第32話 聖騎士団 遠征軍 - 夢物語 -

「なぁオスカー。既に国を旅立ってどのくらいになる?」


同じ黄金のサーコートと、琥珀の装飾を纏った鎧の騎士が尋ねた。

彼はオスカーの隣に座り、甲板で海を眺める。


「さぁ。時間や日を数えるのなんて忘れてしまった。だがこの船も大分傷んできている様子からかなりは経ったのではないか?」


オスカーが答えると、船庫から作業を終えたであろう同じ格好の騎士が汚れた素手を払いながら「食料も大分減ってきた」と陽気な笑みを浮かべる。


「全く。だとすれば何でそう笑っている。前回の港町で調達したはずでは?」


オスカーよりも少し年齢としては上であろう騎士が叱りつければ、彼は変わらず笑いながら誤魔化す。


「確かに十分に調達はしたんですが。調理人とも相談して均等に食事を作る様伝えていますから」


やれやれと呆れ返り、騎士は2人の元に近付く。


「オスカー、私は隊長へ相談してくる。王国の地図通りであれば遠くはない場所に島があるはずだ」


「分かりましたリンド殿」


リンドはこの現在、遠征軍20名の副隊長の立場にあたる。

オスカーの師であり上官であったベンクナーと同位である彼は、また戦い方も異なる。

かつてリオネアと共にあった宮廷騎士団の象徴である”光の加護”による魔法に長けていた。魔力に秀でる彼は自らを光により守り、傷づいた仲間を大きく回復する。一方ベンクナーは宮廷騎士団と対をなし、いわばルレベルク騎士団の方翼をなす”黄金騎士団”の力を受け継いでいた。

戦地へ向かい前線で剣を振るう。それは純白な光の守護とは異なる”戦いによって守るための光”。黄金の輝き、雷の魔力だ。

しかしリオネアが去り時代は流れ、この頃では騎士団は統一され壁は無くなった。


リンドは副官である勲章を胸に下げ、兜には黄色の羽織が目立つ。

騎士団の中でも権威を持つ者の証だ。


「リンド殿が副官で助かってるよな」


オスカーの隣に座る騎士がそうやるせなく笑った。彼は同期のウルウという名の男だ。


「いかんせん隊長は上流貴族の出身だからかどこか頼りない。航海中は一度も外に出てきやしないじゃないか。リンド殿だって下級貴族の出生でなければ立場は逆だったろうに...」


「そういうな、今になって始まった話じゃあないだろう?」


「やれ、あんな小太りに高位あれとか言われたところでだ」


「気が緩んでるぞウルウ。騎士団に入団する前から分かりきっていたことだろう。それを分かった上で我らはこの鎧を纏い剣を掲げているんだ」


「はぁ、オスカーは相変わらずだな。ベンクナー殿の教えはしっかりしたものだったと見える」


「だが分かっているよ。君だって立派な騎士だ。戦いでは誰よりも前に立ちどんな魔物にだって決して背中を見せない姿はまさにかつての黄金の聖騎士団そのもののはずさ」


ウルウは照れを隠す様に遠くの波を見つめ笑った。

後ろでは他の騎士たちが交代で慌ただしく動き出し、2人は見張りの役割と交代すると、休憩室へ入っていく。


「異常はありませんでした」


オスカーとウルウはその足で船長室へ向かい、規律良く並び報告した。


「そうか、ご苦労だったな」


遠征軍の隊長はハルバドルという上流貴族出身の騎士であった。彼は他の騎士よりも少しばかりふくよかであり、苦しいからと特注で作られた兜を一度もまともに被らずいる。おかげで傷はなく眩しく輝きを放っている。


リンドが机の上に地図を広げ、何か相談事をしている様な雰囲気であったため、報告を済ますと急ぎ部屋を出る。


「はぁ、臭いなやっぱり。香水ってやつだっけか。あの太い体にまんべんなく付けてるのか?」


「おい、流石に無礼だ。どうあれ今は我らの隊長だ」


「そうだな。見てくれはともかく確かに頭は良い...それが憎いというか一応しっかりした貴族家系だったのが尚更...」


「なあ。なぜそんなに貴族出が気にいらないんだ?」


2人は休憩室で薄めた酒を飲みながら談笑していた。これから仮眠をとるため次の勤務まで時間があるようだ。この時間を皆が何よりも1日の楽しみとしている。

いくら高位で誇り高くとも毎日の気の張る見張りに報告業務。訓練に物資の計算等々、王国にいるよりも道中での作業は同じでさえかなり心体に堪える。


「気に入らないんじゃない。俺みたいな農家の人間が騎士団に入るには全てを犠牲にしてやっと可能性が出てくる程に辛い道程だった。しかし彼らは幼少からまともな教育を受け美術を楽しみ聖歌を歌い...毎日3食腹を満たし階段を登る様に将来が約束されている。彼らだって苦労はあるだろうが雲泥の差だ。そこがやっぱり受け入れきれないんだよ」


「俺の両親も商人だったからな、気は分かるが」


「それに戦いで死んでいくなかに今まで貴族の人間が居たか?彼らは実践を積まず普通に生きてりゃ後方で指揮をする爵位を与えられる。彼らの剣は汚れをしらない、血を知らないんだ」


ウルウは鞘から剣を抜き、剣身を眺める。

よく手入れされており、所々欠けた刃は彼の戦いの歴史が見れる。彼はかつて「黄金の栄光」を読み、騎士への憧れを抱いた1人である。

「黄金の栄光」は黄金の聖騎士団の物語であり、オスカーも強く影響を受けた一冊だ。


入隊してから彼は血の滲む努力を重ね、「回復」「雷」の魔力の扱いをオスカーよりも早く会得し、”聖騎士団”の1人としてようやく国から認められた。

だがウルウは過去3回死にかけた時があったようだ。それでもここまで生きてこられたことに運命を感じ、自らこの遠征に志願した。それが俺の人生の使命になるはずだと。


国を出てからの旅は順風ではなかった。

仲間は一人一人と倒れ、40名居た騎士団は半数を失っていた。

正体不明の魔物、ゴーレム、オーガや成れ果て。そして蔓延る賊の群れ。

その中には他国の敗残兵の残党すら賊に成れ落ちていた姿すらあった。


全ての戦いにおいてオスカーとウルウは勇敢だった。故にリンドは、もし帰国出来たのならば彼らの武勲を評してやろうと心に決めていた。


「オスカー、俺とお前は似ているよ。認められた時期は異なれど互いに同じ時代を生きて同じ様な生活をし、志を共にした騎士だ」


「どうした急に改めて。まさか1杯で酔ったわけではないだろ?」


「こんなもので酔うかよ。だが本当にそう思っている。この先待ち受ける怪物がどんなやつかは知らんが...俺は黄金の栄光の様に、立派に戦い名を残してみたいんだ」


彼は鞘に剣を収めると、自らの言葉を照れ隠す様に酒をぐいっと飲み干した。


その頃2人と見張りを交代した騎士が、曇天空の向こうに何かを見つけた。


「あれは...?」


曇り空に浮かぶ大きく黒い影。その形は湾曲を描き時間が止まっているかの様にゆっくりと雲を揺れ動かしている。遥か遠くにあるであろうそれは、まるで遠征聖騎士団の行く宛を導くように禍々しく唸っている。




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