第8話 死ぬ程痛かったなあ!
「本来、術式というのは、新たに刻むことは出来ない。魔法を生業としている者は、最初からいくつかの属性の術式を持って生まれる。私でいうと、火、風、光、固有魔法の四種。これはかなり優秀と言えるな。」
「これは一説に過ぎないが、術式の所持数には、魂の容量が関係しているという話だ。私は四つ分の容量で、四つ分持って生まれてきた。皆そうだと考えられている。最大限埋まった状態で生を受ける。そのため、後天的に獲得することは不可能である。というのが、共通見解だ。」
二つ食べたら死んでしまう、○○の実みたいなことか。
「そうしたら僕の魂は、一属性も入らないような、矮小なものだということですか…。」
「それは違うだろう。どんなに小さくとも、隙間すらないとは考えられない。
どんな者でも、術式を持っていない人間というのは、現在まで確認されていない。
基本的にはまず、親から受け継ぎ、それでも容量が余っていたのなら、血族から因子が引き継がれるからな。私の場合、母の固有魔法、父の火と光、祖父の風を受け継いだことになる。」
先生は目を瞑り、むむむと唸っている。
「これは仮説だが、魔法にそこまで憧れ、怯えるということは、君の世界には魔法が存在しない。魔法が無い世界の、魂がまっさらな状態のままこの世界にやってきた。しかし使者であっても高名な魔術師は存在する。むしろ多いくらいだ。」
「そう、使者になった時点で何らかの書き換えが起こっていると考えるべきだ。
しかし君は空白のまま。容量はあるが中身は空っぽのようなものであると考えられる。」
ええ。他の同郷人、まあ同郷かは分からないが、皆は魔法使えるのか。
じゃあ、僕だけバグっているってこと?少し女神様への信用が下がる。
「で、あればだ。君であれば術式を後天的に刻むことでの拒否反応、容量不足は起こり得ないと考えられる。正し前例がないため、術式の付与の方法など確立されていない。固有魔法の
もう先生の目はこちらを見ていない。
どこか遠くを見るような目で、もはや説明でも何でもない、念仏のようなものを唱え始めている。付与魔法、第二階位、概念固定?全く分からない用語が飛び出ている。
「そうか、やるか。やってみるか。幸いこの滝からは低位ではあるが聖魔力水が流れ出ている。それを媒介とすれば術式の摩耗は最低限で済む。しかし危険性は計り知れない。なにせ世界初の試みだ。最悪の場合は…。だがやる価値はある。
まずは落ち着かねば、煙草を、煙草を。」
目が飛んでしまっている。震えた手で煙草を咥える先生は、いくら美人とはいえ見るに堪えなかった。最悪の場合とか言っているし。
「なあ、アル。やらせてくれないか。刻ませてくれないか。私の生徒を何もせず、みすみすと放り出す訳にはいかん。」
とても嬉しいことを言ってもらう。
会って間もない僕に、ここまで親切にしてくれるとは。
「君は、私の固定魔法なんかよりもよっぽどイレギュラーな存在だと思う。
このような辺境の森に落ちてきて、この私との出会いを経た。君には何か大きな運命、使命があるように感じるんだ。そんな人間が、このまま平和に生きていけるとは思えないんだ。」
結構酷いことを言っている。
要約すると、君は変な割に弱すぎるから、危険だけど実験しようってことだ。
まあ、答えは決まっている。
出会って一日も経っていない、こんな僕の身を案じての提案だ。
それに使命というか、”敵”の存在も明らかになっていないこの状況では、どんな力でも付けておきたい。
「お願いします。ダスカ先生。」
決意を込めた目で、先生を見る。
「うむ。任しておけ。」
彼女は右手を差し出した。”試し”でも何でもない、親愛と信頼の握手だ。
僕はその手を強く握った。
「そうと決まれば早速だ。魔力を回復せねばなあ!何せ固定魔法で固定魔法という概念を固定するなど、前代未聞の試みだ!」
というと彼女は外套を投げ捨て、滝へと向かい、それに打たれ始めた。え、何で??
初めて見る先生の頭部と腰には、犬のような耳と尻尾が生えていた。
え、何??赤髪褐色筋肉ケモ耳美人先生?
属性が、盛られ過ぎている。
四属性持ちを自慢することより、いい女属性が少なくとも6個盛り付けられている。お皿から、溢れちゃうよ。
「この滝に流れる水は聖魔力水といってな!微量だが回復効果と魔力を含んでいる!この水を浴びることで、それなりに魔力が回復するという訳だ!君も来い!その傷だらけの体では、刻めるものも刻めんだろう!」
だからゴブリン戦の傷がマシなのか。なんという幸運。
こっちに来てからそんなようなご都合展開が多い気がするなあ。
というか、あの耳と尻尾、触りたいなあ。なんてことを思いながら滝へ向かう。
「今日は一時間ほど浴びて、寝るぞ!三日程英気を養い、決行だ!」
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それからの三日間は、楽しく気楽なものだった。
先生からこの世界のこと、森に生息する魔物、食べることの出来る植物を習い、冒険譚を聞いた。そして肉を食べ、滝に打たれる。
僕も先生に、元居た世界のことを面白おかしく話す。
その度に先生は目を白黒させていて、反応を楽しんだ。
滝はかなりの勢いで、傷に響いたが、その後のご褒美を考えると、我慢も出来るものだった。
滝に打たれた後、先生の火と風の魔法で体を乾かしてもらい、暖かな光の魔法で、酷い傷を癒してもらった。流石に元の服は着れないだろうということで、先生と御揃いの黒の外套、村人のようなシャツとズボンを貰った。
なんでこんな物を持っているか聞きたかったが、ヒモのような生活をする僕にとって、そんなことは聞けなかった。
色々落ち着いたら、あの煙草を真面目に作って、贈ろうと思った。
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そして決行の日が訪れた。
打撲はもうすっかり良くなり、背中と足の傷は、痕は残るが塞がっていた。
「私もこんなに休んだことは久しぶりだ!君も元気そうでよかった!」
先生は快活に笑う。
「本当に、何から何までありがとうございます。もうすっかり元気になりました。」
「お礼を言うのはまだ早い!何せ君はこれから、死ぬかも知れないからな!」
また同じように笑う。
いや、いや。覚悟はしているけれど、そんなに明るく笑われても。
「さあさあ、滝壺の水へ浸かってくれ、しっかり、肩までだ!」
僕は上半身を裸に、肩まで水に浸かる。
先生も一緒に入る。そして先生の両手が、僕の背中に当てられる。
「いい傷だな。一見逃げ傷のようにも見えるが、それは違う。囲まれて生還した者の、勇敢な傷だ。では行くぞ。」
背中を撫でられる。本当に恥ずかしい。
そんなことを思っていると、背中から熱いものが流れ込んでくる。
世界から音が消える。
先程まで絶えず聞こえていた、どどどという滝の音さえ、聞こえなくなる。
「耐えろよ、アル。」
そんなことを言われた気がした。
背中の熱さが、心臓へと伝わる。
そこを中心として、頭や手足に駆け巡る。熱いなあなんて思ったのも束の間。
全身へと広がるそれが、業火のような痛みに変わる。
まるでマグマに突き落とされたかのような。熱さなんてものはもう感じられない。
全身が表面から脳や内臓まで、鉄板に押し当てられるような痛みを感じる。
手足が千切れていると思った。脳が沸騰しているのかと。心臓が破裂するかと。
その痛みが、一体どれ程続いただろうか。視界は真っ白に。
電光のような幾何学模様がその白の中にバチバチと走る。眩しい。
目を閉じていてもそれは変わらない。その大きな光が、体を包み込んだ。
痛みは消えていた。消え入りそうな意識の中、先生に抱きしめられた。
そして、世界に音が戻り、滝の音と共に声が聞こえた。
「死ぬ程痛かったなあ!アル!」
胸元に回された手は、震えていた。
僕の首筋に垂れる、妙な温もりをもった水は、滝の水ではなく、先生の冷や汗なんだろう。僕はこんな状況でも軽口を叩く先生に感謝と、安心をして、眠りについた。
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