第14話 放浪騎士の記憶
幸村はなかなかオーガの隙を伺えずにいた。
振り回す両腕は鋭い鍵爪が幸村の盾に鈍い音を鳴らせ、間違いなく胴体に喰らえば終わりだという緊張感が全身を走る。
そして成れ果てた化け物とは違い、乱暴で力任せながらもきちんと幸村を視野にとらえ、的確に攻撃を仕掛けてくる。
一撃一撃に繊細さは無く、上手く飛びながら躱わす冷静さはまだ失っていない。
オーガは思い切り右足を踏み込みながら握り拳を作り振り下ろしてきた。
防ぎ用の無い一撃に、足元に飛び込むと凄まじい衝撃が背後から聞こえた。
そして背後を取った幸村はオーガの左足に精一杯の一太刀を横振りで喰らわせる。確かに見た目は重厚で肉厚であるが、乾き皮は爛れている。
おかげで左足首からは黒く濁った鮮血が飛び、確実にダメージを与えている手応えは掴んだ。
しかしオーガはその一撃に決して動じる事はなく、攻撃を受けた左足を軸に振り返ると、その勢いを利用し大きく右腕を横薙ぎに振り回し、幸村の盾を吹き飛ばした。
左腕がもげるような痛みを覚えながらも、続け様に繰り出した左手の鉤爪の突きはかろうじて避けることができた。
ゆらゆらと視線の上に揺れる小さな火球が今は頼りだ。
やつにとっては狙い所が明確だろうが、こちらからすれば視界の奪われた空間でこの巨体と相対するほど無謀な事は出来ない。
幸村は呼吸を整え気持ちを落ち着かせる。
オーガもどの様に攻撃してやろうかと次の一手を考えているんだろう。
お互いに僅かな間ができた。
だがそれは短くも集中力を上げるには充分であった。
左手指が輝き、力の入らなかった左腕に感触が蘇ってくる。
その様子を見たオーガは細々と痛ぶる様な攻撃よりも一撃必殺が有効であろうと思ったのだろう。
低く唸りをあげ巨体は前傾姿勢となり、両手の鉤爪は薄く赤く変色していく。
圧倒的な力強さに速度が加われば確実に仕留められることが出来ると踏んだ。
盾は無惨にも壁の方に打ち付けられ転がっている。取りに行く事は出来ない。
そうなれば大きな隙とチャンスを与え、3度目の死を迎える未来が想像つく。
ジリジリと膠着した状態を断ち切ったのはオーガである。
我慢比べに敗北し、傷を受け血を流す左足すら構う事なく、両足で思い切り蹴り上げ幸村めがけて飛び込んでくる。
その速度は早かった。オーガからすれば確実に仕留めた筈だと感じたろう。
しかし思い切りよく突き出した鉤爪に貫いた感触はなく、着地に失敗し勢いよく巨体は地面に打ち付けられた。
しかし頑丈なオーガは怯む事なく上体を返し、もう一度仕掛けるべく幸村の姿を確認しようとしたが見失った。小さな火球はいつの間にか消え、視界は完全に真っ暗な状態になっていた。身体に押し潰されたのか?いや、その感覚は全く感じない。
途端自分の左足付近に小さな琥珀色の灯りが灯ると、閃光の様な光と、電撃音。そして焼ける様な痛みと感触が走った。
幸村の左手に展開された魔法陣から雷の矢が走り、傷を受けた左足首に密着した状態から放たれた光撃は、やつの左脚と身体を無惨にも切り離すことに成功した。
大きな呻き声をあげ、思わず前のめりに倒れ込んだオーガは、剣を振り上げ、剣身に黄金の電撃を走らせた騎士の姿が目の前に立っていた姿が最期の光景だった。
頭部を斬り、黒く焼け焦げ動かなくなったオーガを見届けると、幸村は剣を納め勝利を確信した。
「ありがとう、助かった」
幸村はエレに対し礼を言った。
あの瞬間、飛び込んできたオーガの速度は想像以上に早く一か八か飛び込み躱わすことに成功した。
クルリと振り向き体勢を戻した幸村は、やつの動きを完全に封じないと、機動力さえ無くせば勝てると踏んだ。
そして衝撃音共に倒れたオーガの左足に近付き、やつが上体を起こし捻り返す前に火球は消えたのだ。幸村の意識でも意思でも無かった。
おかげでオーガは視界を失い、上体を返したまま僅かであるが動きが止まってくれた。
無意識だが雷の力を使うことができた。
間違いなく魔法の一つであり、この騎士が宿した力は回復と同じ類なのだろう。
しかし物語も何も知らずして使うことが出来た。あの時だってそうだ。
もしかしたら今までの夢の中にその物語の一端があったのだろうか。
俺に宿り共鳴した騎士の思い出と記憶の中に・・・
幸村はオーガの奥に横たわる遺体のそばに行く。
展開されている魔法陣は一体何を意味するのか分からない。
騎士の遺体は既に事切れて相当な時間が経っていたのだろう、鎧兜の隙間から見える顔や体は既に腐敗し骨のみとなっていた。
魔法陣の中に足を踏み入れた途端、魔法陣は一層光を帯び始め、騎士の遺体は光出す。
なんだろう、幸村は吸い込まれる様に遺体に手を伸ばし、身体に触れたとたん目の前が強烈に真っ白に光りだした。
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「アルバ将軍何処におられますか!!」
下級兵士の1人が戦火に包まれる城内を駆け回っている。
兵士たちは既に多くが死に、城内の市民や商人達は互いに身体をぶつけ合いながら四方八方に悲鳴をあげ逃げ回っている。
青い魔法の砲団が城の上空を飛び、城壁にぶつかると青い光が炸裂しつる状に広がると壁を壊し火を起こした。
人混みを精一杯に掻き分け探し回る兵士は、城内の一番奥にある将軍部屋のドアを開ける。
書斎机が丁寧にどかされ、深紅の絨毯が巻かれ隠し部屋への階段が顕になっていた。
兵士は勢いよく階段を駆け下り、時折転びそうになりながらも急いだ。
遠くでは爆発音や悲鳴が聞こえる。急がねば。
逃げ穴へと繋がるハシゴを見た時、兵士は不安に駆られた。
もしや既に1人で逃げたのか?だがそんな不安こそ無意味だと直ぐに切り替えた。アルバ将軍はそんなお方ではない。その想いは確かだった。
燭台に火が灯され、固く閉じられた扉の前で兵士は叫んだ。
「アルバ将軍ここですか!?」
「分かっている。既に敵はすぐそばなのだろう」
兵士の叫びにアルバは直ぐに答えた。
良かった、逃げても死んでもなかったようだ。
「このままでは間もなく陥落しましょう。せめて将軍だけは市民達と共にお逃げください。この城は海に近い、他国へどうか・・」
「それは出来ない。誇りや責任以上に私には使命があるのだ」
兵士は扉を開けようとするも、その手は弾かれ触れることすら許されなかった。
「私は守り紡いでいかねばならない」
玉座の間には逃げ遅れた市民達が集まっていた。
外は既に多くの軍勢やゴーレムらが取り囲み、逃げ場などない。
「あぁ、あぁ、リオネア様・・どうか我らをお救いください」
聖職者の男性が聖書を手に取り祈りを捧げていた。
すると近くにいた老婆がその聖書を取り上げると、ケタケタと笑う。
「今更何を願うのさ、神などもういないよ、この世界がそれを示しているじゃあないか」
「貴様!!」
聖職者の男性が老婆を殴り倒すし、聖書を取り返す。
勢いよく倒れた老婆はだが笑いをやめない。
「最後にすがるのが届かぬ神への信仰かい。だが死して救いはあるかもね」
「貴様・・この状況が分かっているのか?死ぬのだぞ、我々はこのままでは」
男のその言葉に、近くにいた女性や子供達の泣き声や悲鳴はより増していく。
玉座の間の壁は爆発音と共に崩れる時を待っている。
「私には既に光など見えぬな、ならば直ぐ地近くに見える暗闇に身を委ねるよ。今も昔も何も見えぬ闇はやっぱり甘い」
崩れた城壁から見える曇天空を遮る様に、ゴーレムが玉座の間を覗き込んだ。
「お主だけでも逃げよ」
「!!そんな事できませぬ」
兵士はアルバ将軍の言葉に憤慨する。
「生き残り我々の生き様を、この城の物語を紡ぐのだ。せめてたった1人でも生き残れば我々の敗北はない」
「・・ですが・・」
「そこの逃げ穴から逃げろ。もう言わぬ、これは命令だ」
アルバの言葉に兵士は何も答えることが出来ず、だが扉の前から離れた。
オーランド城は遥か昔に王を失った孤城だった。
しかし王国の城と比べて造りはどこか雑で、円卓もなければ教会もなく故に賊が集い拠点とし、近くの村や街を襲っていた。
アルバは放浪騎士だった。彼は仕えた国を一つ失った。小さな小さな国だった。
そして1人の放浪騎士は海を渡り、イムブルクに流れ着いた。
オーランド城はイムブルクでも海に近く最南端にある城だった。
失うものすら無いたった1人の放浪騎士は賊を討ち、村を救い街を救い人々を救った。やがて彼を慕い城には多くの人間が集まった。まるで小さな街の様であった。王なき城は勇敢な戦士1人の元強固な繋がりを作った。
アルバはそこで様々な事を学んだ。世界はどうなるのか、神とは何か・・。
遠い小さな国では学べなかった数々の歴史。そして彼は1つの真実を知った。
王城に残っていた古い伝承。誰かが書き記した物語を。そこには”神が残した欠片は北にある遺跡の深くに眠っている”と。
一体いつ誰が何故そこに封印したのか理由は分からなかった。故に遺跡は不思議な魔力を帯び、何者の侵入さえも許さないと。
アルバはその遺跡へ向かった。3日は掛かったろう。遺跡は決して大きなものではなかった。正三角型の遺跡はアルバも放浪の際に何度か目にしたことはあったが、ここはそうではない。
アーチ状の門をくぐると、一つの石棺が置かれているだけだった。
石棺を中心に広がる紋章型の床石を眺めながら、この下にあるのではないかと予想した。
もしかすれば私には可能性があるかもしれぬ。世界を正し救う英雄の・・
そう考えたのには1つ理由があった。放浪の際に手にした魔法の力に帯びたとされる鍵。古き廃聖堂に眠っていた物だった。
そして目の前にある石棺には鍵穴があり、抵抗もなく小さな魔法の鍵が入ったのだから。だがそれは叶うことはなかった。
石棺に触れた時、頭の中に一つの意志が脳に伝わる。
『資格はない』と、冷たい一言だ。彼は遺跡に拒まれたのだ。
この鍵は決して間違えではない。指した際に石棺は僅かに輝いた。
だがどうやら使い手に問題があるのだろう。
冷たい宣告は彼にある一つの意志を宿した。
「いつか誰かが、資格を得たものが現れるかもしれない」
アルバは自らの部屋の下に隠し穴を作った。
作業中に思惑を知ることのない兵士たちには念の為逃げ穴だと話した。
しかし真意は違った。
魔術師や学者を集め、結界を作るよう命じた。
(今この城に、遺跡の真実を知るものは私しかいないだろう。だとすれば奪われてはならぬ。忘れてはならぬ。失ってはならぬ。例えそれが意味を為すことのない事だとしても、必ず火は灯る)
「その時が来たか」
背後から破壊音が響いた。アルバが振り向くと、結界を張っていた扉は壊れ、オーガが顔を覗かせていた。
「逃げ道は確かにもう無い様だな」
アルバは自らの下に魔法陣を展開すると、懐から1本の青い魔法の力を帯びた杭を取り出す。
とある日に城に居座ったはぐれ魔術師から渡された代物だ。
対象者の脳に直接打ち付け、命が尽きるまでの永遠の指令を与える代物だと。
禁忌とされた物だったが魔術師は、魔法とは終わりなき探究心を掻き立てるのですと笑っていた。
アルバはオーガに相対すると剣を抜きニヤリと笑う。
「お前には私の記憶の番人になってもらおうか」
オーガの身体はまだ成熟し切ってはおらず、比較すれば小さい方だ。
それでも人間からすれば脅威であり、簡単に捻る強さを持っていることに変わり無い。
展開された魔法陣は強く光り出した。
「国を失い只の放浪の身であったが、ようやく役目を見つけた様だ。たった1人の騎士の淡い希望だが・・」
そして再びニヤリと笑い、そして何かを決した様に剣を掲げる。
「お前が死んだその時は、ようやく現れたということになるだろう」
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