第36話 ネクタイピン
「貴様たち何をしている?」
声をかけられ振り向くと、そこには3人程の学者が立っていた。
学者は皆、瞳孔部分をくり抜いた仮面をつけており、ライブニッツと同じ紋章と色をしたローブを纏っている。果たして男性なのか若者なのか見分けがつかない。そして3人の学者の後ろには馬によく似た魔物が荷車を引いていた。
「1人は聖騎士。そしてもう1人は同じ学院の者だな?」
「いかにも」
ライブニッツは笑い答えた。1人は男性で彼と同年齢くらいであることは間違いない筈だ。そして最も荷車の様子から彼らが村へ行き実験を行っている張本人だろう。幸村は思わず真意を確かめる言葉が喉まで出るが、ギリギリのところで踏みとどまった。
「この様子からするに貴様たちアティオグを殺したな?」
「すみません。襲われたものですから」
「愚かな。貴様も学院の人間ならあれが希少であることは分かっているはずだ。やつは腐肉を食う。貴様がその代わりを担い峡谷や辺りの腐食を取っ払うのか?」
「腹にいれることは出来ませんが浄化できる魔法でも研究し発表しようかと考えております」
ライブニッツがそう答えると、仮面の学者は笑った。
「それまでに貴様が我を失わずにいれば良いがな。だが覚えておくと良い。我らと貴様は学びが違う。その手にするものも目的も違う。ここらのアティオグは学院の材料だが...我らには興味が湧かぬ。故に仲間ではない、邪魔は許さんぞ」
「ええ、心得ています」
ライブニッツが頭を下げると、先頭の仮面の男が合図をし歩き出した。
すれ違いざま、頭を上げたライブニッツが再度口をひらく。
「ひとつお聞きしますが貴方方はその荷物を持ってどちらに?」
「知る由もないな。」
「そうですか。それでは論文を楽しみに待っているとしましょう」
しばらく幸村は彼らの後ろ姿を睨んだ後、振り返ることもせず歩き出したライブニッツの横に並んだ。
「やつらでしょうか?」
「間違いないな。しかしやっかいだな」
「何がでしょうか?」
「彼らは上流だ。学院の中でも優秀な成績を収める派閥の人間だ...祖国にも数名だが居た存在だ。学院に戻ったら詮索してみようと思ったがこれは無理だな」
「何故無理だと?」
「学院全体が先も言った通り秘匿の上に成り立つ。その中でも歴史上、上流学者は貴族や王族でさえ踏み入ることを阻まれるほどに堅守だ。目に見えぬ細工を施し外部のやつらには決して見せ知らしめることはない」
「あの村での実験はやつらが動くほどに何か強大な秘密が?」
「なのだろうか...想像以上にエルンスト魔術学院はきな臭い。故郷や他の国の魔術学院よりもなにか気味が悪いとは思っていたが...」
やがて目の前にエルンスト魔術学院が迫っていた。
近づくにつれ身の毛をよ立つような寒気を感じる。外観の廃城に限らずそれを取り巻く空気や環境にすら幻を見せるのだろう。
空を飛ぶ白い鳥は廃墟の目の前で右往左往している。導きでさえ行く宛を見失い近付けずにいる。恐らく1人であればその現象に気付くこともこの廃墟の正体にすら辿り着けずにいるだろう。
「さて、これを」
ライブニッツは首元に手を伸ばすと、1つのペンダントを取り出す。
丸い青水晶の石が特徴的なそれは学院の鍵となる様であった。
「さて君にはどうやって...」
幸村もペンダントを取り出す。琥珀色のペンダントはしかし何も反応しない。
「君も持っているのか、騎士の嗜みかな?」
「その石に魔法の力が?」
「あぁ、そうだ。だが形など何でも良い。このペンダントだって安物だ。だがただの魔法の力じゃあない。秘密の共有だよ」
「秘密の共有??」
「うむ。学院は秘匿されつまりそこに立ち入るには”秘密を提供する”事が条件なんだ」
かつてまだ神々が生きていた頃、学院の誕生時期は門戸を広く構えていた。
学びは自由であり、また平等であると。腕の力に自信がなくとも貢献する術を身につける事が出来たのだ。
しかし戦乱が進み神が死んでいく時代の流れとともに世界中の学院は閉鎖的となっていく。それは豊かな文明の発展から戦争の道具へと...
誰が始めた制度かははっきりと分かってはいない。
しかしその発端こそこの始まりの土地の”エルンスト魔術学院”だとされている。
学院は深淵への入り口である。
対価は大いな秘密を1つ。
ささいな秘密など求めない。
互いに分かち合い浸っていこうではないか。
「しかし学院に提供された秘密は学院の人間は知ることはないのだ」
「学院長...のような存在が知るとか?」
「いや、仮に居たとしても彼らも知らぬのだよ。学院は魔術の宝庫だ...例えば魔力の神との秘め事なのではないかとも言われている」
「魔力の神?」
「生憎だがそれ以上は知らん。君には言い辛いが学者は一般的な宗教には興味を示さないのだよ。だから彼らはそこを追求しない。下らぬ祈りは妨げになると...すまんな。聖騎士の思想とはまるで相容れない」
「大丈夫ですよ。人間には十人十色の考え方がある」
「そうか。よしならば何か君の”大きな秘密”を宿す何か物はあるかい?」
「物ですか?」
「そうだ。それが鍵の代わりとなる。かつて自らの記憶を預け、自らの中に鍵を作った人間がとある悪事を働き学院を滅ぼした経緯を持つ。それ以降世界の学院は鍵を必要としたのだ。不思議な話だがまるで世界中の学院の秘匿は統一されているみたいにな。そうだ、もう一つあってだな...」
「もう一つ?」
「君はすでに太陽の神の加護を受けている。信仰者が学院に入るにはそれ相当の秘密が必要だということだ...」
「何故どれもこれも先に言わないのですか...」
「言う機会を逃した。それに....いや、なんでもない。申し訳ないな」
ライブニッツはもし彼が出会った当初に知っていたら行動を共にする可能性は低かった。そうなると自身の安全は確保されず調達した材料全ても知識も捨てることになる。利害が一致した。と言えば良いのだろうがライブニッツは言葉にすることは無かった。
幸村は悩んだ。ペンダントか、指輪か、小瓶か、短刀は...ないな。
だがどれもこの世界に来てから手にした物。仮に魔力の神が居るならば彼が許す様な秘密とは一体何なのだろうか...
その時にふと思い出した。しかし一か八かだ。
「これはどうでしょう?」
「ん?なんだねそれは」
「単の小物ですよ」
幸村が差し出した物はすっかり汚れた”ネクタイピン”であった。
「こんな小さいものに...か?」
幸村は自信が異世界から来た人間であること。
そして元の世界で過ごした”覚えている”記憶と、この世界に転生した理由を秘密の代償にすることを選んだ。
「よし...内容は当然聞かぬがついてこい」
ライブニッツの後を追い、廃墟の目の前にたどり着く。
何か壁や結界が張っている様にも見えず、まさに姿形を生み出す幻術の類だろうか。
ライブニッツが廃墟の城門の前にしゃがむと、草をかき分ける。
「これだ」
かき分けた草の中から、小さな石碑が顔をのぞかせる。
石碑の中央は半円の紋章が刻まれていた。まるでリオネアの所にあったものと似ている。
まさか、とは思いながらも幸村はネクタイピンを紋章の上に置いた。
すると石碑は青く輝きだし、石碑を中心に魔法陣が広がるとネクタイピンは鮮やかな青い光に包まれ光の粒子となり消えていく。
/////////////////
幸村。20歳の誕生日おめでとう。
もう20年も経つのにあなたが生まれた日のことは今でも鮮明に覚えています。
私たちのもとに生まれてきてくれてありがとう。母より
「僕ね、将来は宇宙飛行士になってみたい...」
泣いたり笑ったりいろいろあったけど、今ではすべてが良い思い出ですね。あなたの人生にたくさん幸せな出会いがあるよう祈っています。父より
幸村へ。毎日お疲れ様です。
お仕事は慣れましたか?たまには顔を見せてください。
辛いことや何か大変な事があったら電話をちょうだい。
私たちはいつでもあなたの味方だからね。
/////////////////
突如幸村の記憶の中を荒波の様に勢いよく思い出が駆け巡っていく。
1つ1つ確かに思い出し懐かしむ時間もなくそれら全ては光と消え、情景が変わる。
暗い湿り切ったどこかの部屋の中。
ぽつりぽつりと水滴が滴る音だけが聞こえる中、男の声がか細く聞こえた。
/////////////////
「「今宵。再び器がこの世界に導かれる。」」
「「何人目になるのだろうか...?」」
「「だがやることは変わらぬ。準備をしよう」」
「「....すまんな....また....苦労をかける...」」
視線の先には恐らく男の手で作られたであろう小さな粗雑な墓石と、その前に黒色の鎧と兜。剣が立て掛けられていた。
(あれは...?)
/////////////////
そこで幸村は気が付いた。
確かに聞こえた両親の声、小さな頃の思い出。何気ない日々が一瞬の間に流れ消えていった。
状況を整理し理解するほどの時間も無く、まるで夢だったかの様に色が無くなっていった。
「消えた...?何故だ」
ライブニッツは驚いていた。やはりどうやら彼には見えていなかった様だ。
光の粒子は幸村のペンダントに吸い込まれる様に消えていくと、琥珀色のペンダントは一瞬の青い光を放ち元に戻った。
地に展開された魔法陣は収縮されていき、城門の前に小さく浮かび上がる。
「これは??」
「果て。初めて見た光景でよく分からぬが...これは学院への入り口だ」
「ということは?」
「おめでとう。君も許された様だ。互いに秘密を抱える同士としてな」
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