第31話 優しい嘘

約束通り陽が落ちる少し前に2人は村へ帰った。

黄昏時は閉鎖的で小さな村の1日の終わりを意味する。最もなるべく人の気配を消し明かりを無くすことが外部から身を守る術だと言うことは誰に習わずとも生物の習性として理解はしているらしい。


しかしそれは好都合だ。これから時間をかけて村長と話し合わねばならない。


村の奥、他の家屋と大きさの変わらない家の前で2人の帰りを待っていた。


「おぉ、おかえりなさいませ」


木の枝を無理やり誂えた杖を震わせながらゆっくり頭を下げた。


「わざわざお出迎えとは申し訳ない」


案内されるまま家の中に入る。つい先程まで失踪した旦那の帰りを夫人と共に待っていた様だが、空の色を見て家に帰る様伝えたらしい。


「さて、帰ってもらったのはむしろ好都合だったかもしれませんね...2人きりということはやはり今日は見つかりませんでしたか」


「そうだな、半日で行ける限りの範囲を探したが...」


ライブニッツは広々とした部屋の中を歩く。不思議そうにみつめる村長には目もくれず何かを確かめる様に視線を左右上下へと動かし物色する。

所々から漂うカビた香りは木の腐敗した匂いだろうか。修復も建て替えも出来るはずもなくまるでこの世界を表す様に木の家は崩壊の足取りを進めている。


彼がおもてなしとして机に並べた穀物の加工食品に幸村だけが手を付けた。

この世界に来てから二度目となる食事は物によらずやはり食欲が湧かない。

味は薄く果たして正しい調理方法かどうかすら怪しいが、出してくれたのだから頂かないと申し訳ないという”現代世界人”の感情が動いたのだ。


「騎士様にお出しできる様なものがなくて申し訳ない。きっとこういう食事は今まで見たことすらないでしょう」


「いえ、美味しいですよ」


「私には何もわかりませんが装飾品もしっかりされている。騎士様はどこか大きな王国の方なのでしょうな」


「実はあまり覚えていませんね...黄金に輝く太陽の光くらいしか」


「おぉ、なんと神秘的な。そんな神聖な国がどこかにあるのですね。それはそれは長旅だったでしょう」


幸村はライブニッツに視線をうつす。彼はまだ確かめる様に家の隅々を眺める。

魔術学院の人間...というより学者はこうも礼儀やマナーに欠けるのかと呆れ返ってしまう。それかこの世界では別におかしな話ではないのだろうかとも思ったが村長の会話はかなり気遣っている様子にも見えるあたり異世界を超えて礼儀は共通しているのだろう。


「思い出したくもない長旅でしたね...仲間もみな失い気付けば1人ですから」


幸村はオスカーの記憶をなぞるように答える。最も垣間見た景色でしか分からないことだが。


「そうでしたか...」


幸村は料理をすすりながら村長を見る。同じ人間だがやはりかなりやせこけている。まるで枯れ木のようだ。


「すみません。貴重な食料を...」


「お気になさらず。十分なほどに学院から頂いてますから。ただこの村の人間たちは私も含め量を食べれないのですよ」


「食欲が湧かないとか?」


「それに近いのかも分かりません。私が幼い頃は親を困らせるくらいでしたのに...」


たしかに村の子供たちは元気ではあるがみな相応に見えぬほど小さく細い。

これも理の崩壊と影響しているのだろうか。

しかしリムヒルトやライブニッツのように外の国の人間にはまだその様子は見えない。世界の中心であり始まりの地「イムブルク」であるが故の因果か。


「しかし村長殿。近くにあなたたちの様に孤立した村をご存知ないでしょうか?」


物色を終えたライブニッツが村長の目の前に座ると、わずかに乗り出し村長の色褪せた瞳を見つめる。


「な、どうされたのですか?」


「あぁ、何か切迫させたなら勘違いだ。単純に聞きたいと思って、情報収集だ」


「なぜそんなことを?」


「辺りは沼地に峡谷。崩れた建物や遺跡が散乱し穏やかではない地形に森林。しかし人間が生活する村がここに1つしかない根拠はない」


「私たちには情報を得る術がありません」


「少なくとも村長。貴殿は魔術学院の者たちと関わりがあるはずだ」


「物資を受けとるだけです。何をお知りになりたいのですか?あなたはエルンスト魔術学院の学者様でしょう?この辺りのことも何もかも私たちよりも知っているはずです」


ライブニッツは目の前ですっかり冷めた穀物料理を眺める。


「この料理の素材を見てみたいのですが」


「一体なんなのでしょうか...話を二転三転させて。少し気が悪いですね」


村長はゆらりと立ち上がると、壁に架けられた袋を1つ掴むと机の上に置く。

ライブニッツは袋を開くと、ひとつかみし顔に近づける。


「匂わないな...」


「な、なにがでしょうか?」


「村の倉庫に置かれた食材はすべて”魔力”を帯びた香りがする。鼻の奥にどんより残る決して良くないものだ。それは自然の中に宿ったものじゃあない。誰かの手が加わった”薬”のようなもの...私はその香りを学院で何度か鼻にし覚えていた」


途端に村長が黙り込んだ。褪せた瞳は集中力をなくし乱れ震えている様だ。


「隠していることがあるでしょう?私は学院の人間だ。決して貴殿の敵ではない。知らないことがもどかしいのだ。さぁ、話してくれぬか?」


「....知っていると思ってたよ....」


「そうだろうな。だが学者というものは意思疎通...団結というものが苦手なのだよ」


ライブニッツは一口すすると、再び村長の顔を睨む。


「だが私は貴殿が協力する学院生共とは違う。見くびるなよ?」


村長は観念した様に手を合わせ、頭を項垂れながらとうとう自白した。


ある日突然彼らは現れた。

彼らは近くの村で同様に実験を行っていると告げた。


それは人間に彼らの開発し調合する魔力を流しその成果を調べるというもの。

詳しくは分からない、その内容はあまりにも無学な老人には理解できなかった。

だがその実験は残虐的で成功にはまだまだ時間がかかると。しかしそうした失敗を重ねてこそ成功は生まれる。それは世界を、人間を救う1歩となると彼らは言った。


村人は家族だ。しかし逆らえなかった。

近くの村ではすでに同じ実験が行われ、もし賛同がなければどうなろうがそれは知ったことがないと。


月に一度物資を運んでくる。村長、お主の分は別の袋に詰めてやる。安心することだ、この情報を、秘密を共にするならば決してその間死ぬことはない。

そして実験が成功すればすべて元通りになると。彼らは言った。


今よりも村人は沢山いた。しかし秘密裏の実験が始まって以来少しずつ居なくなっていった。

皆不安に感じた。しかし彼らは言葉巧みに伝書を残し毎月物資を届けた。


居なくなった村人は代表して学院でしばらくの間協力してくれている。

とても名誉な仕事だ。この小さき名もなき村が世界を救う1端を担う。

この食料や物資はそんな名誉ある彼らからの贈り物だ。と。


何も言わずに突如居なくなる。中には疑問に思うものもいたが次第に薄れていった。先ほど旦那が失踪したと相談に来た夫人でさえ1日様子を見てもし帰ってこなければ学院に招集されたものだと自らに言っていたほどだ。


「なぁ、学者様よ、騎士様よ。実験の結果はどういうものなんだい?私は間違っていたのかい?力と知識のある者に従うしかない我らはどうすれば家族を守るためにはどうすることが正解だったんだい?」


幸村はライブニッツを見る。彼は果たして心を鬼にして伝えるつもりなのだろうか。まだ確証の得ていない彼なりの解釈を無慈悲にも告げるのだろうか。


「...いえ、間違ってはいない。学院は優秀だ。言葉は偽りを含もうとも彼らは決して真実を隠さない。安心すると良い」


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