第10話 ダスカロス


「固有魔法は世の理に反するような、不可思議なものが多い。その中でも固定魔法は群を抜いて反則と言えるな。木から果実が落ちるというような、当然の法則を、捻じ曲げることが可能だからだ。」


先生の講義は、興味深いものだった。全てが新鮮で、僕の世界にはなかったものだ。


「同時にその扱いは多岐に渡る。敵の動きを固定、解除することは勿論、小石等を空中に固定することで、足場として飛び回ることも可能だ。この効果は物理的な攻撃にも流用することが出来る。例えば。」


そう言うと先生は、小石を空中に固定し、それに目掛けて木の棒を振り下ろす。

振り下ろされた木の棒は、小さな穴がポッカリと開いていた。

小石は、静止したまま。


「木の棒が人間の頭であれば、そういうことになる。」

ある程度予想は出来ていたが、恐ろしい効果だ。


「まあ、力も使いようだ。自慢するようだが、固定魔法はかなり自由度の高い魔法だ。自分で用途を見つけるといい。習熟度も上がるぞ。」

こういう熟練度上げみたいなの、ワクワクするなあ。

ゲームだと夢中でやっちゃうんだよなあ。


「そして魔法には階位がある。基本的には効果時間や規模、威力が上昇するものであるが、固有魔法ではさらに性質が変化する場合がある。固定魔法大二階位「概念固定ジョウイシハイ」がいい例だな。まあ君がそれを習得するにはまだ長い時間が掛かると思うが、一応説明しておく。」


「概念固定は、概念を物体に固定することが出来る。簡単なものだと、付与の真似事だな。ナイフに、「これは錆びる事が無い」と固定したりな。ただ莫大な魔力を食うぞ。高名な魔術師の魔力量であれば、「錆びる事が無い」固定だけで、丸一日は動けないのじゃあないか。」


そう考えると先生は、規格外のことをしたのではないか。

どれ程凄い人なのだろうか。というか、強すぎないか。この魔法。


「こんなにも強い魔法、僕に渡してもよかったんですか?」

純粋に、そう思う。


「うーむ。私の初めての生徒でもあるし、つい、甘やかしたくなったのだよ。それに、面白いじゃあないか。君がどんな人生を歩むか。それに興味があるんだ。だからいいんだ。しかし、里の人間に知られれば、うむ、もごもご。あまり大っぴらに使うなよ?それなりの力を付けるまでは。」


「私もそうだったが、貴族や王族の囲い込みが酷いのだ。固有魔法の使い手はな。それに君は使者でもある。これは、うむ。私としたことがとんでもないことをしでかしたのでは?」


彼女は深刻そうな顔をしたと思うと、まあなんとかなると、笑った。

僕は少し、背筋がヒヤッとした。


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それから僕は、魔法の練習に明け暮れた。

物を固定する感覚は、意外と簡単に掴むことが出来た。

先生が言うには、術式は、体の深いところに刻まれている。

息を吸うように、手足を動かすように使うことが出来るのは当然だという。


対照的に、純粋な魔力の流れを掴むことには骨が折れた。

この世界の人間には、魔力は親しみ深いものであって、操作などは簡単らしいのだが。流通する道具の多くは、魔道具というもので、体の術式を通さない、純粋な魔力を流して使うらしい。

僕にとっては全く未知のパワーだったため、存在を知覚することすら苦労した。


先生は座禅を組んでうんうん唸っている僕が面白いらしく、ゲラゲラ笑っていたが、堪ったものではなかった。


先生に魔力を流してもらったり、”試し”のように体外に放出したものを見せてもらったりして、ようやく感覚を掴むことが出来た。


固定魔法は、小石を三つほど同時に固定することが出来るようになった。

固定は、発動するときに魔力を消費するもので、持続することに魔力は使わない。

かなりコスパの良いものだと知った。

でなければ僕の体に固定された術式を維持するだけで、先生の魔力はカツカツになってしまうという。


先生に疑問を投げかけたりもした。


「ダスカ先生は兎を固定してましたけど、心臓まで固定されてしまうのではないですか?そうすると、すぐに死んでしまうように思えるのですが。」


「いやいや、そんなことはない。生物を固定する時は、イメージにもよるけれど、体の表面のみがガッチリと固定されるんだよ。中身まで全部固めようとすると、より詳細な想像が必要になる。まずは体の表面、それから脳、心臓、臓器、細胞みたいなことさ。」


「しかしそんなこと戦闘中にしていられないだろう。だから簡易的に、包んで固定するような形になる訳さ。しかしその生き物の、心臓が、どの位置にどのようについているかをイメージすれば、心臓を止める事すら容易さ。精密な操作が必要になるけれどね。」


成程。まあ即死すら可能ではあるが、そこまで簡単な話ではないということか。


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そうして三日の時が過ぎた。

日課となった魔力操作の練習中に、師匠はおもむろに立ち上がった。


「では、私は出発しようと思う。」

覚悟はしていた。同時に、ずっと一緒にいて、旅をしていくような夢も見ていた。


「そうですか。本当に色々、ダスカ先生にはお世話になりました。この感謝は一生、忘れません。」


「なあに。今生の別れという訳でも無い。少し用事を済ませたら、君の成長を確認しにくるさ。せいぜい探し易いよう、名声を高めておいてくれよ?」

ダスカ先生はからかうように笑う。


「任せてください。出会いのきっかけでもあるあの煙草、どうにかして作っておきますから。楽しみにしておいてください。」


いつか考えていたことを話す。僕も吸いたいし。


「おお!それはそれは。あんな物を味わったら、他のものでは満足出来ないと思っていたところだ。それは楽しみだ。そうと決まればこれは餞別だ。」


そういうと先生は、皮の肩掛け鞄を差し出した。


「これは魔法鞄の一種だ。容量はかなり小さいが、役に立つだろう。」


先生からは非常に多くを与えてもらった。その中でもこれはかなりのものだろう。

どうせこれはとんでもなく貴重な物のはずだ。


「何から何まで、ありがとうございます。」

先生は、右手を差し出す。


僕はその手を両手で取り、強く握る。

先生は手を離すと、空を踏みしめて宙に立つ。

あれは多分、空気を固定しているのだろう。今の僕にはとても出来そうにない。


「ではなアルよ!また会おう!」

手を振ろうとすると、握ったままの両手が動かない。「固定」されている。


「はっはー!私の固定をレジストしてみろ!これは宿題だ!わはは!」


いくら体を振っても、手だけがピクリともしない。


「それはないですよ!!!どうするんですか!ねえ!おーい!」


彼女の姿はもう、見えなくなっていた。

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