第3話 走馬灯と共鳴



幸村は突然の事に声も出せず、助けを求めようと振り返るが男は既に姿を消していた。


「おいおい、嘘だろ??嘘だろ!?」


その場から逃げようとするが、見えない壁にぶつかった。


「逃げられない、、!!」


力強く叩こうがその壁は決して音もなく、揺らぐ気配すら感じない。


そうこうしているうちにも黒い騎士は迫ってくる。


「やるしかない…」


幸村は慌てながらも咄嗟に盾を構えた。


振り下ろされた騎士の剣を防ぎ弾くが、余りの力強さと衝撃に大きくよろめく。


(嘘だろ…こんなに痛くて重いのか…)


ジンジンと痺れる左手は盾を構える握力を奪う。

それでも握りしめ、今度は右手で剣を抜く。


逃げる事も出来ない、話が通じるような相手でもない。

問答無用で本気で殺しに剣を振ってくる。


畜生


なんでこんな目に


幸村は剣を抜いたはいいが、必死に攻撃を防ぐので一杯であった。


殺される。本当に殺される


反撃しないと、戦わないと。


覚悟を決め、剣を力一杯に構え反撃に出る。


しかし素人同然の剣捌きに黒い騎士は悠然とかわし続ける。


(当たれ!ちくしょう!なんで当たらないんだよ)


黒い騎士は一歩下がり剣を構え直すと、力強く踏み込み幸村の盾を弾き飛ばした。


「あ……!!」


意識を吹き飛んだ盾に奪われた幸村に鈍い音と共に、深く剣が突き刺さった。


呼吸が荒くなり、視線を落とすと胸元から大量の血が流れ痛みが全身を走る。


「あぁ…痛え…」


人生で味わった事のない激痛と、迫り来る本当の死に幸村はその場に倒れ込む。


「なんで…こんな…事に…」


走馬灯が遠のく意識の中に流れ出す。


こんな事なら、、現実世界の方がよっぽど、、


そんな思いを巡らす中、流れる走馬灯に幸村の知らない思い出がちらつき始めた。


何だ?これは何処だ?これは誰だ、、?


鮮やかな高貴な国

歓声に包まれる騎士達の姿

見送る国の人間達

次々と倒れてく仲間

やがて1人で何処かを旅し

幾多の死戦を潜り抜け

人外の何かと対する景色

倒れた視線の先に転がった剣を掴もうとし、そこで力尽きた。


誰だ、、この視点は俺なのか、、?

いや知らないぞ、、こんな日々は。


走馬灯はやがて力強く光だし、そしてパリンと音を立て砕けた。


瞬間にそこで幸村は意識を取り戻した。


ふらふらと立ち上がると、袋の中の小瓶を一つ取り出し頭上で砕いた。


真っさらな液体は飛沫となり幸村の全身に降り注ぐ、すると深く傷を負った胸から血は引き、身体に力が戻る事を感じた。


そして再び剣を強く握り締めると、背中を向けた黒い騎士に立ち向かっていく。


振り向いた黒い騎士は幸村の攻撃を防ぐ事しか出来ない。


息をつく間もなく、繰り出す攻撃は果たして幸村自身の意識で動いているものなのか、いやそれとも…


そして黒い騎士の体勢が大きく崩れる。

幸村は大きく振りかぶると、力一杯に黒い騎士を斬り付けた。


声にもならない呻き声をあげ、黒い騎士はパタリと倒れ動かなくなった。


「はぁはぁ…やったのか」


幸村はその場に力をなくしたように膝から崩れ落ちた。


「よくやったな」


小さくケタケタと笑いながら男が近付いてきた。


「い・・今までどこに・・」


ゼエゼエと息を荒げながら幸村は兜を脱ぎ、男を睨んだ。

顔は怖ばり、顔色を失い。ポタポタと雨に混じれ汗が流れ落ちる。


「合格だ。君は覚悟を手にした」


男はしゃがみ込むと、フードを脱いだ。


「!!!」


思わず目を見開き声を失った。

瞳は真っ黒に塗りつぶされたように光がなく、夥しい傷の数に伸び切って傷んだ白髭が風に揺れる。


人間・・だったような何かだ、今はその面影をほぼ失っている。


男は小さな手を幸村の胸にかざすと、青く輝きみるみると傷が塞がっていく。


「君は一度死んだのだ、この傷でな」


「!!死んだ?いや、でも今こうしてー」


「あぁ、厳密に言えば”一度死んだ”のだ。だが君がこの世界に来て触れたそれらの思い出が共鳴し、君は息を吹き返したー」


そして男は話を続けた。


なぜ、意識を戻し君は戦うことができたのか。

それはその鎧や剣・・全てに眠り宿った思い出が共鳴したから。

記憶を呼び起こし、君の記憶に共鳴し流れ・・


戦うこと、そして戦い方を思い出したのだ。と。

君の中に今、名も知らぬいつかの騎士の思い出が1つ、宿ったのだ。


だが・・ー


治療を終え、男は再びフードを被った。


「君の、君自身が生きた記憶が、思い出は1つ消えたのだと」


それは君自身がやがて君自身でなくなっていくこと。

何かに、誰かの想い出を背負い継ぎ、生きていくことになる。


男はだがその言葉は幸村に伝えることはなかった。


(君の人生はまだ短かった、だが十分にたくさんの記憶で色濃く重なっている。

そして自ら終止符を打つほどに追い込まれ心は欠けていた・・

この世界に転生されるには、充分なほどにな)


幸村はまだ何かを知りたがっていた。何が何だか理解するには時間が欲しい。

しかし男の背中に何も言えずにいた。


諦めた幸村は再び兜を被り、倒れた黒い騎士の横を抜けふらふらと歩く男の後を追った。


2人はそして扉の前に立つ。


「開けなさい」


幸村は扉を力一杯に開いた。雨は激しくなる。


広がった目の前は断崖絶壁だった。


「どうすれば」


男に問いながら、恐る恐る下を覗き込む。

鉄窓から見えた景色とは違い、崖下周りは激しく波音が打ち立てる海が広がる。


ごくり・・


だがその瞬間。男は幸村を突き落とした。


「な!!!」


「さぁ、行きなさい。ここから君は・・君自身で居ることが出来るのか。世界は君を待っているよ」


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