第13話 将軍の隠し部屋
幸村は夜更け前に目が覚めた。今までのように夢から無理やり起こされたわけではない。カーシーはまだ深く眠っている。都合が良い。
部屋の外に出ると夜明け前の暁色の空が見える。白い鳥は未だ目立つ。
心はまだ夢の整理がつかなかった。
確かに自分の部屋だった。大学を出て社会人になって初めての1Kアパートの角部屋だ。
布団の感触、部屋の匂い。全てがしっかりと覚えていた。
しかしあの優しい女性の名前が思い出せずにいた。間違いなく何時かの彼女だろうに。何処で知り合い付き合ったのか、何処に出かけ想い出を重ねたのか。
何も、何も思い出せなかった。まるで最初から存在すら無かったような。
だが対して明確になっていく騎士の記憶。
彼はこの地を目指し、そして使命を果たせずに命尽きたのだろう。
聖騎士団の名も無い騎士の1人として。
夢を見る度に彼の想い出に触れ、記憶を取り戻し。
自分が死ぬ度に思い出が消えていく。
そして代償に彼の力が目覚めていく。
自分は世界を救う選ばれた1人だと思っていた。
しかし彼に宿った記憶はとても”英雄”とは呼べない騎士の1人。
釣り糸に掛かった魚のように、自分はそうやって選ばれただけの1人なのだろうか。
いっその事死にきってしまえば悩みは消えるだろう。
しかしその希望は自分を本当に失い、この世界の迎える最悪の結末と何ら変わらない。
無だ。色のない永遠に広がる刻の止まった世界。
そこには何のために生まれ何のためにこの世界に転生し、何のために戦うのか。
理由など意味を持たない果てなき虚無。それだけはごめんだ。
真実を見てみたい、今の幸村を動かす原動力はそれだけで充分だった。
エレは俺の心情を読めるのだろうか。
もしそうだとすれば彼女はどう思うだろう。
昨日の化け物の亡骸は消え掛かっていた。
異形と化した成れ果ての結末は、この世界から消えていなくなっていくのか。
彫像に睨まれながら幸村は進んだ。
壊れ崩れた城壁や天井は幸村の行く道を明確に教えてくれる。
この瓦礫の向こうの部屋に、誰かいるのだろうか。
先程にみた階段を上がれば安全な部屋があるのだろうか。
だが迷わない、導かれるように幸村は光の届かぬ深くへ進んでいく。
彼の進む背中には、狂人と化しそして斬られた騎士や聖職者、市民の屍が転がる。
彼の振るう剣にはもう迷いは無かった。
きっと斬らねば彼らは永遠に迷い彷徨うだけだ。
運命だろうが偶然だろうがもう構うまい。
自分と共鳴し、まるで”託された”名も無い騎士の思いを背負うのだ。
扉が壊れた部屋の中へ入る。少し細長く広い部屋は廃れているとはいえ、オーランド城でも権威のある者の使用していたであろう部屋であることは分かった。
部屋の奥の壁には軍旗が賭けられ、飾り台には何も置かれていなかった。
広い部屋に入りそこに視線がいくのは偶然ではない、軍旗の下、書斎机だったであろう木屑の下に、隠し階段があり小さな点のような光が目印のように置かれていたからだ。
恐らくあのうさんくさい巡礼者が言っていた遺跡を解く鍵があるのだろう。
人工的に無理やり掘られたような穴に取ってつけたような階段が連なり、滑り落ちないように降りていくにはかなりの神経を使う。
手すりがわりに右手を添えようにも、パラパラと砂が落ち緊張感は途絶えない。
雑に作られた様子からこの部屋を使用していた人間か、もしくはその身近な者しか知らないような場所なのだろう。
時折、踏み板が折れているのに気付かずに、転びそうにもなった。
「エレ。聞こえるか?」
幸村はペンダントのある首元に向けて声をかけるが返事がなかった。
「灯りが欲しい、火を頼みたい」
届かぬだろうとダメ元で願いを言った。
すると、幸村の額前あたりに琥珀色の小さな火灯りが灯った。
熱のないランタンのような小さな火球は、狭く低い階段穴を照らすのに充分な明るさだった。
「ありがとう」
答えるはずもないが幸村は例を言うと、しっかり足元を確認しながらも僅かに速度を上げ下っていく。
ようやく土床に辿り着いた先に、こちらも取って置かれたような扉が役目を果たす事もなく壊れ、不愉快な足元を演出させる。
かがみながら瓦礫を越えると、またしばらく細長い通路が続いている。
自然な造形物ではない洞窟は丁寧に時間をかけ作られた物とは程遠い。
「一体どこまで続いているんだ」
少し苛立ちを覚えるが、歩みを進めていくうちにその理由は明らかになった。
「逃げ道だったのか」
途中で半壊し、無惨な姿をしたハシゴが通路の途中で見かけた。
上を見上げるが地上まで続いている気配すら感じない。きっと穴は塞がれたのだろう。
道はそのハシゴのあった場所を境目に、空間は乱暴に掘られたように広くなっており続いていた。低く人間の声とは思えない呻き声が奥より聞こえてくる。
幸村の身体には緊張が走り、左手に盾を持ち臨戦体制を整え進んでいく。
行き止まりは今までの通路と違い、幅も高さもある空間が広がり、誰かが居た痕跡を思わせる。
空間の入り口の両脇には燭台があり、火を灯し魔術をかけ入り口を封印していたようだ。だが燭台には何の力も感じられずに、やはりその封印は解かれているようだ。
入り口を過ぎると、小さな火玉が呻き声の正体を僅かに照らした。
火球は口の裂け剥き出しとなった鋭い歯と、幸村の出会った化け物とは比べ物にならない肉厚と毛で覆われた巨体の身体を照らし出した。
刺し傷や切り傷が深く目立ち、その巨体は苦しむように呻き声をあげている。
この化け物は「オーガ」と呼ばれる生物だ。
人間や動物が異形と成れ果てた産物ではない。
神々が争いを起こした際に産み落とされた見境の無い化け物であり、いわば兵器の一つ。
じわりじわりとオーガに近付くと、やつの背後には騎士であろう1人の男の亡骸が横たわっていた。
鎧は胸の辺りで大きく裂かれ、手足頭は身体から離れる事はなかった。
心臓のみを喰らうオーガの特性だ。その時に幸村はふと思い出した。
オーランド城へと向かう最中、怨霊の闇に包まれたあの墓地の景色のことを。
墓は大きく掘り起こされ、重なった遺体は胸を大きく開けていたことを。
かつては無機物のゴーレムらと並び数多くのオーガがイムブルクには居たが、次第に数は減っていった。しかし生き残ったやつらは多くの遺体から心臓を喰らい僅かな知恵と力を得ていた。
騎士は何かに寄りかかるように横たわっており、そこには淡く光る魔法陣が展開しており、その上には何かが置かれていたがそこまでは確かめようがなかった。
オーガは幸村を見つけると、鋭い鉤爪をピクピクと動かし、鋭い眼光で睨みつける。やつの頭には青く輝いた小さな杭が根元まで深く刺されている。
低く唸るような咆哮を合図に、オーガは幸村めがけて飛び込んできた。
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