第5話 名も無き騎士

海岸沿いの森林を抜け、やがて幸村は小さな村を見つけた。


転生してから今までまともに休んですらいない。


時間としてはどれほど経ったのか、それとも経っていないのか分からないほど頭も体も密に疲れ切っていた。


幸村の黒いサーコートは擦れた上に汚れており、鉄板は黒い騎士の突きの攻撃の名残が残った状態となっていた。


あの時の痛みを思い出すとやはりゾッとしてします。

あれが剣の痛みなのか、きっとナイフとか包丁とかで刺されるよりもきっと

中世のヨーロッパにしろ、日本の戦国時代とか凄い時代だったんだろうな。


もはや麻痺して狂っていたんじゃないか?いやはや平和な時代に平和な国に生まれてよかった・・


とはもう言えないか。


とりあえず、村で休みながら袋に仕舞い込んだ本を少し読んでみたい。


情報なのかそれとも魔法とかが書かれているのか、折角”共鳴してくれて”文字が理解できるのだから。


なんて考えていた幸村は村がすでに人気も無く、ボロボロの廃墟であった事に落胆した。


(すっかりなんか色々期待しちゃったな)


カサカサと虫か動物かが動く音が寂しげに聞こえる中、誰かいないか静かに静かに荒れた村を歩いていく。


すると、建物の影から汚れた服を纏いひどく痩せ細った若い女性が姿をのぞかせた。


(第一村人…にしては大丈夫か!?)


すみません、そう恐る恐る声を掛けようとしたのも束の間。


女は呻き声のようなものをあげ、恐ろしい表情で幸村に襲いかかってきた。


「ひっ!!」


情けない声を上げた幸村は、後退りをした。

女は幸村を捕まえそこない、前のめりに倒れるも再びよろよろと立ち上がりまた襲いかかる。


すると咄嗟。無意識のまま鞘から剣を抜き、女を斬り捨てる。


「あっ」


黒く濁った血飛沫をあげ女はか細い声で鳴きそして絶命した。


もしかしたら気が狂っただけでただの”人間”だったのかもしれない。

しかし斬ってしまった。そして今の刹那に慈悲はなかった。


呆然としていると、わらわらと老若男女問わず姿を現してきた。


彼ら彼女は先ほどの女とは違い瞳孔の色をなくしていた。

ふらふらとゾンビのように幸村を目指し近付いてくる。


「なんだよ、これ」


映画やゲームで見たゾンビとはまた違い、人間の色を濃く残しだが気狂い悍ましい表情をした”それら”は、思わず幸村の足を竦ませた。


逃げることもできた。やつらは幸いにも走れるような状態ではない。


だが幸村の竦み震えた足がピクッと収まると、一歩一歩と立ち向かうように歩みを進め、そして剣を振るった。


気付けば辺りは赤黒い血飛沫とやつらの死体が転がり、その中心に幸村は立っていた。


「はぁはぁ・・」


瞳孔を開き、何かに恐るように呼吸を荒げ動けずにいた。

見つめる剣先はひどく汚れ、先端を血が流れていく。


エレの話通り、この土地の人間は既に理性を失い狂っていた。

しかし世界は違えど同じ人間だろう。人間だったのだろう。

あの黒い騎士だってそうだ。中身は見えなかったが人間だったかもしれない。


これが…人を斬るということか…?


理解と困惑が葛藤し飲み込まれてしまいそうだ。


(貴方は優しい人なのね)


エレの言葉はだが聞こえなかった。

朦朧としたまま幸村はその場から歩き出す。


そしてまだまともに形を残している扉すら無い民家に入ると、

兜を脱ぎドサっと座り込んだ。


戦いの汗と冷や汗が混じり、顔はぐちゃぐちゃになっていた。


夜になり、幸村は落ち着きを取り戻したものの、その場にずっと座り込んでいた。

覚悟はしたし理解もしていた。

だけど狂ったとはいえ”かつて”人間だったものを斬った時の”感触”、斬られた時の”表情”。何かを求めるように、そして奪うかのように襲いかかってきた姿。


流石に感情と頭を整えるのになかなか時間がかかるものだ。


するとペンダントが光り、粒子と共に目の前にエレが姿を現した。


右手を出し、掌に小さな魔法陣が展開するとその場に焚き火のように火が灯った。


辺りを灯す日は床の上に浮き、2人を照らす。


「凄いな、魔法って・・・」


「お疲れ様。やはり気分は優れないようね」


「そりゃそうだ。なんか・・言葉には出来ないような感覚だよ、それにさ。一番最初は俺の意識じゃなかったようだしさ」


「貴方は間違っていない。あの人たちは既にもう壊れかけていた。あのままだったら理から離れ姿形はあのまま”人外”となって永遠と彷徨い続けるだけだったから・・」


「壊れかけてた・・って。助かったかもしれないのか!?」


思わず声を荒げるが、エレは崩さずに答える。


「いえ、もうああなっては助からない。あぁまでなるにはどれだけの時間が経ったのか・・分からない程にね」


「そうなのか・・いや!でも・・」


なおも何か訴えようとする幸村にスッと右手を翳した。


「休んで、疲れたでしょう。この辺りはしばらくは大丈夫、だから」


「おやすなさい」


言葉を終えた瞬間、幸村はフッと眠気と共に眠りについた。




わずかな時間だが夢を見た。


黒い騎士との戦いの時、一度死んだ際によぎった走馬灯の中。

その際に見えた高貴な国。


眩しいくらいに晴れ渡った青空の下。

ここは何処か大きな屋敷か城の中庭なのだろうか。


「どうした?終わりか」


視線を上げると、重厚で高位であろう鎧をまとった屈強な男が立っていた。


「いえ、もう少しお願いします」


視点は幸村自身のようだ、しかし発せられた言葉や声は全くもって別の誰かだ


(ん?なんだ誰だこの人は?ここはどこだ?)


(俺は・・誰だ?)


「いいか、覚えておくと良い。一度剣を構えたら、決して情けはかけるな。

特に今は戦争中だ、足を竦ませれば笑われる、怖気を越えねば呑まれていく」


男はそういうと、剣を構え姿勢をつくる。


「守りたいものを守るためには覚悟を決めろ。命を捨てればやがて全てを失う。

強き心に神は笑うのだ」


その言葉を終え、こちらも剣を構える。


「存じております」


「よい、良い顔だ」


男はニヤリと笑い、そして語気を上げ叫んだ。


「問おう。お主は何者だ!!」


「私は大陸に誇る高位の名の下。ルレベルク聖騎士が1人ーー」


だが名前を聞くその瞬間。幸村の目は覚めた。


「ルレベルク…私は…ー」


ポツリと呟き、隣にかけていた剣と盾を見つめた。





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