第17話 鏡が映すもの

日がやがて沈んでいく黄昏時。

幸村はまだ川沿いにいた。魔力が枯渇してしまいこのまま未知の道を行くほど蛮勇でも無ければ覚悟はなかった。


パラパラとすっかり痛んでしまった本を読み返す。

宗教や信仰といったものに無縁で興味すらなかった幸村は、改めてこの世界では信じるものや大きさに差異はあれど、この世界では誰もが何かを信じ祈っている事を理解した。


城の中でも、道中でも祈っている狂人を見た。

市民だろうが兵士だろうが関係なく。


この世界の全てこそ神により始まり、そして事実にかつては神が世界に、そして人間達の前に姿を見せ願いに応えていた。だからこそ人々は祈り続けている。


この本の一文からは俺の見解が間違いなければそう読み取れる


「神か・・」


パタリと本を閉じため息混じりに呟いた。


「どうしたの?」


隣でエレが火を灯していた。篝火の様に2人の周囲を暖かく照らしてくれる。

火の下に展開される赤い魔法陣を眺めながら、幸村は聞いてみた。


「神って、どういう存在なんだ?」


「なにを気にしてるの?」


「いや、俺らが生きていた世界の神って、宗教によってまばらで・・恩恵を与えてくれる存在というか。なんていうんだろう・・信じるも信じないもその人次第みたいな概念というか」


幸村はこれといった明確な答えが出せずにいた。

都合よくその存在を認知していた人生であり、深くまで考えたり学んだりしたことがなかったからだ。


「概念か・・そうね、原初は同じ様なものかも」


「神は4つだった・・それは太陽でもあり、大地でもあり、死でもあり、因果でもあり・・この世界における理そのものだった」


「けど貴方達の世界ともし違うとすれば、神は心を持ち形を成してしまった事かしら、私たちや貴方達のような人間の様に・・神が人間になったから、私たちは人間なのかもしれない・・」


「それが、過ちだったのかもね」


そう語るエレの瞳はどこか寂しそうであった。


「人間の様な神か・・だとすれば話しとか出来たり、願いとかも何でも実際に叶えてくれるんだろうな」


「何でもというわけでは無いけど少なくとも神は応えた」


幸村は想像した。この世界では4人の神のもと、少なくとも4つの宗教派閥が出来上がっている。

そしてかつての世界に置き換えた。世界にはたくさんの宗教があった。

信者達の祈りや願いに応える情を持った神が実際に信者達の目の前にいたら・・


世界が上手くいく想像ができない。

自分の信じる神こそが絶対だと思うだろう。


もし神が普通の人間の様に感情を持ち自分の意思で行動を起こしたり欲を覚える存在だとすれば・・


あぁ、間違いない。争いが起こるに違いない。

収拾のつかない争いは世界を自分の教えで1つになるまで・・


違いは多々あれどこの世界もそういう事なのかもしれない。


欠片を集め世界を何とかする・・そうか。つまり神々を訪ねていく巡礼の旅なのだ。


「人が決め行動し、自由に意志を持ち飛んでいく・・貴方達の世界の神は不変で・・きっと賢いのね」


——————————————————————


朝になり幸村は出発する。

エレは既に消えていた。

白い鳥は川を越え森林の先へ飛んでいく。


魔力が回復している感覚が指輪を通して感じられた。なるべくは魔法は温存しながら戦わないと、大丈夫だ"彼"を信じよう。


森林に入り、視線は忙しく動き注意深く進んでいく。無闇な戦闘は避けていく方が定石だ。


次第に木々が分かれ、幸村の目の前には廃墟となった小さな街が見えてきた。

森の中に街が?と思ったが、見渡す限り廃れて長い年月が経っているようで、自然の中に埋もれたようである。

幸村が進んだ入口すぐは恐らく商業地区だった場所だろう。そこからは館や居住地区が展開していた名残が見える。


廃屋となった建物を覗き込む。

机や椅子といった家屋のみが老朽し残っているだけだ。小規模ながらも建物は密集し、確かにそこは貴族のいない活気のあった小さな街であったことは分かる。


割れた石畳から、切れた衣服やガラス瓶を見つけた。そして汚れ内容はよく見えなかったが、何か書かれた紙を拾う。情報は武器だ、何か書かれていれば儲けもんだとその紙を袋にしまった。


目の前の廃屋から、ちらちらと何かが光るような視線を感じた。

鏡だった。酷く汚れ輝きなどとうに失っていたが、点々と僅かに残ったガラスは小さな木漏れ日に反射している。

肌質までは見えないが鏡としての役割はかろうじて残している。

幸村は兜を脱ぎ、久しぶりに自分の顔を覗き込んだ。


「これは・・俺か?」


癖っ毛が特徴的だった純粋な黒髪は、金色に輝く髪の毛が入り混じるブロンズ色へと変わっていた。光の反射や見え方などでは無い、しっかりとした金色だ。

決して健康悪によるものでない薄く青白い肌色。

ブラウンに青い絵の具を垂らした様に混ざったような瞳の色。


気のせいだろうか、今鏡に映る俺には、俺では無い誰かが”肉体”に混じっている。いや、混ざっているどころのものじゃない・・これは俺なのか?


幸村は気のせいだろうと考え兜を被る。もはや多少苦しかろうが暑かろうが脱ぐことが怖い。脱ぐ度に自分の顔を確かめなければいけなくなってしまう。


掻き立てる予感を押し殺し、幸村は思わず鏡を殴ろうとしたが留まった。


今鏡を粉々に砕いてしまえば、この嫌な予感を受け入れることになる。

まだその準備ができていない。それに大きな物音を立てては今は危ない。


深く呼吸をし、心を落ち着かせた。


暫く街を探索していると、少し外れた建物の影で何か物音が聞こえる。

気にしないようにはしたが、剣を抜き鎧音を何とか立てないようにゆっくりゆっくり物音へと近付く。


もし魔物や狂人なら気付かれないようにこの場から逃げよう。

もし会話が出来そうな人間なら声を掛けてみようが。どうやら後者だったようだ。


見覚えのある背中と背丈。大きく膨らんだ袋を側に置いた姿は間違いない。


「ルトーさん?」


幸村が声を掛けると飛び上がるように驚き、肝を潰したようなギョロリと目を剥き出しに振り向いた。


「なんでお前さんがここに??」


「なんでって、それはこっちのセリフですよ」


「俺は商人だからな、ここで何かないか仕入れてるところさ」


ルトーは見開いた目をゆっくり戻しながら口角をあげ答えた。

こんな廃墟の街で拾えるものなんてたかが知れている筈だ、そしてそれを買う人間が何処に居るのか、幸村は疑いを持つ。


「なるほど、それは悪い事をしました」


「良いんだ、気にすんな」


「そしたら折角だから何か見てみようか」


金など持っていない。この世界の通貨が何なのか何が適用するのかなど分からなかったがどうにもルトーの様子がおかしかった。


「冷やかしはごめんだぜ」


「気になるんですよ。どんな物を売っているか」


「金はあるのか?」


「持ってないが困ってない。今の世界で必要不可欠な物とも感じてないですね」


「やれやれ、本当にあんたはあのルレベルクの騎士か?貴族が多い国で有名な筈なんだがな」


「外れ者だと思ってくれれば」


ルトーは袋に手を伸ばし、開いた。

中には束のように束ねられた矢や、ナイフや剣に弓。折れた槍先や服などが詰め込まれていた。

なるほど、言葉通りの拾い物のようだ。

武具や衣服は必要最低限の物はあるようだが、見栄えや衛生面を気にしなければ着れそうだ。


「こんな世界だ、出所は聞くなよ」


ナイフや空き瓶は用途はありそうだ。

その中でも革のポーチ袋に目が移る。

手に取ると多少の痛みはあるが激しい損傷もない。


「それが欲しいのか?」


幸村は袋を取り出す。小瓶に本しかないスカスカの中身は金に変わるものは無いと思ったが、ルトーはそのボロボロの本を見るやニヤリと笑う


「ルレベルクの騎士ってのは嘘では無さそうだな…よし、その本を引き換えに好きなもんを持っていきな」


「この本にそんな価値があるんですか?」


「あんたらにとっちゃ配給されるありきたりな一冊だろうが教養のない俺みたいなやつには太陽の教えを学ぶ大事なもんだ、それに良い暇つぶしになる」


幸村は躊躇った。確かに全て読み終えており学べたことは回復の魔法の小さな物語くらいだ。

だが監獄塔で渡されたからには何か意味があるものだと思っていた。


しかし旅を続けていく為に最低限な道具は調達したい。城の部屋の多くは崩れ落ちており宝探しすら困難であった。絵画に石像に紋章旗なんて今の俺には価値を見出す事は出来ないし邪魔になるだけだから。


悩んだが幸村は本をルトーに渡した。


「へへ、あんたも上手だ。さあなんでも持っていきな。ああ、ただ全部とかは辞めてくれよ?常識の範囲内ってやつでな」


ダガーナイフ

布の服

空き瓶1本

大きめのマント

ポーチ袋


この4つを選んだ。

何か用途があるかわからない雑貨も迷ったがとりあえず困らないものを決めた。


買ったばかりのポーチ袋は、幸村の持っていた袋よりも頑丈である為、そこに小瓶や空き瓶。布の服でナイフをくるみしまった。

本来の袋にはマントをしまい、それぞれを腰に下げた。サーコートの裾に収まり見栄えが良い。


「何処にでも手に入るようなもんだぜ。この銅貨とかいらんのか?」


「消耗品はいくらあっても良いですから」


不思議そうな顔をしつつも、儲けたと言わんばかりに口元を歪ませルトーは立ち上がる。


「じゃあな、良い取引が出来た。気を付けて旅に行く事だな」


上機嫌に歩く後ろ姿を見送りながらも結局は聞きたいことは聞けずじまいだった。

そしてルトーが居た場所に目を移すと、そこには傷だらけで干からびたような姿をした人間が数人重なっていた。


「死体漁り…か??」


気味が悪いと思いながら立ち上がろうと視線を下に向けると、クシャクシャになった一輪の黄色い花が落ちていた。


それはルトーがポケットにしまい大事にしていたあの花だ。

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