第38話 愚かな好奇心
1人になった部屋の中、改めて見ると凄い数の書籍が散らばっている。
試しに足元にあった適当な1冊を手に取る。
どうせ分からないだろうなと思いながらも開くと、不思議と文字が読める。
最初に監獄塔で貰った教本はろくに読めず、エレに助けを求めていたが、やはり月日が経つと次第にこの世界に自身が溶けていくことを実感する。
しかし世界が違えど文字は違えどさっぱり分からないものは分からない。
複雑な数字の羅列やそれを結びつける論文。そして要所に書かれているであろう魔法陣でさえ目で追うだけで頭が痛くなる。
静かに本を閉じ置くと、部屋の外が物音でやけに騒がしくなってきた。
耳を傾けると何やら他の部屋の学者が誰かと揉めている様な様子だった。
「見てません...私は...私は何も」
決して大声は出さずとも精一杯に抵抗している様子は声色からして分かった。
「君は不運だ。偶然というものはしかし起きるもの。残念だよ」
「いやです。私は...私はまだやることがあるんだ」
「いいかい。何事も順番というものがある。君には権利がない。雲を掴むほどに遥か遠くて君には可能性は見出せない。助けようがないのさ」
「あんな...あんな物が存在するなんて..」
その言葉を遮る様に、説得にあたっていた男は力づくに口を塞いだ様だ。
必死にもがく荒い息遣いは長く続かず、パタリと声は止んだ。
一体全体何が起きたのか幸村は想像する他無かった。
だがきっと1人の学者が何か見てはいけないものを見てしまったが故に口封じで始末か何かに来たのだろう。
そこで男があまりにも抵抗し静かにならないものだから....
「おや。これは失礼しました」
幸村はその声に様々な思考を止めた。ライブニッツの声が聞こえたからだ。
(大丈夫なのか彼は...?まずいんじゃないか今は)
螺旋階段を下りながら下でなにか起きていることは容易に気付いていたはずだ。
「君はついこないだここに入った者だったかな」
「えぇ、とはいっても半月は経ちましょうか?」
「そうか。ならこの男がこんな姿になってしまったことの理由は気付けるかい?」
「そうですね。上流魔術師の方がわざわざ離れの塔まで出向いたということは恐らく愚かな好奇心に魅入ったのでしょうか」
「覚えておくと良い。君の故郷の学院がどうであったかは知らぬがエルンスト魔術学院は世界の中心に座す唯一の学院だ。熱意ある探究と好奇を履き違えないことだ」
「分かりました。私にはそんな余裕も興味もありませんのでご安心を」
「よし。そしたらそこをどくと良い。この男も全ても燃やさねばなるまいからな」
決して冗談ではないであろう男の発言にライブニッツは愛想笑いで答えた。彼にもこんな心のない笑いが出来たんだと感じる。
階段を上がる男にライブニッツが呼びかけた。
「彼の使っていた部屋はどうしますか?」
「知らぬ。勝手にすれば良い。だが中の荷物は全部廃棄場所に捨てておけ」
「分かりました。では私が暫く使いましょう」
男は階段を上がっていき暫くしてのち扉が開いた。
「待たせたね。これしかなかったが良いかな?」
ライブニッツが手にしていたのは少し大きめの外套であった。
色のくすんだ薄い黒色の外套はきっとかつての所有者が着潰したであろう年季が入っていた。
試しに羽織ってみれば金属鎧の上からでも十分に身体を包み込み、厚みのなくしたそれは下着の上から着るには薄すすぎるが鎧の上からではちょうどよかった。
「十分です...ありがとうございます」
「あとは兜は脱いだ方が良いな。盾と剣は上手く隠せそうだ。それなら音も多少は抑えられまぁ無いよりは十分にましだろう」
「そうだ、ライブニッツさん。さっきのは」
「まぁ聞こえていたか。私が学院に来てから知ってる限りは2人目の粛清だ」
「珍しい話では無いんですね」
「学者...魔術師というのは普通の人間よりは異端でね。興味が湧いたらこの目で見て知るまで追いたくなるものだ」
「これも学院の秘密主義ってやつですね」
「そうだな。魔力は生命の源の1つだ。それを生み出した存在と追求する者たち。当然秘密がないわけないからな」
「ライブニッツさんは興味がないのですか?」
「私はいささかそういった甘い秘密には釣られないのさ。ひとつ助言をするとすればこの学院内に居る間は正義心は忘れることだ。ただただ君の目指すものに向けて歩いていくだけで良い」
「分かりました。とっととやることをやります」
「うむ。それが良い。それと空いた部屋は君が使いなさい。さっき私が使用する事を告げておいたからな」
「....ちなみにその部屋の中の物は...?」
「廃棄場なら塔を上がってすぐ近くにある」
彼は表情を変えずに上を指差した。
幸村は少しでも期待した事を後悔しながら予想していた答えに思わずニヤリと笑いながら立ち上がる。
「だと思いましたよ。とっととやることを....やりますか」
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