第30話 実験村

ボロ小屋を過ぎれば、どんよりした空気が立ち込み霧がかかっていく。


(あの頃と同じだ...)


草木は緑色を失い、まるで毒に侵された様に嫌な香りが立ち込める。

そしてその正体は進むにつれ分かった。

荒れ果てた台地の中に、無数の木小屋の瓦礫が散らばっている。

かつてここにも同じ様に小さな村か集落があったのであろう。


ライブニッツは村の中に立ち入ると、辺りを見渡しながら適当に村の周りに生えた雑草を掴むと、鼻にこすりつける。


「匂うなあ...」


何本か抜き袋の中に詰め込むと、唯一村の片隅に形を残した小屋へと向かう。

壊れた扉を力づくで動かしながら、中を覗き込む。


小屋の中には何かに怯え蹲る様に小さな遺体が無惨な姿で転がっていた。


「これは?」


幸村がライブニッツに尋ねる。


「さぁ、只の村人かどうか、しかし怯えた表情のまま上半身を裂かれて死んでいる」


再び村の中を歩き回る。焦げた匂い、黒く変色した木々。切り捨てられた布の服。その中でもライブニッツは崩れた小屋の中から何かを取り出し眺める。


「狂獣の毛...もしくは魔物の毛...動物のものではない魔力の残滓があるな。色も有る...やはりそういうことか」


ライブニッツは幸村の方へ向き直す。


「これは実験だ」


「実験?」


「そうだ、ただの成れ果てじゃあない。一体何の目的で何を採取するためなのかは私にはまだ分からないが間違いない」


「なぜそうだと分かったのですか?」


「只の成れ果てや、魔物の類ではない。体内から変化を起こし暴発的に変異し人のみを喰らう。性質は全く同じだが過程が限りなく人工的に近い」


「...ということはこれは魔術学院の学者のせい..?」


「その可能性が限りなく高いな。だが妙だな、彼らは外部の人間にまで利用して欲を満たすことを教えられない。何か内部組織が居るのかどうか。うぅむ。イムブルクの学者たちは果たして思考からして私たちとは次元が異なるのか?しかし一体どんな素材を...」


途端に何か音を立て変わった様にぶつぶつと幸村を顧みずに考えにふけこみ始めた。幸村が声を掛けても彼は自分の世界思考に入ってしまった為、ただ立って待っているのも無駄だと感じ村の中を散策する。


戦火に巻き込まれた様な痕跡が周りからも見えない辺りこの小さな村の中で突如村人が変異して暴れ回り...そして処理されたのだろうか?

所々に飛び散った血はまだ赤みを帯びている。


この世界は収縮し崩れていっている。そう思えば非道な実験が行われていたとはいえそれが単に後世の為の産物とは到底思えない。学びに飢えた学者どもがこの世界の現状を理解していないわけないのだから。


「ここにいたか」


耽っていたライブニッツが幸村に声をかける。どうやら彼なりの解釈は終えた様に納得いく顔つきに変わっていた。


「しかしまぁ、見くびられたものだ。こうも近くにヒントを置いていくなど」


「やはり学院の仕業だったのでしょうか?」


「だろうな。それも内の何らかの組織だろう。流石に何か明確なメリットが感じられない実験に上部全てが賛同するとは考えにくい」


「そうか、貴方はまだエルンスト魔術学院に入ったばかりでしたね」


「あぁ。しかし高位なる聖騎士様の前で言うのは気が引けるのだが私は今高鳴っている。非道だが限りなく深淵に近い探究...それは正義とまさに表裏一体。ある種これはこの世界の理に近付き何か解決策が見出せるのではないかとね...」


「彼らの行動にも一理があると?」


「化学とは失敗と正義化された非道の上に成り立つものだ。性というべきか、気を悪くしないでくれたまえよ」


やはり彼は探究者だ。感情の前に好奇心が勝る。どんな小さなことからも穴を掘り続け何か成果が出るまでは振り返らない。この世界における学者そのものだ。


「さて、もうすぐ陽が落ちる。村に帰るとしようか」


「ですが行方不明の村民は見つかっていない」


「いや、既に見つけた。というよりは私たちが既に殺したのだがな」


「!まさか?」


「あぁ、あの狂獣のことだ」


「しかし...」


「歩きながら説明しよう。最も私1人で見出した答えだ。信じるか信じないかはお任せしよう。君の信じる太陽に誓ってくれてよい」


さて、道中でライブニッツは説明してくれた。

彼の憶測通りならば村民の男性は何かしらの形で村を離れた。

それは攫われたのか、それとも自らの異変に気付き自己的に離れたのか。


そして彼はこの村の近くで異変を起こし、襲った。

採取した体毛はあの狂獣のものと同じだという。


「しかしたとえば、村同士は決して遠くはない。きっと互いに認識していたはずです。応援や助けを求めに誰かが向かっていてもおかしくはない」


「そうだな、だがこの村もおそらく学院の管轄下だ。そして決して互いの村に干渉せず、もしかすれば悪い情報を流し閉鎖させていた可能性もある」


「いったいなぜ?」


「たとえばの話だ。2つの村に同じ量、同じ様な物資を与え実験するとすれば互いに交流があったとすれば確実な情報が採取しにくい。それに仮に彼らにとってそれが失敗に終わろうが大した損失も起きない様に計らう必要がある。昔はどうだったか分からぬがこうも小さな村が点々とする場所は好都合なのだろう」


「それに...確かめるには村長に聞いてみる必要があるな」


「村長?彼はなにも知らない様なそぶりでしたが」


「だとしても探りはいれてみる。こうした計画に村の長が何も知らないとは限らないからな」


幸村は立ち止まった。彼自身の心なのか、それともオスカーの心なのか。

分からないが怒りが込み上げてきた。拳を震わせ彼は唇を噛んだ。


「許せないですね...それがたとえ世界の助けになったとしても、同じ様にこの世界で生まれた同じ人間を利用するとは..あの村の人たちだって本当は何かを信仰したかったかもしれない。誇りを持ち戦いたかったかもしれない。学び冒険したかったかもしれない...その権利だってあったはずなのに」


ライブニッツは幸村をしばらく眺めるが、どこか冷めた表情で彼に近寄ると答える。


「そうだな。場所、国、時代。異なれば立場は逆だったかもしれないし英雄だって生まれたかもしれん、だがこれが現実だ。君は光の女神リオネアの加護を受けた聖騎士だ。何かは問わぬが”使命”を宿しこの地に来たはずなんだ。だとすれば散った命を背負い歩いていくのが責任なのではないか?”高位ある”騎士は”噂通り”に真の真実を見ようとしないのか?」


ライブニッツは幸村の肩に手を置く。


「だが君はそうとは思わない。私の知る高位な聖騎士の群れとは一線違う”真実の高位ある聖騎士の1人”だと感じる。私が言えた立場ではない、信頼せずとも良い。だが嘆き怒るよりもやるべきことをやろうではないか。それが君の使命に結びつくはずだ」


情けなかった。淡々と言葉巧みに幸村の怒りを鎮める彼の瞳が恐かった。

しかし確かに言う通りでもあった。

そうだ、俺は使命を貰い異世界に転生した。そしてオスカーは使命を背負い国を出た。この世界は残酷だ、戦火に狂い人の如き神に揺さぶられそして崩れていく。やるべきことをやらねばならないはずだった。

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