第37話 エルンスト魔術学院

ライブニッツに言われるがまま浮かび上がった魔法陣に触れると、2人の周りに青い光が包み込む。見える世界が全て鮮やかに染まるとやがて晴れていき、目の前には薄暗い空の下、まるで城の様に不気味にだが優雅に聳え立つ建物が目に入った。大きさの異なる三角塔らが繋がり、中央には大きな時計が音を立てず時を刻む。まるで外観は一つの城の様だ。


「これが...」


「そうだ、これがエルンスト魔術学院さ」


生活の営みが感じられないほどに秘匿された魔術学院は静かだ。


「さぁ、行こうか。ただ一つ注意点だ。あまりキョロキョロと辺りを見渡したりしない様にな。嘲笑されるか他所者にはなかなかに厳しいものなのだよ」


綺麗に敷き詰められた煉瓦調の通路を進み、開かれている城門の正面から2人は入っていく。城門の両翼には武器を構えた石像が並んでおり、有事の際にこれらが動き出す仕組みなのだろう。


城内は多くの魔術師の姿が見えた。皆が同じ様にローブを羽織り、歩いているものも座っているものも皆が何か考えているのか何処か遠いどこかを見つめている。


目立った物といえば大きなステンドガラスにシャンデリア。

恐らく歴史上偉大な成果や論文を残したであろう世界各国の学者達の肖像画。

そして内壁は柱や扉の部分を除きその多くが下から上まで書棚になっていた。


「まるで場違いだな...同じ様な見た目の人間がいない」


鎧の音が目立つほどに静まり返り、まだ時折聞こえてくる雑音といえば何か書いている音か本を閉じる音くらいだろうか。


「まずは私の私室に来ると良い」


ライブニッツに案内されるがまま、中央の建物より外の通路を進み少し離れた塔の中へと入っていく。

比べてしまえば決して綺麗とはいえず掃除が行き届いていないだろうがきっと学院の人間達は気にしない。

螺旋階段を下りますます薄暗くなった空間に降りると、四方に扉が並んでいた。


「あれが私の部屋だ」


トーンを落としたライブニッツが一番奥の扉を指さす。

扉を開けると中は8畳ほどの広さの部屋が1つ。机と寝台。他は様々な本や書き物が積み重なっている。


「まさに学者って感じだ...」


幸村はどこか大学時代に一度だけ入ったことのある教授の研究部屋を思い出した。


「本来は客室は別にあるが...あまり長居できる所じゃない。せいぜい行商人か国の使いか、ってくらいしか使わぬからな」


「お気になさらず。ありがとうございます」


しかし金属鎧の姿で学院内を歩くのはいささか間違いなのかもしれない。

ましてや白い鳥、そしてエレが言う様にこの魔術学院には欠片がある可能性が高いのだ。だとすれば情報を仕入れるためにも歩き回らねばならないだろう。


ライブニッツ曰く決して深入りはしてこないだろうが警戒は必須であり探究の邪魔になろう物なら徹底的に許さない。


「着替えるべきでしょうか...」


「そうだなぁ、例えば同じローブを着るのは良いかもしれぬがそれは魔術学院への入学の証だ。君は正体不明の霊薬を飲み、全ての信仰を捨て太陽を見放し本に取り憑かれる道を歩むことになる。それでも良いならば話は出来ようが君の目的は違うんだろう?」


「はい、あるとすれば....短刀に巻いているボロ切れの衣類くらいしか」


幸村は袋から短刀を取り出し、布を剥がすと広げた。改めて見れば流石にこれを纏って歩こう物なら浮浪者が紛れ込んだと騒ぎが起きるに違いない。

仮に哀れに思い手助けをしてくれる様な雰囲気を信じられるなら話は別だがそんな考えがここでは思いつくはずもない。


「そうだな...期待はしないでほしいがここで待っていなさい。何か用意ができるかもしれん」


ライブニッツは立ち上がると、積み重なった本や服の山に手を突っ込むと何かを探す様に漁り出す。


「何か着れるものが?」


「ここは毎日の様に行商人が来るんだ。まぁ通行を許された者だけだが...秘密は要らぬが行動も立ち入る場所も言動も極限に制限されてな。1冊の本も自ら商売の声掛けも禁止だ。そこで何かないか見つけてこよう」


「何故そこまで?」


「何度か命を救ってもらったしな。それに君とはこの学院を最後に会うことは無いだろう。異国の異教徒の騎士を助けた。なんて面白い話になるじゃあないか?」


ライブニッツはまた下品に笑いながら、何かを掴み取り山の中から引き抜いた。

埃を被った汚れた巾着袋を取り出した。しかしやはり凝った装飾がされており華美には興味のない学者であろうと最低限の様式美は意識しているのだろう。


「金は...あるな。まぁ使う用事なんてない。あぁ、だがひとつ対価を求めようか」


「その方が気は楽ですね」


「さすがは高位な騎士だ。物は要らん、何か私の研究心をくすぐるような情報は何か無いかね?」


かなり難しい要求だ。親切心とは裏腹にやはり彼は良くも悪くも貪欲で仕方ない。


「情報か....」


悩みながら何気なく触れたポーチ袋の小瓶の膨らみにあることを思い出した。


「そういえば...初めて出会ったあの沼地で霊薬の材料となる草を探していた」


「あぁ、そうだったな。後で届ねばな」


「そこで私も不思議なものを見ました。純粋な魔力のみで出来た水...といいますか。雨上がりの小さな水溜りのようなものしか見ていませんでしたが」


「魔力のみの水?」


「何にも混ざり切っていない魔力です。それこそ純な魔法といいますか」


「本で読んだことがあるな...遥か昔はそういった物に様々な”何か”を溶かし活かしていたとか。だが荒廃した世界で、ましてやこの土地に残っているのか?いや、イムブルクだからこそ残っているのか...なるほど」


月日が経っても綺麗に均一された髭をさすりながら彼は遠くを見つめ出す。

確かに俺もそうだが出会ったしばらくの時間を過ごしたが、彼も髭も髪も伸びていない。魔術学院の門を開いた際に飲んだという霊薬はまさに成長を止める秘薬の様なものなのだろうか。


「ひょっとすれば学院のどこかの派閥が持っているかもしれんな。それこそやつらのような上流魔術師とか...しかし私自身の手で見つければそれは私自身の材料になる....なるほど確かに良い情報だ。それは確かなのだろうな?」


「黄金の聖騎士は真実しか語りません」


「ハハハ!なるほどなるほど....冗談は上手いと言いたいが信用してみよう。良いだろうその情報を買った。代わりになんとしても何か良いものを手に入れてきてみせようじゃないか」







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