第33話 自らを縛る呪いこそ

村長は近隣の村で実験が行われていることを知っていた。

しかしその目的、迎えた結末は知ることがなかった。


おそらく彼が懇求しても彼らははぐらかし言葉巧みに真実を隠すだろう。

だが決してそんな面倒が起こることがない。彼らは何も知ることができない。

頭の中に考える可能性の数がほぼ既にないようなもの。


故に彼らは高学な学院の学者たちの言うことに言葉を返せず疑わない。

だから学院は領土域内にある閉鎖的で小さな集落の様な村を選んだのだろう。


幸村は気付いた。ライブニッツの嘘は彼らにとってはそれで良いことだと。

真実を知れば彼らは何も信じられなくなる。たとえ利用されその結末が悲劇だとしてもだ。


それにまだ全て終わったわけはない。学院でこの問題が解決すれば村の1人くらいは助かるかも知れない。


「ライブニッツさん。少しいいですか?」


「ほう?」


2人は相変わらず手を振るわせ祈る村長を後に、一度村長宅を出る。


「彼らの食材とかを入れ替えたらどうでしょう?」


「あの量をかい?」


「時間はかかるかもしれないけど最悪の結末を迎えずにすむかもしれない」


「その優しさは確かだがおすすめはしないな」


「なぜ?」


「いったろう?学院の学者たちが毎月この村に来ると。物資を入れ替えたとあればまず疑われるのは村長だ。秘密を知るのは彼だけだからね。それに仮にバレずとも結果が出なければ実験は過酷化していく。高貴な正義は大事だが目を瞑らなければいけない暗闇だってあるものだ」


「....確かに、そうですね」


「しかし流石は太陽の教えを受けているだけある。まず彼らの命を救うことを考えるとはね、こんな世界でも光はあるものだな...」


「明日峡谷へ向かいましょう」


「そうだな、越えさえすれば学院は近い」


2人は再び家の中へ戻ると、残っていた料理を平らげた。それは少なからずとも彼らなりの心遣いだろうか。驚く村長だが最後には笑顔が見えた。


幸村は寝付くライブニッツの横で、特に眠気すらなかったが目を閉じた。

そこで彼はオスカーの記憶の一部に触れた。航海中の何気ない1日だった。


一日一日過ごしていき、そして剣を振い戦うたびに幸村は戦いを思い出していく様な感覚だった。今までの人生では感じたことのない恐怖や高揚。それは間違いなく彼自身のものではないが、妙に身体が思い出す様な感覚だ。


そうだ、蘆田幸村。俺は一度死んだんだ。俺自身でなくなろうとも、この植え付けられた運命に生きるしかないんだ。


「もうゆかれるのですね」


朝日が昇りすぐの明朝。2人は村長宅を出る。

きっともう帰ってこないだろう村の結末は誰も知ることはない。


ライブニッツは時折足元を確認しながら先導した。

何故そうも足元を気にするのか尋ねようとしたがその答えは直ぐにわかった。


彼は魔力の籠った枝を道標として使用していた。

学院から沼地に向かう道中で、等間隔で神経質なほどに刺しこんでいる。


「未知の場所を歩くには欠かせないだろう?」


枝は伸びた雑草の中でも分かるほど青く光り、夜間はもちろん昼間でも目立つほどだ。しかし先の明かりまでは目視することは出来ずとも最低限の道標として大いに起用している。


2人はそうして峡谷の入り口へと辿り着いた。

荒々しく並ぶ岩肌の岸壁に、かろうじて確保されている足場は恐らく戦乱の時代の名残だろうか。足を踏み入れると途端に空気が変わる。

青深く鮮やかに広がる空には薄い霧がかかり、生暖かい風が鎧の境目から肌にしっとりと触れ険しい道のりの覚悟を背負わされる。


「気をつけてくださいね。あと、決して下は見ない様に」


「わかっています...」


高所が苦手ではない幸村も流石に気の緩みは命の終わりを予感させる深い谷に呼吸が上手に行えない。


学院の学者たちはこの道を通って月に一度わざわざ村にまで行くのか?

それほどまでにあれは彼らにとって娯楽の様な楽しみを埋めてくれる行いなのだろうか?


「何か疑いをもっているな?」


「魔術師って学者なんでしょう?わざわざ死地に赴いてまで研究したがるものなのかなと」


細い岩道の途中でその言葉を聞いたライブニッツが立ち止まった。

そしてゆっくり振り返ると、深い谷底を指さす。


「あの霧の向こうが見えるかい?」


幸村は左手を壁から離さず、目一杯に首を伸ばす。


「何も見えはしませんね」


「あの霧の向こうの谷の底。私は見たことはないがかつて清らかで美しい川が流れていた。そしてこの岩肌も緑深い自然に囲まれ空気は澄んでいた」


「-だけど今はあの谷底には死体の川が流れている。水は無くし行き場をなくした魂は木々を焦がし、そして戦火は峡谷を汚した。あの沼地はその弊害によって生まれた”湖”なのだよ」


「それが一体?」


「すべては魔力だ。この私たちの身体に流れる大いなる源だ。君もそうだろうが今までの人生では何の疑問も浮かばなかった”なぜ魔力が流れているのか”ってね。どんな弱きものも深淵を除けば極上の力の一端に触れる。だから戦争は絶えなかった。探究は収まらなかった」


「学者達は世のための大義名分を掲げる。戦士の様に血を知らず、だが狂気的なまでに学びを繰り返しそれは確かに非道的であることは否めない。それでも崩れゆく世界の中においても掻き立てられる探究心は収まらない」


ライブニッツは適当な石を拾うと、谷底へと投げる。

石は霧を越え、決して音が聞こえぬ奈落へ吸い込まれる様に落ちていく。


「それでも生き残りいつか狂うその日まで後悔したくないのだ。だから皆たとえ命の危険があろうとも止まることが出来ないんだ」


谷底を見つめていた彼は、幸村の方へ向き直すと少しニヤリと笑った。


「いわばそれは自らで自らを縛る”呪い”のようなものさ」


見えぬ谷底と霧濃く怖気を誘う峡谷の空気が教えてくれる。


戦いに死ぬものは皆必ず志半ばなのだと。この世界では誰もが何か一つでも後悔を落とし死んでいく。だから怨霊は海に向かい、またはそして峡谷の風となり泣き叫んでいる。生きているものはまたその1つの運命、使命という”呪い”を背負っていかねばならない。



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