第16話 きっと同じ月
丘を越え遺跡がある事は夢の中で確かに見たが、それまでの道のりがなかなか険しいとは思わなかった。滑らかで平坦に続く道は僅かで、大抵はゴロゴロと転がる大きな石や瓦礫、破片や伸びた草木。地形が壊れ突如現れる崖に半ばヒビの入っている橋。其処彼処から現れる魔物や異形の数々。
かつては遺跡までの道のりは確保されていたが、長い年月と崩壊に伴い険しい獣道の様に化している。
おまけに道中の戦いでは覚えたての雷の矢や、雷の剣を使いこなすための練習に充て、傷を負った際の回復が心許ない程までに魔力を使ってしまった。
「後先考えずに使ってしまったな」
雷の矢は集中力の確保にこそコツが居るが、身の丈の大きな気味の悪い魔物や異形とかした騎士や兵士に有効に働いてくれた。
魔物の肉を局所に焼き、騎士は鎧を貫き黄色い光はつるのように身体に走る。
下級の兵士共ならその一撃で動かなくなる。
雷の剣は更に強力だった。
懐に飛び込む勇気を必要とするが、力強く振るえば大抵の魔物や異形に狂人へ大ダメージを与えてくれる。
代償としては太陽の光を源に魔法のエネルギーとして使用しているからか、手元はかなりの熱を帯び痺れるようなヒリヒリとした感覚が走ることか。
コンセントで感電した痛みよりは浅いが、静電気よりも強く持続する。戦いでは興奮作用が働き問題はないが慣れるのにはもっと時間が必要だなと幸村は感じた。
だが魔力に頼り過ぎた。。
まだ日は高いのにエレの言っていた様に限界が近いのだろう。
戦火の中生まれた魔物は手強い。
行動に意思をもし確実にこちらを仕留めにくる。オーガはその一例だ。無作為に人を喰らうこと無い。狂人や異形と姿形は大してそう差はないが、やはり名前の通り魔力が生命エネルギーとして身体に流れ、それぞれの力としているのは人間と同じの様だ。
幸村が橋の手前で対峙したゴリラの様な魔物は両腕がかなり肥大し、巨大な頭は支えきれずに地面につきそうな程に垂れ下がっており、アンバランスな下半身は役目を果たしていない。
ナックルウォークで間合いを詰め、両拳を赤く染め上げ叩きつけると、何も無くとも地面は凹み火花が散る。盾で受けた際には左半身の感覚を無くすことになるだろう。
膨大な筋肉量は、刃を通さない。
しかし弱点は明白だ、あのプラプラと揺れる頭部を狙えば良い。だが魔物は鉄の様に硬い両腕で巧みに剣を防いでくる。弾かれれば隙ができるので、ひたすら防戦一方となる。
細長く狭い視界で幸村は魔物から視線を逸らさずに、そして咄嗟に出た苦肉の策として幸村は盾を使い砂を掻き上げ魔物へと投げつける。そして振り払う一瞬の隙をつき雷の矢を放つが、照準を合わせられずに左腕に直撃した。
だがそれが気付きであった。電撃が走り魔物は左腕を庇い痛みに苦しんだ。剣は通さずとも魔法は有効の様だ。
その隙にもう一矢を右腕に打ち込む。
魔物は両腕の神経を一時的に失い、力が入らず思わず前のめりに倒れ込んでしまう。
だが回復力は早く、太い腕が脈を打ち焼けた神経を修復しようとしていた。
だがその回復より早く、幸村の雷の剣が魔物の首を勢いよく落とし決着をつけた。
よし、と勝利の手応えを感じたが
背後の木々から同じような腕が数本見え、仲間が近くに居ることを察すると逃げるように橋を駆けていく。
不規則に並ぶ木々の中を暫く歩く。安全は約束されていない。空を見上げ覆い隠す葉の隙間から白い鳥を何とか見つけて方角を確かめる。
掻き分けながら暫く進むと川瀬の音が聞こえてきた。水を得た魚とは違う、水を得たい魚の様に幸村の足取りは早くなる。
木々を抜けると、大きくはないが川を見つけた。急ぐ事なく凪り流れ淡く光る水音に幸村は安堵した。この辺りには魔物らの気配はない。
少し休もう、川沿いに腰を落とした。
この世界に来てからか、欲という欲がない。
睡眠は目を瞑り意識が突如抜けた様な感覚だ、恐らく夢をみせるための呪いか何かであり、体に疲れはしても眠気を感じない。
雑念が無いからこんなにも頭が痛くなるほど考えてしまうんだろうな。
しかし今はこの流れる川を眺めてるだけで気持ちは落ち着く。元来土手沿いや公園で落ち着くなんて苦手としていた筈なのに。
暫く何も考えずにボーッと座りこけていると、ペンダントが光り粒子と共にエレが姿を現した。
「久しぶりに出てきたような気がするよ」
「ごめんね。本当はもっと姿を見せて力になって助けたりしなくてはいけないんだけど」
「けど全部では無くとも貴方が今まで見てきた光景は私にも見えている。もちろんあのアルバという騎士の記憶の世界も」
「そうか、どう思う?やはり本当か?」
「本当だと思う」
「そっか…俺は前居た世界の記憶が消えていくような感覚だよ。懐かしくて暖かいのにそれが何かすら分からないんだ。細かい日常も段々とね。その代わり何故か昔からこの世界の事を知っていた様な気もしてくるんだ」
「多分それが記憶とか想い出とかの共鳴なんだろうけど、まあ俺もそのお陰で2度生き返ったりしたから…不思議な感覚だよな」
決してその考えを前向きに捉えられずにいた。
この感覚が正しければ、俺は俺でなくなる。
残るのは身体だけ、それ程までに心と想い出というのはその人をその人であり続ける為の大事な存在なのだ。
「私は何かを思い出した気がする…」
エレは小さく呟いた。
「後悔してる?」
「いや、それも分からない。してないとは約束出来ないかな、今は」
「そう…」
「俺って、あの世界で死んだんだよな?」
「ええ」
「死んだ理由とかは分かる?」
「分からない」
「死んだって事だけは分かるのか」
「そう」
「覚えてるのは最後に橋の上から、綺麗な半月を掴もうとしてた。あの時は吸い寄せられる様に日常から逃げ出す様に…何でなんだろうか」
そして指から抜け意識が遠のくその僅かな刹那で半月は白く強く輝きを放っていた事をふと思い出した。錯覚などではない確かな光だった。
「だから貴方を選ぶ事が出来たのかも」
「月を掴もうとして死んだら選ばれるのか?もしそうだとしたら世界中の歴史の中でどれほどの人が選ばれたんだろうな」
「いえ、きっと違う。そんな単純な理由ではないはず」
エレは空を見上げた。
「きっと私達の月と、貴方達の月は同じだった筈だから…」
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