第12話 うわ…。頭いい…。
腕にはぐったりとした子猫。まだ息はあるようだ。
さあどうすればいいのか。取り敢えず、川の聖魔力水に浸からせることは確定だ。
僕が負った酷い傷も、一日でそれなりにした水だ。
幸いこの子の傷も、僕の負ったものと同程度、それ以下に見える。
どうなるか分からないが、やってみるしかない。
鍋に川の水で湯を沸かし、さらに水を入れて人肌程度に温める。
驚かせないようにゆっくりと浸ける。
左手で背中を支えたまま、右で少しづつ水を掛ける。
最悪なことに、僕には正しい医療知識が全くない。
今していることが間違っているかも分からない。
ただこのまま放っておくことなんて出来なかった。
自分の無力さと偽善に、何故か泣きそうになる。虫のいい話だ。エゴを貫いた。
命を選んだ。それなのに。
零れそうになる涙を押さえ、精一杯声を掛ける。
「大丈夫だからな。頑張れ。頑張れ。」
役に立つかは分からないが、子猫に純粋な魔力を注ぐ。
何かせず、ただ見ている訳にはいかなかった。
これが害になるとか、効果があるとかは、全く頭になかった。
魔力が何度枯渇しそうになったかは分からない。
その度に川の水を飲み、少し経てばまた注いだ。
湯を何度も替え、隙を見て口元に服の布に含ませた水を垂らした。
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それを繰り返すと、やがて夜が訪れ、日が昇った。
「頑、張れ。頑…張れ。がんばって…くれ…。」
もう何度言ったか分からない言葉をまた掛けると、子猫の瞼が少し動いた。
それとは対照的に、僕の瞼は閉じ掛かり、動かなくなりつつある。
傷を見ると、小さなものは塞がりかけ、大きなものからも血は止まっていた。
よかった。少しでも、効果があった。
僕はもう限界だ。もう数時間前から、頭痛と吐き気が止まらない。
魔力の使いすぎか、過労か。一徹くらい余裕だと思っていたが、かなり疲れた。
子猫の浸かる鍋の横に、貯めて置いた胡桃と果実を置くと、そのまま河原に倒れる。
「よかった。けど、君がどんな目の色をしているかも、何を食べるのかも、まだ分からないや…。」
ゆっくりと眠りについた。
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目が覚める。日は高く昇っていた。それより。
背中、イッテェ。酔いつぶれて、フローリングで寝てしまった時より、一日中パソコンに向かっていた時より、ダントツで。それはそうだ。下、岩だもん。
「っは!そう言えば、猫ちゃんは!?」
思わず口に出るほど、狼狽し体を起こす。
地に着いた手に、少しの水気。この感触、舌?ペロペロと舐められているような…?
すぐに横を見ると、痛々しい傷口と、滲んで乾いた血で所々に茶色に汚れが付いている子猫が、僕の手を舐めていた。
「はは。心配してくれたのかな。ありがとう。随分と綺麗な目だったね。」
白い毛並みの緑目の猫は、起き上がった僕を見て、少し後ずさりする。
「うーん。そりゃあ怖いよね。でも安心して。何もしないよ。」
ゆっくりと手を広げ、ひらひらと振る。
いや、この体を大きく見せる行為って、威嚇ってことになるか?
心配は杞憂に終わった。子猫は何かを感じたのか、僕の膝元へ飛び込んでくる。
いやあ、可愛い。
そうっと背中を撫でながら思う。少しの間撫でて、改めて話しかける。
「僕はアル。よろしくね。そう言えば、置いといたものは食べれたかな?」
鍋の横を見ると、果実が少し齧られていた。胡桃は手つかずだ。
「まあ、食欲もないか。あれ?猫ってナッツ系は食べれないのか?油分が駄目とか?」
まあ、食べないなら与えることもないか。
そう思うと子猫は僕の膝から抜け出し、頭で果実を押し、こちらへ運ぼうとする。
「うわ…。頭いい…。」
僕は動物を飼ったことがない。いずれ来る別れに耐えられそうになかったから。
だから元の世界での頭の良さも分からない。
ただこの子が、僕に食べ物を分けようとしたように見えた。
その優しさと聡明さに胸を打たれた。
「僕は大丈夫だよ。それは君のものだ。」
そういうと子猫はまた少し果実を齧る。あまり美味しそうではない。
ああそうか、魚か。安直な考えが頭に浮かぶ。
やったことはないが、よし。
「ちょっと待っててね。君の食べ物を取ってくる。」
立ち去ろうとすると、猫ちゃんは追いすがる。
そして器用に僕の背中を伝い、肩に乗る。
思ったより、快方しているのかもしれない。そんなことより、可愛すぎる。
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滝壺から下る様に川を眺め歩く。魚、泳いでないかなあ。
五分ほど歩くと、川から分かれ、極小の池となっているところを見つけた。
そして目当てのものも。
いやあ、あるものだなあ。そしてこのサイズ。小さい。
小石が三つ分というところか。よし、これなら。
池に向かって屈むと、一匹の小魚に狙いを定め、集中する。
「固定」
けれど魚は元気に泳ぎ回る。うーむ。難しい。
なんというか、びったりと、はまらない。これは大変だ。
「固定」「固定」「固定」「固定」「固定」
ぐああ。駄目だ。なんだこのシューティングゲーム。異様に難しい。
動く的はこんなにも大変なのか。
そして同時に、僕の練度はこんなものか。落胆する。
肩口の猫ちゃんが、それを見かねたように小さくにゃあんと鳴く。
すると水面に小さな竜巻のようなものが巻き上がり、小魚が三匹ほど巻き込まれ地面に落ちる。
「…これ、君がやったの?」
猫ちゃんは自慢げに、にゃふんと鳴く。
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