第18話 確かな”つながり”
幸村はその花を拾い追いかけようとしたが既に彼の姿は見えなくなっていた。
彼はこの花を握り締め懸命に祈りを捧げていた。
その仕草一つ一つは教えられたものではなく、見様見真似の様にただただ祈るだけである。
聖書や道具のない彼にとっての触媒のような物なのだろう。きっと忘れたことに気付いて取りに戻ってくるだろうと花をその場に再び置いた。
廃墟街を後にし、幸村は剣を振るった。
襲いかかる狂人や異形の数々。彼らに対して思う事はあるが死に切れない苦しみからの解放だと割り切る事で迷いは断てる。だが返り血を浴びる度に自分が自分であることを"忘れていく"感覚にもなる。
転生された意味…なぜ自分がこんな事を…
こんな痛みを…こんな殺しを……何故、こんな…
混沌と湧き上がる疑いは次第に導かれ託された使命へと変わっていく。
臆するな 恐怖に呑まれるな
ベングナーの言葉を繰り返し心に唱えた。
俺は俺だ。葦田家の一人息子。葦田幸村だ。
そして俺はルレベルク聖騎士の1人だ。
今は感じる、まだ名も知らない騎士と俺につながりが出来ていることを。
太陽を信じるか信じないかは分からない。
つながりが偶然でも監獄塔の男の気紛れでも構いやしない。関係ない、この世界で生きてやる。
廃墟街を背中の遠くに感じ、森林を抜け丘を越えた。そしていよいよ遺跡がすぐに迫ってきた時。
辺りに剣や盾や槍や…あらゆる武具防具の残骸が転がっていた。不自然な程に地面は凹み、白骨や肌が乾き切った遺体が心半ばに無惨に転がっていることに気付く。
何かある。
その予感に答える様に、突如空間から割れる様に魔法の粒手が舞うと、重厚な剣を持ち、全身を僅か苔た色の石鎧に覆われた石の剣士が現れた。
身の丈は2mを超し、少しぎこちなく歩くと剣を構え仁王立ちする。
間違いなくゴーレムの一種だろう。
魔法により召喚された無機物の剣士。
そしてどうやらあれを倒さないと遺跡への立ち入りは禁止されてる様だ。恐らくアルバの記憶以後に何者かが番人として置いたのだろう。
石の剣士は幸村を確認しても動き出す事はない。
まだやつのテリトリー外なのだろう。
さて、どうしようか。
騎士の装甲を貫き斬ることのできるこの世界の剣であっても精々表面を剥がし削るくらいしか出来ないだろう。かといって雷が効くかどうか。
凄まじい強靭度と防御を兼ね備えているに間違いない。
この辺りに転がる多数の屍はなす術もなくあの石の剣士に返り討ちにされた残骸なのだろう。
槍は折れ、剣先は砕け、盾は大きな凹みが出来ている。そして何の成果も得られずに転がる弓矢の数々。
よく見ろ、確かに弱点はなさそうだがそれでも石で覆われた全身には確かな傷跡や戦いの跡は残っている。無敵ではない筈だ。
どうせ逃げても安全な場所なんて無い。
ボコボコに凹んだ盾を見て、盾は無意味だと感じ左手はぶらりと下げ右手に剣を構え石の剣士へ向かう。
間合が近づくと、石の剣士は戦闘体勢を作る。
一つ一つ動く度にパラパラと石砂が溢れる。
重厚なだけあり、身体の大きさは似ていてもオーガや異形の化け物らと比べ動きは見極めやすい。
だが振り回す大剣の風圧は強く、地面に打ち付ける度に大きな振動を起こす。
体勢を崩して転んでしまえば終わりだ。いや、一撃貰えば胴体は真二つに宙を舞う事になる。
上手く動きを見極めながら、だが振動で隙を作らない様に身体のバランスに気を付けなければいけない。
振り下ろされた腕に一撃を加えてみたが、石を割る様な金音が響くだけだ。まるで手応えがない。
石の剣士は振り下ろした剣を右回しに横薙ぎに振るうが、なんとかその攻撃は避ける事が出来た。
だが続け様に繰り出した左手によるパンチを避け切れず、剣を握る右手を盾にまともに喰らってしまう。
鎧の上から分かる骨の折れる音。
そのまま勢いよく吹き飛ばされる。
幸村は痛みに悶えながら回復を展開する。
魔力は以前よりも強く流れ共鳴し、痛みは完全に消えずとも感覚を戻し転がった剣を再び強く握れるぐらいには回復した。傷を負っても詠唱、回復させる速度は確実に上がっているようだ。
石の剣士は重い身体を必死に動かしながら幸村に近付いてくる。左手で展開した魔法陣は形を変え雷撃音を立てると、一直線に石の剣士へと射られる。
胸の辺りに直撃し、黄色い火花を散らすが動きを止めただけで致命傷には程遠い。
当たった箇所が黒く焦げるのみで、石の剣士は近付いてくる。
「どうすりゃいいんだ」
ポツリと呟いた幸村は続けて同じ場所に雷の矢を撃ち込むが、先ほどよりも黒く焦げパラパラと石が散るだけである。
こうなればと左手を刀身に添え、黄金の電撃を纏わせる。勇気を出して飛び込んで斬らねば何も変わらない、と。
覚悟を決めて踏み出した瞬間、石の剣士が何か衝撃を受けグラついた。
だがその正体はすぐに分かった。やつの右足から砕けた石の破片が飛び、幸村の持つ剣よりも剣身の長い大剣と、瀟洒な紋章の盾が目には入った。
「貴方は、リムヒルト・・」
「話は後だ、集中しろ」
石の剣士は大きな一撃に僅かだが動揺を見せ、後ろへと振り返る。
彼女が叩きつけた一撃で、右脚後ろが大きく砕けていた。
幸村は飛び込み、そこに雷撃の一撃を叩き込む。
石の剣士はバランスを崩し、その場に崩れる様に倒れる。
離れかけた石の剣士の脚に青い粒子が包み修復に取り掛かろうとするが、彼女は剣を振り上げ剣士の頭に近付く。
「魔法で出来た無機物は必ず核がある。そこをつかねば永遠と使命に取り憑かれた様に蘇る」
彼女の身体に赤い魔法陣が浮かぶと、両腕から剣先まで真朱色の魔法がつる状に広がると、振り下ろした一撃は石の剣士の頭を粉砕した。
「すごい・・」
「魔法が苦手な私にすればせいぜいこの一撃が精一杯だ」
電撃が収まり幸村は剣を鞘に収める。
「助かりました」
「偶然だ。貴公なら打開できただろう」
「どうだが、買い被りすぎです。私にはそんな一撃は出せない」
「傷は大丈夫そうだな」
「まあ、痛みはありますが動けるくらいには」
「知っているとは思うが全ての武具や防具には魔法の力が付与されている。鍛治職人が鉄鋼に己の魔力を使い打つからな。だが流石ルレベルク聖騎士の鎧だ。高位で貴族国家の名残があり頑丈だな」
彼女は剣を納め辺りを見渡す。
そして1人の亡骸を見つけるとそこに歩み寄りしゃがみ込む。
しばらく見つめている姿に何かを感じ、幸村はそばに歩み寄るとその理由が分かった。
「同郷ですか?」
性別すら分からない転がった目の前の亡骸の背中には、彼女の背負う盾と同じ紋章が描かれていた。
「やはりつながりなのか運命なのか、私がここに辿り着いたのは」
彼女は立ち上がると、兜を脱ぎ幸村を見る。
「貴公がここに来たということは、この遺跡に何か秘密が隠されていると知ったのだろう?」
「なぜそれを?」
「貴公は使命を帯びてルレベルクから遥々この土地に来たはずだろう。導きは決して失われていない。そうだ・・私もその1人だったんだ」
「そういえば貴方も欠片を探していると言っていましたね」
「あぁ、どうやら貴公もその様だ。そしてこの遺跡には私たちの探すべきものがあるはずなんだ」
彼女は遺跡に視線を移す。幸村はその時彼女の両耳に琥珀色のピアスが付いていることに気付き、違和感を感じる。ピアスは点々と光を放ちそして落ち着いた。
触媒か?いや、彼女はこの世界の人間のはずならばそんなもの必要ないはずだが・・魔法を帯びた特別な一品なのだろうか。
「何を見ている」
「素敵なピアスですね」
「ん、これか。故郷のシュルデンの鉱石で作られた物だ。これを付けている間私は想い偲ぶ事が出来る」
そう話す彼女は遠くを見つめ何処か寂しそうであった。
違和感は俺の勘違いなのだろう。彼は彼女の瞳に疑いを退けた。
「そんな話は良い、遺跡に行こうか」
彼女は幸村を置いていく様に歩き出す。その後ろ姿を追いながら話を続けた。
「あの石の剣士と手合わせたのは初めてではなそうですね。効率的な倒し方を知っていた」
「見た目こそ違えど魔力で動くゴーレムは何度かな。砦を覆うほど大きいものもいれば身の丈の半分もない程小さいものもいる。やつらは強く強靭だ。まともに立ち向かうよりも機動力を無くしてしまえば良い」
「数多くの仲間を失い、生死の境界を彷徨いながら辿り着いた答えだ」
2人はアーチ状の門をくぐり、石棺の前に立つ。
記憶で見たまんまだ、この辺りは不思議にも何も変わっていない。
幸村はポーチ袋から、鍵を取り出す。
「なるほど、鍵が必要なのか」
幸村はそして記憶をなぞる様に鍵を差し込む。
小さな鍵は魔法の光を帯び、鍵穴に流れ込みそして石棺を包んだ。
すると石棺の上に白く光る人影が浮き上がった。
人影は次第に1人の女性の姿へと変わっていくと、2人に向かい両手を差し出す。
2人は目の前に差し伸べられた手を掴もうとすると、共鳴した様に目の前は眩い光に包まれる。
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