第22話 ギルドと無知
屋敷から出ようとすると、使用人に伝えられる。
「ギルドは、ここから南に行った所にございます。一際立派な建物なので、すぐにお分かりかと。建物に突き刺さる大剣も、目印となります。」
親切なことだ。礼をいい、立ち去ろうとする。
するとまたもう一つ、付け足された。
「イスキューロン様から言伝を。」
「『いつでも来い。』とだけ。」
本当に、親切なことだ。
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僕はこの街に不法侵入し、捕縛されたため、全貌を知らない。
少し歩き回るのも良いだろう。
屋敷のすぐ前には大階段がある。
辺境伯は街の一番高い所に居を構えているのだろう。
南の遠く、壁の向こうに森が見える。
ギルドと大森林の距離は近く、冒険者にとっては便がいい。
それとは逆に、辺境伯のような身分の高い人達は、比較的安全な北に住んでいるのだろう。
大階段を下りると、目の前には大通りが広がっていた。
その脇に立ち並ぶのは、装飾がされた西洋風の家々。
辺境伯の屋敷の辺りにあるということは、貴族街のような、位の高い人々が住んでいるのだろう。
幸い今はお昼時。
お偉方の皆様はお食事中のようで、往来ですれ違うことはなかった。
僕のようなボロを着ていても、人の出がないので目立つことはない。
さらに下るとまた階段。少し歩くと豪華な門。
その向こうには噴水を中心にした、屋台や店が立ち並ぶ広場があった。
多分ここが街の中心地。
人々が活気に溢れ、思い思いの姿で、食事や談笑をしている。
想像以上の人の多さだ。ずっと森暮らしをしていた僕には懐かしく感じた。
しかし人に酔う。ウィスとはぐれないよう、また肩に乗せる。
うるさいものだ。
木の葉が風に揺れる音、動物の声、水の音、それらとは全く異質な人の声。
争うような、怒気を孕む声などは聞こえず、喜びや笑いに満ちた声ばかりだ。
こちらまで楽しくなる。
ウィスはあまりの人の多さに、僕の肩で目を回している。
屋台で何か買おうにも金がない。立ち昇る料理の匂いは応えるが、
幸い腹も減っていない。
ギルドへと向かおう。素材を換金してもらえるかもしれない。
僕の白髪については、あまり好奇の視線は感じなかった。
皆それぞれ食事や談笑に忙しいのか、それとも人の多さで掻き消えているか。
同じ髪の人は、全くと言って見られなかったが。
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さらに歩くと南の壁が近づいてきた。
それまでは、商店や住居や宿屋など、こじんまりとした建物ばかりだったが、
一際目立つ大きな建物が目についた。
それは、暗い色の木を基調とした無骨で大きな建物だった。
所々に傷が付いており、金属の板での修理も間に合っていなかった。
横の離れのようなところには、魔物の素材を取り囲む職人のような男達がいた。
入口の上には少し曲がった看板が掛けられ、「冒険者ギルド」と書いてある。
それよりも目立つのは、その建物に刺さった大剣。
誰が使うのかも分からない、錆付いた剣には迫力があった。
これがシンボルなんだろうな。
先程から入っていく人々は、いかにも柄の悪い人しかいなかったが、仕方ない。
意を決して中に入る。
鼻につんと来る男達の汗の臭いの強さに、少しの木とホコリの匂いは掻き消されている。
まさに「ギルド」。
目の前には受付嬢の並ぶ窓口。その右には大きな掲示板。
依頼書が埋め尽くすように貼られている。
左にはバーカウンターのようなものが併設されており、周りのテーブルやカウンターで、男達は酒を飲んでいる。
広場の声よりもとげとげしい、罵声混じりの談笑が飛び交っていた。
その雰囲気は、僕にとって苦手なものだった。
野盗のような格好の者もいれば、鎧を着こんだ者、上等な服を着た者もいる。
所々に女性の姿も見えるが、割合は9:1くらいだろうか。
ふと目に入るは、「ビキニアーマー」。
あるんだ。「ビキニアーマー」。
好きだ。「ビキニアーマー」。
少しの間見惚れていると、あることに気づく。
視線だ。主にウィスと、僕の白髪に目が向いている。
「何だ、あいつ。」「見ねぇ野郎だ。」「可愛い猫だなぁ。」「変な髪してやがる」
そうだろう。可愛いだろう、うちの子。
お決まりのイベントが起きそうな気もするので、急いで窓口へと向かう。
窓口は三つ程有り、若く綺麗な女性が二人、三十代くらいの女性が一人だった。
二つは混みあっており、多少マシな、まあ、「ガラガラ」な場所へ向かう。
人気の差なのだろうか。僕にはそこまで、悪くは見えない。
むしろ円熟した色気のようなものがあり、好みではあるのだが。
「こんにちは。宜しいでしょうか。」
なるたけ丁寧に、声を掛ける。
僕の髪を見て、怪訝そうな顔をした女性は、返事をする。
むしろもうしっかりと僕のことを睨んではいるが、悪い気はしない。
茶色の長い髪に、赤い口紅。
僕の中の何かがくすぐられる。
「どうも。見ない顔だけど、登録かい?」
「ええ、出来れば。それと、素材の買取も。」
面倒そうに、話を進められる。
「そうかい。じゃあまずは先に、登録を済ませてしまおうかね。説明はいるかい?」
「ええ、お願いします。」
無言で手を差し出される。
「え?」
「え?じゃないよ。チップだよ。野暮だねえ。何もタダで話せってんじゃないだろうね。」
そうかあ。そういうこともあるのかあ。
親切すぎる環境に、甘え切っていた。至極当たり前なことだろう。
対価を払うということは。
「ああ、申し訳ありません。僕、今は無一文で…。」
彼女は深いため息をつく。
「全く。ギルドも慈善事業じゃないんだ。登録料だって掛かるよ。物を知らないって次元じゃあないね。」
「すみません。素材の買取場所さえ教えていただければ、後で少しばかりのお礼をさせて頂きます。」
そういうと彼女は、右を指差す。
「そっちの通路から行けるけれど、外部からの買取はやってもいないよ。」
紙に何かを書き、手渡される。
「これを見せれば、多少融通も利く。ぼったくられても文句は言わないことだね。」
また親切をされてしまった。
深く頭を下げ、買取所へと向かうことにする。
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