第32話 目標

せっかく取った宿で、ダラダラしたい気持ちはある。

ベットの誘惑から逃げ切り、体を拭くだけにして、デラさんの元へ向かう。


_____________________


やはりデラさんは店前には立っていない。

以前と同じように、エレロちゃんがカウンターからひょっこりと出てきた。


「ああ~!!猫ちゃんのお客さん!」


そう言うと彼女は、ウィス目掛けて飛んできた。

しかしウィスは揉みくちゃにされた苦い経験があるため、そそくさと僕の後ろに避難する。この追いかけっこは、何とも可愛らしい光景だ。


これ以上放っておくと、本格的に彼女はウィスに嫌われてしまう。

早めに対策を打つことにした。


僕は懐からお菓子を取り出し、彼女に差し出す。


「これ、ナイフのお礼だよ。ありがとう。本当に助かったよ。」


彼女は目を輝かせお礼を言うと、急いで一つを口に運ぶ。

見るだけで嬉しくなるような、良い表情だ。


「もご、ありがとう、もごもご、ございます!!」


やはり少し騒がしかったようで、裏からデラが出てきた。


「何かと思ったら、猫のお客さんじゃねえか。どうだい、ナイフの使い心地は。」


どうやら猫のお客さんというのは、共通認識になっているらしい。


「ええ、とても良かったです。助かりました。」


腰のナイフを撫でながら伝える。

それを見た彼は嬉しそうに言う。


「その様子を見るに、早速一匹仕留めたようだな。それで、何の用だい?」


そういうのが分かるものなのか。一応手入れはしているんだけどな。


「ああ、そうです。これで、装備を作って欲しくて。」


僕は小竜の素材を差し出す。

彼はそれと僕の顔を交互に見て、唸っていた。


「見かけによらず、やるじゃねえか。状態もかなり良い。お客さん、持ってる素材、一通り見せてくれねえか。」


褒められるというのはいつになっても嬉しいもので、言われた通り素材を出す。


「この中だと、そうだな。帯電蜥蜴と、黒雷蜂の素材も使いたいな。いいか?」


勿論だ。初めてのオーダーメイドだ。いくらでもこだわって欲しい。


「そうと決まれば早速、採寸をしよう。ああそうだ。費用だが、素材持ち込みだから安くしておく。30万でどうだ。」


やはりそれくらいはするか。何なら安い方なのだろう。

これから完成まで、ガンガン稼がなければ。


「分かりました。お願いします。」


それからはあっという間だった。

体の至る所を触られ、採寸される。元の世界でオーダースーツを仕立てたことがあったが、それよりも遥かに丁寧に、念入りにしてもらった。


「良い筋肉だ。バランス良く付いている。剣や格闘を使うことが多かったんじゃないか?短剣を使うようになったのは最近だな。」


かなり正確に僕の戦闘を分析されている。一流が故か。

色々なことを聞かれながら、作業は進む。


「とても小竜を討伐出来る肉体のようには見えない。何か隠し玉があるな?」


かなり核心に迫ったことも言われ、冷や汗をかくこともあった。

別に伝えてもよかったが、何となく秘密にしておく。

噂というのはどこから拡がるか分からないからな。


そして少しの時間が経った。


「こんなもんだな。一週間ほど時間を頂く。素材はもう貰ってるから、前金はいい。」


うわそうか。前金が有ったか。とてもありがたい提案だ。

手持ちは今、15万ドラク程度だ。魔法袋には、まだ売れるものはある。

ただ一週間の時間が出来た。少しでも生活の余裕と、実力を付けよう。


礼を言って、宿へ戻る。今日はもう寝よう。


_______________________


宿の夕食は、値段の割に満足出来た。

一月五万の安宿であるから、それなりに覚悟はしていたのだが。

シチューとパンの二品で、シチューには具が多く、味もよかった。


部屋に戻り、ベットに横たわる。

ウィスを可愛がりながら、考える。


それなりに幸せだけれど。

今の僕は、何がしたいのだろう。

冒険者としての名声が欲しい訳じゃない。

大金持ちになって、贅の限りを尽くしたい訳でも無い。

異世界お馴染みの、ハーレムを作りたいとも思わない。


ただ、女神様に言われたから、ここに居るだけ。

目的も無く、展望もない。

使者であること、固定魔法を使うこと。

秘密も多く、心を完全に開ける人もいない。


僕には、「正解」が分からない。

この世界で生きていく上の、答えが無い。


「ダスカ先生に会いたいなあ。」


ぽつりと、意識外から言葉が零れた。

自分でも、驚いた。


自分に生きる術を与えてくれた。

自分の秘密を受け止めてくれた。

自分に縁を与えてくれた。


恩人に、会いたいなあ。

彼女は言っていた。


「精々、探し易いように、名声を高めておいてくれよ。」


そうか。彼女は僕を見つけてくれるのか。

川辺で倒れていた、あの時のように。


ならば僕が出来る事は。

名を上げること。この世界で、一人にならないように。


先生の「やるべきこと」を手伝えるように。


頑張ろう。強くなろう。

またいつか、一緒に話をするために。


決意を新たに、眠った。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る