を移す。そして語り掛けるように声を上げる。
「すいませーん。誰か、いらっしゃいませんかー。」
まず、人間なのか、何なのか。人間だとして、言葉が通じるのか。
そんなことはすっぽり頭から抜け落ちていた。
僕だってそれなりに気が張り詰めていたのだ。
訳の分からない会議室から、自然豊かな森まで、一日だって立っていない気がする。そのうちに小さな怪物と戦かって、それなりに長い時間を歩いて、正直心はへとへとだ。あまり身体的な疲労を感じていないことは不思議だったが、それでも元気一杯という訳ではない。そんなことを考えていても、返事はない。
繰り返し呼びかけを続け三分ほど歩くと、目の前には小さな小屋が立っていた。
驚いた。僕が最初考えていたことよりずっといい。最高の結果だ。
この穴の中はゴブリンの巣穴で、戦闘か逃走になる?あまりに嬉しかった。
ここにはゴブリンよろしく人すらいないが、こんなに小綺麗な小屋があった。
滝の横だというのに木材はカビ臭い匂いもしない。
ドアは少し軋むが、中は綺麗なものだった。
現在住んでいるような手入れこそされていないが、机と椅子が中心に並べられ、上にはランタンも乗っている。これはまだ付くのか。
ランタンに灯りをつけると一度外に出てたいまつを振り、火を消す。
奥の戸棚には本が数冊と何かの毛皮と牙が数個。
その横のベッドにはマットレスなんてものはないが、藁で柔らかくなっている。
上にはシーツが一枚。埃っぽいがとんでもなくありがたい。
冷たい岩の上でひと眠りなんかよりも遥かに。
そしてもうひとつ扉付きの戸棚があるじゃないか。
中を開けると石でできたコップと鍋と皿。フォークのようなものがある。
なんという幸運か。安心すると眠くなってきた。
外敵の恐怖なんて一切忘れて、軽くベッドのほこりをはらうと、眠りについた。
シーツはかけなかった。それは洗わないとなんか嫌だった。
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