第39話 警告

幸村はライブニッツの助けを借りられることなく部屋を片し、気づけばすっかり学院内は静寂に包まれていた。

不思議なことにこの学院を包む天候は一切の変化がなく、いつ太陽が昇りそして沈んでいくのさえまったく分からない。

変わらないのは深く青く塗られた様な空に、まるで星の様に遠くに小さく月が永遠と上り続けているのみ。

こうした1日の変化など気にしないのだろうか、だが彼らは今刻がどのくらいなのかをある程度把握し行動している様だ。


小さな机と、ベッドを残しすっかり空になった部屋の中で大量の書物を抱え螺旋階段を上り下りした幸村は動く気力を無くしベッドの上に座り込んだ。


「ちくしょうあの男本当に手伝いもしない...それどこか部屋から一歩も出なかったな」


数日ほど共にしたおかげで信頼感や仲が縮まったかと思ったがどうやら互いの利害が一致しただけであり、言い換えれば上手に利用されたという見解が正しいだろう。寂しくもあるがある種1人になれたことでようやく行動ができる。


さて、どうするかと小さな部屋の中を見渡すと、ペンダントが光り、粒子と共に霊体のエレが姿を現した。


「何か感じるか?ここで合ってはいそうなんだが」


「ええ、ここでしょう。貴方が欠片を一つ手にしたおかげで私もようやく以前よりも感じ取ることが出来る」


「だとしても問題はここからだよなあ...遺跡の時とまるで違う。人が多すぎるし何より秘匿主義の総本山だ。一筋縄ではいかなそうだ」


「だとしてもやるしかない。今またどこかの国が、大陸が消えていっている。この土地もゆっくりゆっくりと縮んでいるのだから」


「分かっているさ、やらなきゃいけないことくらい。しかし俺にもオスカーの記憶にも学者達の様な知識は無いから...どうやっていくか」


「これはあくまでも私の考えなんだけど聞いて欲しい」


そういうとエレは幸村の隣に座り天助を朧げに見上げながら話し出す。


「魔術師達は確かに優れている。そして彼らは彼らなりに異なる意志を持っている。けどこの世界の人間は等しくみな魔力を持って生まれてくる。魔力を産んだ神はきっとリオネアやヴェスタのように導く者の存在を待っているはず。どんな心を持っているのかはまだ分からないけど少なくとも強く拒んだりはしないはず...」


「この世界の誕生から見てきたのだから...きっと同じだと思う...」


幸村はどこか違和感を感じた。会ったばかりのエレに比べて一つ一つの言葉や表情に強く感情が乗っている様に感じた。

冷たく淡々と語っていた時よりも彼女は正誤のない自分の意見を含め主張している様にも思って仕方ない。

だが確かに間違ってはいないだろうし、火の神の分け身とありその感情は神が宿し育んだ”心”にきっと近い物はあるだろう。


「とりあえず静寂の中学院をよそ者1人で歩くのは宜しくないよな。休んで外の様子に合わせて行動するとしようか」


「ありがとう。今はあの人も居ない。これからは私も手助けするから」


「珍しいな。今まではこっちが呼びかけない限り行動しなかったのに」


「....不思議ね確かに。けど貴方は異世界の人間なのに私の願いに応えようとしてくれているから」


艶やかな髪がなびき、気のせいなのだろうが幸村はエレが少し笑った様な気がした。そして長くはないだろう静寂が終わり、学院は目を覚ました。


幸村は鎧の上に外套を羽織り、兜を脱ぎなるべく武装が目立たない様に不自然さを残しながらも部屋を出る。ライブニッツの部屋からは物音一つ聞こえず何をしているか気になったがそのまま階段を登り本館の方へと進んでいく。


改めて中を見渡せば敷き詰めらた本の数に圧巻する。

上の階へと昇るための階段でさえ中央にひとつと、壁の本を取りやすい様に建物の両端に並ぶなど細かな設計が届いている。


(外の世界の、今まで見てきた荒廃した場所とはえらい違いだな...霊薬を飲まされるとか言っていたし本当に刻が止まっているんじゃないか?)


幸村は眼に見える範囲を全てまずは確かめようと歩き回る。

この中では狂人に襲われることもないだろう。身体に特別な緊張感を覚えることなく薄暗い大書庫を散策する。


「おい、そこの」


突如声をかけられた。振り返るとローブ姿の男が両手に本を抱え立っていた。

頭には装飾の施された頭冠をかぶっていた。これも階級か何かを示す物なのだろうか。


「なんでしょうか」


その男は振り返った幸村の顔を覗き込む。


「その顔色...顔立ち。へぇ、ルレベルクかそのあたりの出身だな?」


「何故それを?」


「珍しいこともあるもんだ。そっちの大陸の学者と昔に良き知り合いだったからな。その黄金の様な髪色は目立つからな」


幸村は思わず髪を掴む。長らくそう言えば今の姿を見ていなかった。

もしかすれば蘆田幸村の面影はほぼ消えつつあるのではないだろうか?


「しかし君は魔術師崩れでもなんでもなさそうだ。目的は知らんがまぁ悪いことは言わないからあまりうろうろ歩き回るな」


「失礼しました。あまりの書物の多さに思わず足元を見てなかった様ですね」


「本館の上層は上流魔術師の学舎だ。そして最下層には学院の歴史の中で発見された数々の禁忌の研究が封印されている。らしい。この2つに足を運ぶことさえしなければ君も存分に探究にふけるといいさ」


「これはご親切にありがとうございます」


「違う、これは警告だ。もし知らされていれば余計だったろうが遅かれ早かれこの学院に踏み入った者は皆知ることになる情報さ。恐らくよほどの狂った探究者や命知らずを篩にかけているんだろうさ。試しているのか分からんが...まぁ我ら学者は基本命が惜しい。尽きて終えば学んだ知識が無駄になるからな」


「普通そんな情報こそ秘密にすべきかと思いますが」


「秘密は好奇さ、甘く惹きつける。誘惑に溺れる者をお偉いさんは欲しがらない。だからこそ敢えて知らせて確かめているんだろうさ。まぁ私にとっては何の興味も湧かないがな」


男はふぅと小さく息を吐く。


「思わず話しすぎた。その外面に思わず懐かしくなってしまったよ。それでは失礼しよう、きっともう会うことは無いだろうが良き学びを」


立ち去る男の後ろ姿に幸村は確信づく。上流魔術師の本拠地の上層、研究物が眠る最下層。このどちらかに欠片があることを。


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