第6話 固定魔法

「ふむ。そうなると、四日前に、この世界に来たと。そして野人のような生活をして生き延びた。その中でゴブリンにちょっかいを掛け、そこに転がっていた。」


「ええ。そういうことになりますね。お恥ずかしい話ですが。」


焚き木で冷えた体を温めながら、話を聞く。


「いやしかし、十数体を退けたと。あれは一般人では骨が折れたことだろう。

よく生き延びたものだ。」


彼女は懐から銀色のコップを取り出し、川から水を汲むと差し出してくる。

ああ、そのまま飲めるのか。


「ありがとうございます。僕も必死でしたからね。何匹かは途中で逃げていたので、一概に殲滅したとも言えませんが。」


よく冷えていて美味しい。変に煮沸しなければよかった。


「そう言えば、ゴブリンを一定数倒すたびに、力が溢れるような感覚があったのですが。」


感じていた疑問を吐露する。


「それは、神の祝福だな。自分と同程度、もしくはそれより上の物を倒すと、生物としての格が上がるらしい。その度に肉体的な強度、魔力が上がるな。」


やっぱりレベルアップのような概念もあるのか。


「しかし祝福を上げればいいという訳では無い。技能スキルも重要と言えるな。」


情報が氾濫している。


「それより君は、ステータスを見ていないのか?自分の祝福と技能、加護くらいならばそれで確認できるぞ?」


「え。」


やっぱりあるのかステータス。でもどうやって確認する?念じるのか?ぐむむ…。

すてーたす。ぐむむ。

念じると頭の中に、情報が浮かび上がった。


~~~~~~~~~~~~

名:アル〈21〉

Lv:3

【技能】【習熟度】

格闘術:3

剣術:2

短刀術:1

威圧:1

【加護】

アルギュロスの願い

~~~~~~~~~~~~


いやなんか出てきたけど。めっちゃシンプルだなあ。加護も効果が分からないし。

格闘術は元の世界で少し齧ってたやつかな。

剣と短刀と威圧は多分、ゴブリン戦で使ったものだよなあ。

でもこう見るとやっぱりしょぼいなあ。


「ふうむ。それにしてもだ。あの神にしては珍しい。」


目を細めて、憐憫を感じる視線を僕に向ける。


「というと?」

「いや、実を言うと、使者と話したのは君が初めてでな。しかし噂で聞くところによると、使者は降り立った時から比類なき力を持っていると。実際、使者は共和国の大統領が代表的だが、国の要人や冒険者にも数人いると言われている。」


「しかしあれらは化け物の類だぞ。その点君は、農民より多少強いくらい程度と見受けられる。何かを創り出して豊かな暮らしをしている訳でもない。加護持ちではないのか。」


共和国とかもあるのか。その人達も、僕と同じ世界から来たのだろうか。

ならば、文明はそれなりに発展しているのではないか。

料理もこれは、良いものが食べることが出来そうだ。

煙草はそうか。あまり嗜む使者はいないのかな。

加護はあるけれど、どんなものかも分からないしなあ。


「君も使者としてどこかの国へでも行けば、好待遇で受け入れられること他ないだろう。そうはしないのか?」

「そんなことを言われましても。この世界の地理も情勢も、僕の目的も分かりませんから。今はこの森で生きることで精一杯ですよ。」


体も十分に温まった。立ち上がり自分の姿を見る。上裸でスラックスもズタズタだ。所々に酷い打撲と切傷が見える。恥ずかしい。まともな服が欲しい。


「そうかそうか。私も俗世から離れ、隠居した身である。情勢等は興味もなく知りもしないが、地理くらいだったら教えてやることが出来るぞ。」


「本当ですか?しかし僕には何も差し出すようなものはありません。ただその情報は僕にとって生命線、並びに今後の指針となるように思います。よければご教授いただきたい。」


「ふむふむ。教授か。いい響きだ。今の私は機嫌がいい。そして君は腰も低く、気持ちのいい青年だ。狩りのついでに教えてやろう。煙草と出会いの祝いに旨い肉を振舞おうじゃないか。ついて来い!」


そういうと彼女は嬉しそうに、大きな歩幅で森を分け入っていく。


「あ、あの、お名前は!?」


まだそれすら聞いていない。


「ああそうだった。教えてやろう。私の名はダスカロス!」

「ダスカ師匠、ダスカ先生の好きな方で呼んでくれ!」


彼女は満面の笑みでこちらを向く。ちらりと見える犬歯にドギマギする。

僕の弟子入りは決定事項らしい。

まあ、満更でもない。天真爛漫で、美人だし。格好いいし。


「よろしくお願いします。ダスカ先生。」


僕にとって、この世界での第一村人は、第一発見者で、煙草くすね犯で、美人で、先生だった。師匠は少し、恥ずかしい。


「先生か。ふふふ。先生。いい響きだ。なあ生徒よ!

煙草は本当に、もうないんだな!」

「ありません!」

「よし、行くぞ!」


______________________________


先生に連れられ森を歩く。索敵や隠密をしている様子はない。

先生にとってこの森は左程危険性の高いものではないらしい。

傷だらけの僕にとっては、恐ろしい強行軍だった。


「まずだ。この森の名はバトス大森林。ここは世界最大の大陸、サブマ中央大陸の最西端にある広大な森である。そしてあの滝壺はそのど真ん中と言ったところか。

こんな所にいる人間は、私だけだと思っていたぞ!」


成程。ここはとんでもない辺境の地らしい。

ここで先生と出会えたことは、最大の幸運だった。女神様に感謝しよう。


「まあ覚えておくべきは、サブマとバトスくらいではないか?他にも大陸はあるにはあるが、殆ど島のようなものだ。この大陸を出る頃には、それなりに知識も付けるだろう。」


先生は軽快に森を進む。木々や大岩に閊えることもなく。

僕はついていくことで精一杯だ。それでも多少気を使っているのだろう。

一定の間隔で振り向いて、僕を確認してくれている。


「よし。こんなものだな。獲物を回収しながら戻るぞ。」


三十分も経たないうちに、そんなことを言いだした。


「獲物ですか?僕には接敵さえしていないように思えましたが。」

「何?そんなに食うのか?私としては、野兎と鳥が数匹あれば十分なのだが。」


眉を困ったように、ハの字に曲げる。可愛い。


「いや、だから、その兎と鳥は、一体どこにいるのでしょうか。」

「ああ、説明していなかったか。まあ、見ていろ。」


そういうと来た道から少しそれて、ある方向を指差した。

そこには跳ねたまま、空中で静止している、兎が居た。


「こいつが私の、固定カンイシハイ魔法だよ。」


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