第4話 導きの聖女エレ
男に突き落とされた幸村は叫び声を上げ真っ逆様に崖下に広がる海へ落ちていく。
(畜生!!あのジジイ!嵌めやがったな!)
勢いよく海へ飛び込んだ幸村は抵抗することも出来ずに次第に意識を失った。
どれほど時が経ったか分からない。
心地よい波音、鼻を撫でる潮風。
気が付いた時には海辺の砂浜に横たわっていた。
助かったのか、安堵しながら周りを見渡す。
美しい海とは対照的に、砂浜には打ち上げられた船の残骸たちが寂しげに転がっている。
「ここはどこだろう」
気持ちを落ち着かせ、今まで起きた出来事全てが夢でないことを確かめる。
下を見れば鎧には塞がった傷跡がしっかりと残っていることを確認し、嫌でも現実だということを確信した。
そして何より身体に熱を感じない。
海に落ちたせいなのか、途端に寒気を覚えた。
「ようやく目が覚めたのね」
突如品のある声色が聞こえた。若い女性のようだ。
先程まで周りに誰も居なかったことに疑問を感じながら、視線を上げる。
艶やかな長い髪を靡かせ、綺麗な肌色が目立ち。
整った顔立ちに青い瞳。上品でどこか高貴なローブは身体を隠すように覆う女性が立ってこちらを見ていた。容姿はまるで外国の人みたいだな。
思わずに見惚れてしまう程だった。
「もう大丈夫です」
その声に幸村は疑問を感じた。
聞いた事があるぞ?と。
「貴方がその、、女神様?というか。俺をこの世界に連れて来させた人、、とかですか?」
恐る恐る確かめるように問うと、彼女は表情を一切崩すこともなく、はい。とだけ答えた。
「身体が冷めてしまう」
彼女はそういうと、しゃがみ込み幸村の視線に合わすと手を差し出す。
ボソボソと何か呟きながら、次第に幸村の身体を赤い光が包み込む。
寒さに震えた身体は熱を帯び、携えた剣も盾も袋も全てが軽くなっていくような感覚だ。
「魔法、、とかですか?それは」
先ほどの男の治癒能力といい、現実では絶対に起こらないファンタジーな力を2度目にし、幸村は思わずに怒りやそういった感情は、僅かな高揚感と興味により消されていた。
「僅かな時間で、、大変辛い思いをさせました」
彼女の言葉で幸村は途端に冷静になり、この世界で目を醒ましてから今この瞬間までの出来事を思い出し、強烈な怒りが湧き上がる。
「ああ、そうだよ!!訳がわからないよ!何で俺がこんな危険な目に--」
死にかけるし、刺されるとめちゃくちゃ痛いし。
海に突き落とされるし
想像しているより大分違う世界だし
それに、、それに、、
継ぎ接ぎに言葉を感情のままに吐き出す。
結婚とか、子供とか、親孝行とか…
出来て…ないし。
思わず幸村は現実世界に残した未練を思い出してしまった。
もしかしたら何か勇気を出して行動してたら人生は変わっていたかもしれない。
そうすれば転生なんてせずに現実世界で幸せになってたかもしれない。。
今更どうしようも出来ない後悔に、唇を噛み締め彼女を睨んだ。
だが、表情を崩す事なかった彼女の眉が少し下がり、まるで申し訳なさそうにこちらを見つめていた。
そんな表情を見せられたら。
再び幸村は冷静になった。
「ごめんなさい。。分かってるんです。どうも出来なかった事くらい。嫌で辛くて逃げ出したのは俺自身で。。でも少し後悔とか未練もあって。。
今更どうこうしようなんて、思っては。。ないです」
すっかり暖まった身体を囲う赤い光は粒子となりまるで幸村の激しく揺れ動く感情や心を包みこむように優しかった。
「貴方を選んだのは私ではないけど…連れてきたのは私」
力なく幸村は笑うと彼女は続けた。
「私はエレ。何者かはとうに忘れてしました。けど今は貴方を導く存在と使命。私の名前。覚えているのは今はそれだけです」
エレはそして話を続けた。
この世界のこと、そして今幸村が辿り着いた場所の事を
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かつて4つの概念が交わり、この世界は生まれた。
4つの概念は神と呼ばれ、人々の信仰の対象となった。
何千年と月日は流れ人々は戦争を起こすようになる。
1つとして生まれた人間はしかし心は違う。
力を求め欲を掻き、互いに交わらない教心。
いつまでも終わらぬ戦いの日々に4人の神は鎮めるべく動いた。
しかし争いは尚も収まることはなく、激しく加速していくこととなる。
そして神は互いに争いを起こした。
天地を揺らし災害を起こし・・
それはまるでこの世の終わりを示すかのような戦いだった。
そして全ての神が力を失い、命が果てた。
理を失い、理性をなくした人間は狂い、異形を生み。
神の生み出した世界は神を無くした事で
長い時間をかけ次第に収縮し、いつか「無」になる時を待つしかない。
全てが集約する世界の中心地「イムブルク」
そう。貴方が今転生したどり着いたこの場所の名前…
この土地に神が最期に残した力の1片が散らばり落ちたと聞いた。
貴方にはこのイムブルクで、欠け散らばった欠片達を集めてほしい。
欠片とは神々の命の名残・・
全てを集める事で理は蘇り、刻は動き出す。
世界の崩壊を止めることができるの。
だからお願い、世界を救ってと・・
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なるほど。よくわからないが…
この転生されてしまった世界はロクな目に合っていない…今にも崩れかけのような、世紀末のような状況なのだろう。
まぁ。なかなか信じられないし理解に難しい
しかし今こうして目の前にし、そして肌で感じれば深く全てをきちんと理解するには程遠いが、確かに全ての人生において経験がなく、まるで御伽話のような世界を生きなくてはいけない事。
想像よりも予想よりも、遥かに過酷な道を歩くのだろう。
しかし、今までとは違う。
高校受験も、大学も就職試験も…
思い返せば自分自身で強い意志を持ち選んだことは無かった。
自分の力で、自分の選択でこの世界を生き抜いていかなくてはいけない。
いや、そうでもしないと生きねばならないのだろう。
なにより「世界を救って」とまさか言われる人生になろうとは思わなかった。
彼女にとっては俺がそうだと確信し、転生させたのだろう…そう信じてやる。
幸村は戸惑う心を押し殺し、腹を括る。
言葉にせずともエレはその表情から察したのだろう。
懐から変哲もない1つのペンダントを渡す。
「これは??」
「貴方自身の全てが宿っている。かけがえのない、取り戻せず2度と帰れない暖かい思い出」
「そしてそれはこれからの貴方自身を強く持ち生命のようなもの」
エレはそこで、言葉を詰まらせた。
「??」
「いえ、何でもない。それは決して無くさないで」
幸村はペンダントを首に掛けると、立ち上がる。
「さぁ、行きましょう」
エレは光に包まれ粒子となると、幸村のペンダントにスーッと入っていった。
突如の出来事に驚いた幸村の心情を察したのか、彼が何か言う前にエレは続けた
(大丈夫。ここにいる、貴方を導くために)
その言葉の後、不思議と強い覚悟が宿った。
もう逃げはしない。
どんな運命だろうが出来事が起きようが進んでやる
幸村が人生で初めて決めた強い覚悟だ。
その思いに応えるように、ペンダントは僅かに鎧の下で共鳴し僅かに光った。
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