第20話 交差する巡礼の目的
エレの最後の言葉は幸村に届かなかった。
いや、あえて届けなかった。
薄れゆく景色の中で、黄金の魔法にまた1つ祝福が宿った。
聖女の儚い祈りの言葉だ。しかしエレの祈りとは違う力だ。
彼女の姿は既に無かった。
”決してうわさに耳を貸さず、ただ真実を知ろうとする。儚く強い固い誓いは太陽の祝福を力にする。決して迷うな。ルレベルクの騎士は高位であれ”
(ベンクナー殿、私は真実を探します・・)
消えていく意識の中で、幸村に宿る記憶は何か思い出した。
気が付いた時には幸村は石棺の前で項垂れていた。
冷たい鉄の鎧を越えて、まだこの身体に懐かしい友情の温もりが残っていた。
「大丈夫か?」
リムヒルトが手を伸ばした。
幸村は力無く右手を揺らすままであるが、彼女が強く握ると草木を引っこ抜く様に無理矢理起き上がらせる。
まだ朦朧としている幸村の兜を外すと、彼女は自分のポーチ袋から瓶を取り、幸村の顔に水をかける。
「しっかりしろ」
ようやく思考を取り戻し、幸村は顔を拭った。
「すみません」
「無理もない、貴公も絶望を見たのだろう」
「辛い夢でした、名前も何も覚えてないのに大事な想い出を失った様です」
「・・私もだ」
幸村はそこで初めて彼女の様子がおかしいことに気付いた。
力強くその場で立っている反面、兜を脱ぎ捨てた様で凛とし力強い表情は冷や汗で濡れ息を整えるのに必死であった。
「リムヒルトさん・・」
「何を見たかは聞かないし言うつもりもない・・ただあの景色は私なのか?私が・・失ってしまったものだったのか・・?」
小さく呼吸をすると、意を決して彼女は剣を抜き傷だらけの剣身を見つめる。
「その答えを見つけにいく、共に行かせてくれないか?」
その姿に幸村は心を打たれた。歳もそう変わらなそうな女性だが強い目をしている。絶望や恐怖を払い打ち勝とうとする戦士の横顔だ。
「行きましょう・・俺だってこのままじゃ気持ちが悪い」
幸村は両手で強く頬を叩き、兜を拾い被り直す。
覚悟しよう。どうせこの先も絶望が心に優しく寄り添ってくる。
だがそうだ・・俺は、幸村は死んだんだ。
想い出の世界で死んだんだ。
死して”すがる”なんて、まるで”狂人”と変わらないじゃないか・・
だが幸村は覚悟の裏腹に危惧し恐怖する。
いつか本当に大切な記憶が無くなる時を。
今はまだ鮮明に居るかけがえの無い人達の顔を。
自分自身の名前も。
だが今はやめておこう、きっと終わりのない深淵に呑まれて消えてしまうだけだから。
石棺から揺れ動いていた人影が消え、魔法の光が消えると四方に展開する紋章の床石が輝き大きな音を立てて棺が後ろへと動き出す。
動いた石棺の下には階段が隠されていた。
底は見えず遥か長く暗闇へとそれは続いている。
鍵は魔法の光と共に霧となり消えていった。所有者の記憶と意志だけを継ぐそれは共鳴し資格を要した時、他の誰かが使用するのを許さないからだ。
「入口か・・・こんな仕掛けがあったとは」
誰も辿り着けなかったのか?いや、きっと違う。
石の剣士を越え、資格を得てこの中に進んだ人間は過去にも居たに違いない。
なぜなら階段下からは心をざわつかすような”無念の影”を感じる。
吸い込まれては戻ってこない”ミステリースポット”のように。だがそこが楽園なのか地獄なのか、その真意と勘をこれから確かめに行かねばならない。間違いなく何かがいる、何かがある。
「行くぞ」
彼女も何かを感じたのだろう。だが、堂々とした歩みで先陣を切って階段を下っていく。幸村はその後を追って歩いていく。
階段は長かった。点々と小さく魔法で照らされる松明が両壁に並び足元は確保できるのみ。
静寂は2人の揺れる鎧の音を響かせる。
地上の明かりが届かなくなり10分が過ぎた頃だろうか、先の見えない暗闇に不安を感じながらもようやく終わりが訪れた。
その時、先頭を歩いていたリムヒルトが徐ろに後ろを振り返る。
「どうかしましたか?」
「いや、誰か我々の他に来てる様な気がしたんだが…」
「棺は自分達の通行のみを許したのでは?それに誰かが来ている気配は感じないのですが…」
幸村も振り向き確認するが既に深くまで来ており、そしてこの空間は灯りが乏しい。
「閉まる音は聞こえなかった、それに途中までは陽の光も僅かだが届いていた」
彼女は暫く後方を見つめるが再び前を向く。
「いや、やめておこう。気のせいかもしれない」
ようやく地面を踏む感覚を取り戻した時。
光はより規則的に壁に羅列され、先の方までよく見える様になる。
そこは穴蔵の様な隠し部屋とは異なり、かつて小さいながらも文明や文化があったであろう遺跡が広がっていた。
だが天災や何かの影響で地下に埋もれてしまった地下遺跡とは異なり、ここは最終から地下に作られた物のようだ。恐らく太陽の神を崇める為に石壁に刻まれたであろう壁画が彫られている。
規模は把握出来ないが、太陽の信仰者がまるで何かを秘匿するように地下にこの遺跡を作ったのであろう。微弱ながら結界や魔法の力を感じる。
「警戒は怠るな」
彼女は剣と盾を抜く。
とても外から魔物や成れ果てのような連中が侵入し住処に出来るはずもないだろうし、資格を得て立ち入りを許可されたとしても一筋縄では行かない予感はした。
2人は少し入り組んだ「ダンジョン」のような遺跡を進んでいく。
そしてその予感は2人の前に試練として立ち塞がる。壁に掛けられた石像の剣士達が動き出したり、魔法で仕掛けられた弓矢の罠が2人を襲う。
石像の剣士達は地上で戦ってものと比べ個体は人間と同じ身長である為、難なく突破することは出来る。だが通路の至る所に吊るされた石像に注意を払わねばならず、どれが動き出すのか常に警戒して進まねばならなくなった。
弓矢のトラップでは、幸村が脚を射抜かれ回復する時間を要してしまう。無駄に魔力を使用しないように注意しないといけない、と天井や壁に足らず足元にまで注意を払わねばならない。
道中2つの死体を見つけた。
2つとも人間であり、1つは既に骨となり1つは性別が分からない程枯れこけていた。
それぞれがレザー式の革鎧に厚手の赤いロープを身に付けており、恐らく鍵を見つけ資格を得たが試練を越えられず死んだか、心折れ力尽きてしまったのか。
もしくは何らかの形でこの地下遺跡に到達したが予期せぬ仕掛けにやられてしまったか。
リムヒルトはせめてもと、通路に転がる赤いローブの亡骸を魔法の松明が灯る壁下に移動しようとソッと抱き抱えた。
だが抱えたその時彼女はその場で暫く止まる。
「どうかしましたか?」
幸村の声に答えず暫く立ち尽くしていると、ようやく動き出しその亡骸を横にさせる。
「一瞬この人間、いや彼女の記憶を見た…」
この亡骸は女性であり、そしてまだ成人に満たない青年だったようだ。
神が去り世界の理が失ってまだ数年の頃。
それは今よりもずっとずっと昔だ。
世界の辺境で異端や狂いが確認される様になり、しかしイムブルクを初めとした他の大陸や大都市ではまだ情報は入ってこなかった。
かつてイムブルクの南西辺りにあった聖堂街の出身であり、彼女の家系は火を信仰していた。しかし街の中では火の信仰者は異端扱い・変わり者のようで、冷たい視線と態度が彼女の家族を苦しめた。そしてやがて両親は病に倒れた。
彼女は同志を求めて行く宛も無く旅をした。
父からは神はかつて平等にあり信仰は自由と教えを受けていた。
それでも病を治す為には火の神の祝福を受ける事が良いと。
だが火の信仰は失わず、次第にこの世界がどうあるのかを学ぶ旅へと変わる。
魔術を得意とした彼女の旅は仲間を作らず孤独であった。だが決して辛いとは思わなかった。
公益の盛んな港町で、魔術の国で作られた小さな鍵を手に入れた。曰くかなりの希少品であったが、その町で唯一火の神を信仰すると語る老いた人間と出会い譲り受けたものだ。彼は魔術の国で探究を重ねた学者であると語っていた。
”神が残した力に触れ、世界の真実を知る事ができると”
”しかし昔とは違い、果てなき試練を乗り越えて尚強き者に応えてくれる”
誰も信じてはくれなかった。辛い試練や痛みは必要ない。
それならば軍人達が起こす絶えなき戦争で充分だ。
神は我々の様に武器を捨て生きる弱きものに、祈り続ければ笑ってくれると。
だが彼女はその言葉に希望を見た。疑うよりも動きそして真実を見ようと決めた。そして彼女はイムブルク南端の地下遺跡に辿り着いた。
遺跡外郭は今と違いはなくとも、周囲の地形や環境はまるで違う。
絶望と恐怖に打ち勝ち資格を得て拝謁の時を急いだ・・・
そこでリムヒルトは強制的に気を取り戻したそうだ。
「我々よりも遥か前にここに来たのだな、世界がまだ、街がまだ活気があった…人間が狂ってなかった」
「そして神に至るには知識と勇気…それがあれば充分であったほどに神々は時代と共に人間に馴染み答えてきた…だがそれがいつしからか枷だった。既に存在が消え目の前から居なくなってもなお・・」
時代や思惑は違えど、それぞれが"今生きている世界の真実と答え"を探し冒険する巡礼者が沢山いた事。赤いローブの女性の記憶から大雑把だが理解することが出来た。
「さて、先を行こうか」
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