第29話 狂獣

2人は村長の期待を受け、村を出る。

まだ陽は高いがそこまでえ時間は食えない。


「どこか目星はあるのですか?」


「そんなものはないさ」


そう笑うライブニッツに苛立ちさえ覚えてしまう、別に人助けが嫌なわけでもなんでもないが何故こうも堂々と先陣を切って歩くのか。

敵が来れば剣を抜き彼の前に立ち戦うのは俺だというのに。


「君はどう思う?」


「なにがですか?」


「食料や資源も魔術学院頼み。あんな辺鄙で閉鎖的な村人がそう遠くまで出かける用事なんてないように思えないか?」


「冒険してみたくなったとか?」


「外の世界を知り触れさえすればそういう感情も湧いてこようがそれはないだろうな」


ライブニッツは生い茂る草木を眺めながらつぶやいた。


「1つは人攫い。1つはまた別の理由で帰れなくなった。単純明快だ、そのどちらかだろう」


「自らではないと??」


「なぁ、”君は私を信じてくれるかい”??」


彼の声色が変わり言葉は幸村を試す様に心を揺さぶった。

怪しいが信頼できない程の人間性は感じられない。まだよく掴みどころが分からない。


「まぁ良い、犯人探しは私が言い出した事だ。私が責任を持つ。それで良いだろう?」


コロっと表情は変わり再び彼は下品に笑い出す。


「とりあえずは確かめてみたい」


方角は峡谷の方を目指しながら時折ライブニッツは足元を確認しながら進む場所を決めていた。街道から外れると道は険しくなっていく。

どんよりとした森林の中に崩壊した砦の残骸を越えていくと、ライブニッツは足を止めた。


「面倒だな...」


彼の視線の先には、ボロ小屋を拠点とした異形の成れ果てが小さな魔物を従える様に徘徊している。


「見つからない様に行けば?」


「いいや、どうだか。見ろあの魔物を、あれは言わば犬の類だ。魔物とはいえ鼻が効く」


「そしたら自分が行きましょう」


幸村は剣を抜き、鎧音をなるべく立てない様にライブニッツの横を抜けようとすると、彼がそれを止めた。


「待て、見つかっていないなら私が先手をうつ。だがあの成れ果ては任せたい」


そう言うと彼は目を閉じ、両手を顔の前に翳すと魔法陣が展開され、青い魔法のつぶてが魔物めがけて飛んでいく。

1匹の犬の魔物がそれに気付いたが、吠えることも間に合わず頭部に命中し、ツル状に青い光が展開すると黒く焼けこげその場で倒れた。


「よし」


続け様に第二射を放つが、相方が焼かれたことに気付いた犬の魔物がこちらに気付き咄嗟に飛んだせいで、つぶては胴体をかすめただけで散ってしまう。

犬の魔物はその場でもがき苦しむだけだが命までは届かなかった様だ。


成れ果ては呻き声を上げると恐らく近くの木から折り手にしたであろう棍棒の様な木の枝を振り回し2人へ向かい駆けてくる。


「ひっ!」


情けない声を上げるライブニッツをよそに、幸村は躍り出ると盾を構え成れ果ての一撃を受け切る。しかし瓦礫に木の幹、足元の悪さに集中力がそがれてしまう。

成れ果ては棍棒を持つ反対の手で、瓦礫を掴むと幸村に向かって投げつける。

それをかわすが、一瞬目を外した隙に懐へ飛び込まれる。


「理性をなくしたからこそ本能が強まるというのか...」


ギリギリのところで追撃を交わした幸村は、後方の安全な場所に避難したライブニッツを横目で見る。彼は戦いを動物の生態系を調べるかの様にただ観察していた。


(あの男...)


幸村は久しぶりに湧き出る怒りを押し殺しながら、成れ果てに向き合う。

やつはオーランド城で出会った”兵士”の成れ果てとはまた違い、恐らくだが市民が狂人となり、動物や魔物を喰らい続け、姿形を変えていいたのだろう。


「なるほど、人の姿を無くし獣に化した成れ果て..確か総括して”狂獣”《きょうじゅう》と呼ぶものだったな」


防戦一方のまま、犬の魔物が気を取りもつと、大きく吠え唸りながら幸村の方へ駆けてきた。


「まずい」


どうすべきか一瞬の判断が迫る幸村の真横を青いつぶてが走り、犬の魔物に直撃すると同じ様に黒く焼けこげ今度こそ絶命した。


「よし当たったな...さて、これで成れ果て...いや、狂獣は任せたよ」


ライブニッツは得意げにニヤリと笑う。

幸村は狂獣が青いつぶてが繰り出された方へ視線を向け、唸りだす隙に心を落ち着かせると剣に雷撃を纏わせる。


そして高位なる聖騎士は、勇みよく目の前に飛び込むと黄金の刃は狂獣の鼠蹊部を突き刺す。

そして引き抜くと、下腹部から胸の辺りまで勢いよく剣を振り上げ斬り込んだ。

赤黒い血は獣のように傷跡を触れる太く鈍い指の間から流れ出す。

やつの鼓動とともに吹き出る血はやがて勢いを弱め、振り上げていた棍棒が幸村の目の前に落ちると、そのまま痙攣し仰向けに倒れ込んで動かなくなった。


「お見事!!」


完全に動かなくなったことを確認した後、ライブニッツが手を叩きながら瓦礫を飛び越え幸村の横に歩み寄る。


「いえ、こちらこそ助かりました」


剣から黒い血を振り払うと、電流の収まった剣を鞘に収める。


「流石はルレベルクの聖騎士殿。これほどの相手などわけないな」


「嫌味に聞こえますね」


「そんなつもりはないが...さて」


ライブニッツは動かなくなった狂獣の前に出ると、しゃがみこみ奴の身体を隅々まで眺めながら触れていく。


「太腿は人間...腕は獣、しかし上半身にはまだ人間の頃の名残があるな...成長しない肉体に異なる魔力を取り込んだものだから、身体が成長に追いつかず肉体を裂いている...顔はほぼ獣だな」


しばらくぶつぶつと呟きながら何か考え耽っていると、ようやく何かまとまったように立ち上がる。


「普通は既に面影を大きく失い異形化するか、どこか体の一部を人間の頃のままを残し肥大化か合成する成れ果てとなるか、だがこいつはあまりにも中途半端だな。取り込んだであろう魔力と成長にまるで見合っていない...」


「何か分かったのですが?」


ライブニッツはボロ小屋の向こうに視線を移す。木々が倒れる様に追い重なる向こうからは何か正体不明のよからぬ雰囲気を感じる。


「こやつは人為的にこうなった。誰かの手による仕業だ」


「仕業...?」


「あぁ、だが次第に確信づいてきた。やれやれ、嫌な予想だったが妙に得て納得というべきか」

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