第15話 小さな太陽

アルバの記憶から覚めた幸村は部屋を出た。

彼の袋の中には魔法の鍵が青白く輝いていた。

アルバが展開した魔法陣に封印と共に置き、記憶の目覚めより解放され手にした。

階段を上がり、アルバの部屋に戻るとそこにはカーシーが待ってましたとばかりに立ちこちらをを見ている。


「貴方は何故このことを知っているのですか?」


「言ったでしょう、リオネア様が教えてくれたと」


幸村は勢いよく彼の前に歩み寄る。


「ふざけた話はよせ。もしそうだとすれば何故貴方だけが選ばれた」


凄む幸村に臆することもなくカーシーは続ける。


「神はすでに居ない。いくら祈ろうとも届かぬ虚像だ。この土地の空を見たろう、遠く淡い太陽は偽りだ」


カーシーは表情を一切変えることなく、だが今までとは声色を落とし言葉には強さを帯びている。


「貴公自身がどれほど太陽を信じていたかは分からない。だがかつての神は、この世界はこのまま薄れ壊れ無くなることを本当に望むことなのか、私は知りたいだけなのだ」


カーシーは聖職衣の襟を正すと、今までの胡散臭い目つきは鋭く変わる。


「だが私には剣を振るう力もない、恐ろしい魔物を撃ち倒す魔法も備わっていない。ただの聖職者で巡礼者崩れだ。だから貴公には私が旅の道中やっと気付いた一つの逸話と、この城で見つけ確信した確かな話を話したのだ」


「他にも知り動いている人間はこの世界に居るかもしれない。私の知り得た事などとうに古臭く遅れた情報かもしれない。だがそれでも私は動かねばならぬのだ」


そしてカーシーはまた表情を戻した。


「・・なので聖騎士様。私の独りよがりな勘違いでも良い、だがかつて私と貴方は本当の同じ太陽を信じ愛した仲間としてお伝えしたのです。だが貴方は偽りでも信じて動いてくれた・・女騎士から貴方の事を聞き初めてお会いした時に、私の勘と賭けは当たっていた様です」


幸村は半歩下がった。今のカーシーからは卑しさや裏のある言葉を感じることは無かった。


「さぁ、お行きなさい。もう私は貴方を試したり付き纏うことはしません。私もまともでは無くなるのは時間の問題ですから」


カーシーは身体をどかし、幸村を部屋の入り口に促す。


幸村は彼の通り過ぎる途中足を止め、なんて言葉をかければ良いか、自分の心を謝罪すれば良いか分からなかった。

しかし思考を巡らせる中たった一言、こぼれるように彼に告げた。


「ありがとう・・お任せください」


その一言にカーシーはかつて栄えたルレベルクの黄金の聖騎士の姿を視た。

輝きを放つ太陽の加護を受け、黄金の力と意志を持つ勇敢でとても悲しい儚い騎士の光だ。


「もし私が狂った時は、貴方が終わらせてください。せめて最期くらいは光を見たいものですから」


幸村は少し立ち止まりだが応えることなく、部屋を出た。


カーシーはアミーユ・ゼンの辺境で生まれた。


太陽を信仰する国は高位で貴族や富裕層の多い事で知られる。だがそれは真実を見る事を恐れ高慢であるとも言われ、決して間違いではない。

アミーユ・ゼンは海に近く山岳に囲まれた国であり、自国の聖騎士は弱く貴族や富裕層の私兵団が実質、戦力の中核を担う異質な国だった。


カーシーは自然の中で育った。

裕福では無かったが全てが程よく幸せだった。


だが初めて見上げた太陽に疑問を持った。

父様や母様が教えてくれる太陽は全てを照らし輝きに溢れ、慈愛に満ち迷わせる事はないと。

カーシーは聖書を読み耽け、深く学んでいく。


だが本当にあの小さな光がそうなのだろうか。

そのふと覚えた疑問は拭い切れずに居た。


やがて国は世界の崩れた理と因果に沈んでいき、

救いを求め山を越え、あるいは海を越え多くの人々がイムブルクへ旅立つ。


世界の中心地

始まりの土地

そこにこそ、導きある。


信じるべき太陽の光は

イムブルクにあるのだと。


それは父さまと母さまの最期の言葉だった。


「ーー信じていたのだがな」


カーシーは笑った。

最後の願いに答えなかった幸村は正しいと。


「お気を付け下さい・・貴方に太陽の加護がありますように。幸村様」


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幸村はその足で遺跡へと向かう事を決めた。

アルバの記憶通りならば城を出て北の丘を超えた辺りにあるはずだ。

城を出るまでルトーにもリムヒルトにも会う事は無かった。


幸村は城を出るまでに今まで見てこなかった場所を歩いた。

この城の結末を、アルバの代わりに見ないといけない。

彼の記憶を覗き意志を受け取ったせめてもの答えだ。


広間や大食堂そして小さな書庫部屋。訓練部屋や私室・・

だがやはり多くの部屋は跡形もなく石壁に崩れ、魔法により焼き焦げていた。


一番悲惨であったのは玉座の間だ。雪崩の様に崩れた大階段を何とか登り、威厳を失った大扉を潜り抜け中を除いた。


ガラス破片が飛び、粉々に城壁は砕け大理石のような床の上広がる赤い絨毯の上には思わず目を逸らしたくなる光景が、剥き出しの空の明かりに照らされている。重なり転がる亡骸は既に肉体は無く、黒い瘴気が煙の様にゆらゆらと揺れ、外へ流れていく。


玉座の間から離れ、幸村は再び階段を恐る恐る下っていく。

絶望し死んでいった市民や兵士。そして死に切れず項垂れている狂人達を多々見た。幸村に気付くと襲いかかる者もいた。

彼らには既に瞳の色はなく表情の一つも分からない。とうの昔から彷徨い続けていたのだろう。

アルバの記憶を見た後では、その全てが痛みや絶望の中で終え、何かを求める様な悲しみの印象を感じた。


玉座の間で死んでいった人間達は、様々な思いを交錯しながら「人間」として死んでいったのがせめてもの救いであってほしい。


自分自身は悪魔でも外の世界の人間だ。

心を痛めようと共感しようとも幸村自身の心はこの世界のものではない。

だがエレはどう感じてるのどうか。

既に見慣れているのかもしれないが、この世界で生まれそしてこの世界が壊れていく現実に彼女は外の異世界の人間に救いを求めた。


きっとそこには大きな決断があっただろう。

この世界と故郷の世界では価値観も大きく違うだろうから。


「よし・・行くか・・」


改めて初めて来た時は荘厳に感じた城だが、事実を知り内情を知ると廃れた悲しい城である。進めば進むほど崩壊は目立ち、海沿いから歩き見えた全てがまるで幻想かハリボテのようにすら思えてくる。遠くから見た時は、確かに栄華な城に見えたのに・・


城門をくぐり、幸村は北の丘を目指した。

ふと見上げた空には白い鳥が飛び、そして北の方へ飛んでいく。こっちだぞと、導いている様だ。


城から離れていくにつれ、辺りは建物や兵器の残骸。まばらに作られた墓石の数に改めて驚く。


世界の崩壊が始まるよりも、戦いにより地形が崩れ歪んでいたのだ。


辺りを見渡し、そして時折空を見上げながら歩いていた幸村の足に何か固いものが引っかかる。

思わず転びそうになり、咄嗟に手を付いたそれに全ての興味が傾いた。


複雑に精巧に掘られた巨大な石の頭は、建造物としては考えにくい。

そして視線を左に動かしていくにつれ、この石像の正体こと夢に見たゴーレムの一体である事に気付いた。


強力な魔法により動く無機物の兵器は頑丈な身体が崩れぬ限り倒れる事はないが、身体に流れる魔力が弱まりやがて無くなれば完全な石像に戻ってしまう。


このゴーレムは両腕は崩れ瓦礫となっているが、その体長からしてこいつは50m程だろうか。


幸村は思わずゾッとしてしまう。

こんなものが各地で戦争の兵器として暴れていたのか。それに加え異形や魔物らも居たとなると。

いくら各々自らにも魔法の可能性があったとしても神に縋り祈りたくなる気持ちは分からなくもない。今も生き抜いている人間達の強さは只者ではない。

観察を終え、幸村は進み出す。

白い鳥の向こうで、小さな太陽が昇り出した。

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