第19話 私は決して見捨てない
視界がようやく戻ってきた時。幸村は通っていた高校の校門の前に立っていた。
また…夢か?
幸村は自分の格好が騎士の姿のままであることに気付く。前に見た夢の世界で見た自分の部屋では姿は当時の自分の服装そのままであった。
あの時と意識や身体の感覚は同じだ、だが今回は"そのまま"夢の世界に来た様だ。
時計は08:00を周りチャイムが鳴る。
しばらく立ち尽くしていると後ろから勢いよく肩に手を回し1人の青年に声を掛けられた。
「幸村!何してんだよ、遅刻するぞ!」
汗だくでニカっと笑った青年は幸村の格好に何も言及する事なく、彼を急かしてくる。
「俊介…?」
幸村は思い出した。高校の時に同じクラスで仲良くなったサッカー部のやんちゃ坊主だ。
卒業してから暫くはたまに遊んだりしていたが、20歳を過ぎて以降次第に会う頻度は減っていた。それでも社会人になってからも変わらず連絡をくれ、たまに飲んだり相談にも乗ってくれたかけがえのない友達だ。
幸村は俊介に連れられる様に後を追いかけ校内へと駆けていく。
教室に2人仲良くギリギリ滑り込む。
思わず周りを見渡し固まってしまう。
クラスメイトの顔…教室の雰囲気、匂い。
全てが懐かしい。
「なにボーとしてんだよ」
隣の席の俊介はブレザーを脱ぎながら幸村に声を掛ける。
「なあ、今日の俺おかしな格好してないか??」
恐る恐る確かめる様に聞いた。高校のクラスの中に突如西洋風の甲冑騎士が現れたのだから当然だろう。だが俊介は眉をしかめ笑う。
「別に?あ!寝癖が立ってんぞ。だせえな」
彼はケタケタ笑いながら幸村の頭に触れ、ほらと言った様な顔になる。
幸村は自身で頭を触るが、鉄兜の硬い感触しか感じない。
兜を脱ぎ、自身の顔を見せるが彼は何も気付くことはない。
前後の席、窓越しで固まっているクラスメート達もただただありふれた朝の日常を送っている。
(なんだ、皆んなには”今”の俺は見えていないのか?)
そして教室のドアが開き、担任が入ってくる。
号令と共に朝の挨拶を終えると先生はプリントを配り出す。
「来月の文化祭のお知らせな。準備で張り切るのも良いが受験も控えてるから勉強もしとけよ」
前の席から渡されたプリントを眺める。10月25日文化祭のお知らせ・・
幸村は3年次の文化祭を思い出そうとする・・しかし何があったのか光景を思い出す度に段々と色を失い灰色の霧に覆われ消えていく様なもどかしさを知る。
「なんでだ?確か・・確か」
間違いなく楽しかった思い出だ。修学旅行に文化祭に体育祭。
行事は楽しんだ3年間だった・・はずだが。
幸村は頭を抱えた。そして和気藹々あふれる教室内を見渡す。
一人一人名前を頭の中で唱えていく。
だが単純に「忘れた」なんて程度ではない、その存在すらも無かったかの様に名前が分からなくなっていく。
「眠そうな顔してんな」
隣で俊介が小声で話しかけてきた。
ケタケタ笑う俊介の顔に感じた懐かしい安心感は違和感へと変わっていく。
(あれ・・?)
俊介と初めて出会った日や、休み時間・・帰り道。
1つ1つの思い出が色を失い始めていく。
「さぁ、選択の時だ」
胸に響く様な重い声が教壇から聞こえた。
視線を移すと、先ほどまでいた担任の姿はなくそこには魔法を帯びたブラックホールが浮かび上がっていた。
教室の時は止まり、灰色の景色が広がっている。
「なぁ・・幸村」
俊介の呼びかける声に違和感を感じ咄嗟に横を向くと、面影を残しながら姿を狂人に変貌し襲いかかってきた。
咄嗟に避けると、掴み損ねた俊介は幸村の机の上に激しく飛び乗る。
「何してんだよ、どうしたんだよ・・・」
名前を呼びかけようとしたが言葉が詰まった。とうとう・・親友だった人間の名前すら言葉にできずにいた。
歯を剥き出しに肌色は薄暗く変色し瞳孔は赤く染まり幸村を見る、何度も見てきた狂人だ、それもかなり果てた状態だ。
「俺さ、決めてたんだ」
俊介は変わらず話しかけながら間合いを取った幸村にゆらゆらと近付いてく。
クラスメイトに触れそうになるが干渉する事はない。景色と化した教室は今幸村と俊介と暗黒のみだ。
「ほら、たまに話してたじゃんか。有紗の事」
勢いよく飛び込むが、またも躱され強く床に打ち付けられる。
鼻は折れ黒い血を流しながら首を捻り幸村を逸らさない。
「文化祭の最終日にさ、俺。告白しようと思うんだ」
俊介は勢いよく腕を振り回す。
その腕は一番後ろの席に座り、教壇を見つめる可憐な女子生徒に当たった。
女子生徒は腕が当たると弾け霧の様に消えていく。
「もし上手くいったらさ、お祝いしてくれよ」
俊介はその言葉の後に、唸り声を上げ鋭く伸びた爪を光らせまたもや飛び込んできた。
幸村は鞘から抜き、飛び込んでくる俊介の胸を貫いた。幸村の身体に前のめりに倒れ込んだ俊介に俊介の温もりを一瞬だが思い出した。
「俺たち友達だからな」
俊介の身体は塵となり消えていく。その一言の後、幸村の中で大きく何かが弾け割れたような音が響く。大切な記憶が、暖かな想い出が一つ消えた瞬間だ。
幸村は叫んだ。理由は分からなかった。
悲しいのか悔しいのか怒りなのか分からないが叫ばずにいれないほど苦しいのだ。
暗黒の中から一つの瞳が浮き上がる。
その瞳から聞こえる声は、深く響きまた艶やかなで優しく混声している。
「乗り越えし者よ。資格を得た」
幸村は黒い血が滴る剣を振り翳し、その瞳を斬ってやろうと駆け出す。
「世界の狭間で・・・お前を待っている」
振り下ろした剣は届く事なく、暗黒は消え去る。
ペンダントが強く光り、そして教室は強烈な光に包まれた。
真っ白な空間の中、目の前にエレが姿を見せた。
幸村は膝から崩れ落ちた。
「今まで・・今までも同じ様に記憶が消えて・・頭の中で割れる様な感覚があって・・でも今回は違う。俺が・・俺自身が、俺の意識で自分の思い出を、記憶を斬ってしまった」
「誰だったかも思い出せない・・分からない。けど彼は友達だって言っていた。俺は友達の記憶すら無くなったんだ」
「これが・・貴方を、いや。貴方達の世界から転生する理由」
エレは幸村に歩み寄り、しゃがみこむと優しい声で話を続けた。
「貴方達は差異はあれど想い出を糧に今日を歩いていく。振り返れば確かに歩んだ暖かく冷たい軌跡。最後に必ず思い出し縋る掛け替えのない寄辺」
「それは私たちの世界が失ったもの。遠い昔に忘れてしまったもの。それこそが世界の崩壊を防ぐ鍵の一つ」
自らの想い出を1つ失うことで、この世界での想い出を1つ思い出す。
幸村の記憶を1つ失うことで、聖騎士の記憶を1つ思い出す。
そして繰り返すことでやがて幸村は自らに宿る”聖騎士”の使命に動いていく。
言い方を変えればそれはある種の”入れ替わり、乗っ取られる”表現に近いものだ。
当の幸村はそんな予感はしていた。自分が自分で無くなっていく事。
蘆田幸村はあの夜に既に確かに死んだという事を。
だがエレは信じ確信している。決してそんな冷たく残酷ではないはずだと。
そしてもどかしくもある。彼を導く存在ならば窮地など起こしてはならいはず。
だがその力すら今はない。傷を治すことも大いなる敵を討ち倒すことも・・
きっと彼もその不安や疑問を感じているはずだ。口先だけではないかと・・
もしかして”今までも”そうだったのかもしれない
「ごめんなさい。私には貴方に謝ることしかできない。恨んでくれても構わない。けど・・」
「私は貴方を、決して見捨てはしない」
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