第40話 感謝する

幸村は本館の廊下から外を見る。少し外れた向こうに聳え立つ場所こそ上流魔術師の拠点となる上層だろう。ここから見える限りでもまるで小さな街が建物の中にあるかのように立派に大きい。


(恐らく最下層もやつらの息がかかっている場所だろうな)


あの場所で情報が必ずあるはずだ。ここの学院内では助けは期待出来ない。

しかしいつもと違いペンダントは暖かい。それだけでも充分だ。


「よし...」


意を決して幸村は上層へ向かう覚悟を決める。

一度離れの塔へ戻ると、ライブニッツの部屋のドアを叩く。


「入って良いぞ」


扉を開けると、彼はまたどこかへ旅立つ準備を整えながら何かを書いている様子だった。


「もうどこかへ行くんですか?」


「あぁ、おつかいは終わったからね。今はその報告書と、自分に対してのメモを残しているところさ。またあの沼地に行くのさ」


「凄い気力だ...例の水を?」


「その通り。この目でしっかり見ないとね。好奇が抑えきれないんだ。で、なんの様だ?」


「上層への行き方を教えて欲しいのです」


その一言に彼の表情は固まり、動作も止まる。


「一体何が目的なのか... この短時間で君は何を知ったのか分からんが難しい話だ」


「なぜ?」


ライブニッツは呆れた様に小さくふぅとため息を吐く。


「彼らがそれを求めねばならない。入り口は封印されているんだ」


「どうすれば彼らは答えてくれますか?」


「さぁな。実際に行ってみれば良いさ。場所は本館を抜けた先の重厚な塔が入り口だ」


ライブニッツは途端まるで見捨てるかのように言い放つ。その行動こそが愚かな好奇なのだろう、彼らには考えられないことの一つだ。


「分かりました。どうか貴方もお気をつけて」


幸村は部屋を出ようと振り返る。恐らく今度こそ会うことはないかもしれない。しかし心残りも寂しさも感じられない。


「君もな、幸村」


「....初めて名前を呼んでくれましたね」


「そうだったかな?」


部屋を出た幸村は剣鞘に手をかける。


(覚悟を決めたのね?)


「そうでもしないと...手に入らないだろうから」


(貴方には申し訳ないことばかりね)


「何故謝る?これは俺が決めたことだ。エレが気に留めることないさ)


本館を歩く姿に魔術師達はどこか違和感を覚えたのだろう。その顔つきはまるで戦場に向かう戦士の様に鋭く揺らぎのない目をしていた。だが誰もが振り返りながらも決して声をかけることも気に留めようともしなかった。


本館を抜け外に出る。離れの塔とはまた異なった風が吹いた。

伸び切った草木も崩れた石畳も捨てられた紙屑一つのない綺麗に整備された道だ。不気味なほどに静かで神秘的な灯りに囲まれながら次第に上層へと続く塔へと近付いていく。


「見張りも何もいないのか?」


装飾され丁寧に彫られた扉の前に立つとその理由が分かった。

手を伸ばすと青い火種が舞い指先を刺激した。

ゆっくりと浮かび上がった魔法陣の紋章は複雑に入り乱れ扉一杯に展開し敷き詰められた。


触れよう者なら指が吹き飛び焼き尽くされるだろう。

幸いにも幸村は運命のおかげかそのカラクリに気付く事が出来たが、何も知らぬものや資格を持たねば一瞬として霧散し無かったことにされる。


「さて、どうしようか」


数式の様に描かれた魔法陣を眺め、辺りを見渡す。

なにか仕掛けがあるようにも到底思えない。

勇みよくここまで来たは良いが果たしてどうすべきか、悩んでいたところ。それに応える様にペンダントが光る。


言葉はなくとも感じる事が出来た。幸村は手に取ると、琥珀色に光るペンダントの光は煙の様にゆらりゆらりと揺れ魔法陣に溶け込んでいく。


突如、幸村の頭の中にひとつの景色が見えた。

深淵の様に暗い闇の中、1人の人間とその目の前に魔物ならざる巨大な生物の頭部がうっすら見えた。


「大いなる物よ、私は間違っていたのか。この世界の姿は果たして正しかったのか」


「無垢なる学びが信仰へと移り狂信へと為す。なんと愚かで悲しきことか。人間は自らを正す悪が欲しいのか、他の神は何故それに頷いてしまったのか」


声は若い男性の声であった。しかしその声は威厳に溢れ身体の芯に響き渡る様な深みを持っていた。


「だが....しかしそれで良いのだろう。風の吹かぬ大地は命を宿さない。いずれ刻が来るだろう。それは我らの様な大いなる力ではない...名もなき小さな英雄だ」


「あぁ、それで良い。それで良い。この世界の人間には持たぬ尊く根深い思い出」


男は続けた後、上を見上げそして振り返った。

しかし顔を見る事が出来ない。黒い瘴気の様な霧が隠す様に覆い姿を決していく。だが一瞬に見えた瞳は青く輝いていた。


「行方に在るはこの世界の人間なんかじゃない。”お主も”その1人なのだ」


その言葉を終えた後、幸村の目の前には小さな光が4つ浮き上がる。

聞こえてきた声は誰のものでもない。まるで目の前に言葉が浮かび上がる様に彼の頭の中に響いてくる。


この世界の人間はとうの昔に記憶をなくした。

視ようとも何も視えることはない。

異世界に生まれた罪なき人間よ。だからお前達の心が欲しいのだ。

捧げるのだ。お前達の戻らぬ追憶を。

そして手にするのだ。この世界を知らす記憶の欠片を。

感謝する。感謝する。


光が消え景色が晴れてゆく。

一才の瞬きさえ出来なかった僅かな時間は終えると、幸村の身体は思い出した様に一瞬瞼を閉じて開いた。


すると目の前の景色は元に戻り、展開された魔法陣は琥珀色と混じり難解な数式は解かれてゆく。そして最後の解読を終えると魔法陣は消え去り、大きな扉は音を立てることもなくゆっくりと開いた。

幸村は導かれる様に扉の中へと入っていく。

その様子をただ1人の上流魔術師が、塔の上から眺めていたことには気付く由もなく。




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メモリー・ストーン 〜記憶を辿る、巡礼の旅〜 Nameless A @Nameleess01

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