第21話 サンドウィッチ
ウィスに顔を舐められ、その日は起きた。
体調は万全だった。それもそうだろう。もう日は高く昇っていた。
客人としての無礼さは、極まっていただろう。
体を起こし、彼女を撫でる。
「思ったより寝ちゃったよ、ウィス。昨日の夜は楽しかった?」
からかうように語り掛ける。
彼女は少し怒って、手を甘く噛むようにじゃれてきた。
そんなことをしていると部屋をノックされた。
「アル様、朝食の準備が整っております。今日はイスキューロン様も共に昼食を取りたいそうで。」
昨日の使用人の声だ。
僕には察しが付いていた。ダスカ先生の話を聞きたいんだろう。
辺境伯が彼女に持つ感情は、好意。
それの種類は分からないが、昨日の様子をみるに、それは間違いなかった。
「はい、すぐに。」
そういうと僕は、着替えを急いだ。
僕が着ていた服は、ベット横に乱雑に脱ぎ捨てていたはずだった。
しかし清潔に洗濯され、クローゼットの中に綺麗に折りたたまれていた。
いつの間に。まずそう思った。
僕は無頓着な男であるから、部屋に侵入され、勝手に衣服をいじられようが不快ではなかった。正直、とても嬉しかった。
いつもより遥かに着心地の良い、いつもの服に着替えると、彼に案内されながら執務室へと向かう。
カルガモの子供のように、辺りをキョロキョロしながら付いていく。
辺境伯はその多忙さ故に昼食を執務室で取ることを多いらしい。
尚且つこのような身元不明の客人と、同席していることをあまり公にしたくもないのだろうと思った。
ノックして部屋に入ると、彼は眉間に皺を寄せながら書類仕事をしていた。
そして少しの時間が経った。僕の肩に乗ったウィスは、退屈そうに首元へ顔を擦り付けている。
すると彼は口を開いた。
「すまない。待たせた。簡単なものだが、食べてくれ。」
使用人が、辺境伯にサンドウィッチのようなものを手渡した。その次に僕に。
同じものらしい。それはBLTサンドとしか形容できなかった。
パンはボソボソしているが、穀物感のある風味と少し硬めの食感は嫌いではなかった。豚肉とも違うベーコンに、瑞々しく甘みを感じるが酸味がトマトよりも強い野菜。レタスはレタスだった。どちらかというとサニーレタスのような。
しかしソースが絶品だった。僕は貧乏舌のためソースが美味しいものは単純に満足出来る。
マヨネーズのような脂肪感はないが、コクと旨味が効いた、なんというか、デミグラスみたいな?これがまた意外と合う。全体的にコッテリしていると思われるだろうが、野菜の酸味が丁度よかった。
ウィスには、ソース抜きと思われるものが渡されていた。
彼は仕事を続けながらサンドウィッチを口に運んでいた。ただ、食べるだけ。手づかみで。しかし何とも言えぬ色気と気品が漂っていた。これが貴族かなんて思った。
表情は変わらないが、美味しそうに食べているな、なんて感じた。
「とても美味しいです。」
「そうだろう。異国の料理でな。国では流行している。食べたことは?」
ペンの音だけが響く室内の雰囲気にいたたまれず、話しかけた。
「へえ。知りませんでした。森暮らしの身であったため、こんな上等なものは…。」
「そうか。」
話は続かない。まあ、何となく分かる。
僕が使者である言質も欲しいのだろう。
だからサンドウィッチのようなものを出した。多分これは、使者考案のものだ。
わざわざ「異国」というヒントを出していることから、大した興味もないように思う。
まあもうこんなものも茶番だが、白を切らせてもらう。
彼のスタンスがまだ不透明だ。
現状の待遇も、ダスカ先生の賜物でしかない。
そんなことよりも、彼が聞きたいのは。
「ダスカ先生とは、いつ頃お知り合いに?」
「もう随分若い頃だ。」
彼はあまり多くを語らない。ダスカ先生についても、それは同様のようだ。
「僕は、先生に拾っていただきました。そして多くを学びました。」
濁しながら話を進める。
「凄い…人ですよね。」
「ふ…。そうだな。」
彼は少し笑った。
そして僕は、彼女と過ごした日々について語った。
その時だけ辺境伯は仕事の手を止め、聞き入っていた。
「僕の秘蔵の煙草を、吸い尽くされたこともありました。」
「彼女の冒険譚は、刺激的で、面白いものでした。」
「ある日、急に旅立ってしまいましたが。」
すると彼は口を開いた。
「どこへかは聞いているか?」
「僕にも分かりません。ただ、『やるべき事がある』と。」
「そうか。」
彼はまた嬉しいような寂しいような、笑みを浮かべた。
僕は彼女の話をしているうちに、すぐにでも旅立ちたくなった。
彼に頼み込めば、ある程度の面倒は見てくれるように思う。
辺境伯は優しい人だ。
また庇護下に置かれるのか。ダスカ先生の次は、イスキューロン辺境伯。
いつまで経っても、縁に恵まれた現状に甘え生きる。
そうじゃない気がした。そうあるべきでないと思った。
食事を終えると、僕はぐちゃぐちゃな敬語で言った。
無礼は今更だが、今はただ、感謝を伝えたい。
「これ以上ご迷惑をお掛けする訳にはいきません。僕はすぐに、おいとまさせていただきたく思います。一泊に限らず食事までも、深謝申し上げます。」
「これからどうする。」
「この街に、暫く滞在させていただき、路銀を稼ぎ、また次の土地へと考えております。この恩は、いつか必ず。」
彼は少し考えた後、こう言った。
「ギルドへ行け。」
「少しして、力を借りることがあるかもしれん。役に立つよう力を付けろ。」
僕は力強く頷いた。頭を下げ、出口へ向かう。
「そして。ダスカロスの居場所が分かれば、手紙を出せ。」
そして部屋を出る前にも、気まずそうにもう一つ、要望が加えられた。
「彼女が褒めた煙草。完成し次第、贈って寄越せ。」
僕は気づいていた。
彼は僕が負い目を感じないよう、形だけでも対等でいれるよう、三つも頼み事のような命令をしたんだと。
優しい人だ。
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