第28話 好奇とは裏腹に

2人は小さな村で休息を取っていた。

沼地を抜け、緩やかな道を進むと遠くには峡谷が見えていた。


ライブニッツ曰く峡谷は一歩踏み外せば奈落であり、かつてあの沼地まで流れていた水源は枯れ、噂では戦争で亡くなった人間らが捨て置かれ、やがてその死体をつつき喰らう鴉に獣や魔物、またはその死骸が循環する様に埋め尽くされていると話した。


「興味本位で覗くことはおすすめしない。少しでも体を浮かせばあの悍ましい川に飲まれる羽目になる」


戦いに使用できる魔法は基礎的なものしかないと嘆く彼は、およそ4日ほどかけゆっくりゆっくり進んで乗り越えたと言った。


しかし彼は本当によく喋る。決して不快ではないのだが元より話すのが好きなのだろうか、いや、彼の本職は決して誰とも話さずひたすらに本と旋律と数字...己の好奇心と疑問に向き合う研究職。そのうっぷんなのか、それとも元来こういう性格なのだろうか。もっぱら前の国では学院の教師でもやっていたのだろうか?しかし質問をすればその返答は10となり返ってきそうだと幸村は喉で言葉を殺した。


道中の脇道の奥に森に隠れたように小さな村を見つけた。


ライブニッツ曰く、峡谷を抜沼地の場所を案内してもらった老人がこの村があることを示してくれた事を思い出し急遽訪ねることにした。

彼は既に体力の限界だったが、一刻も早く沼地で探し物を手にするべく寄らなかったそうだ。


村の人数は少なく、自然の要塞とも言うべきか、台地の様な地形で深い森に囲まれ閉鎖的だが暖かく迎えてくれたように感じた。

村人は皆、服が仕事や汚れでで擦り切れており、健康状態も良さそうには見えず痩せてはいたが、苦しそうな訴えはなく小さな子供の遊び声が聞こえるほど元気ではある様だ。


「時折魔術学院から物資が届くのですよ」


ライブニッツを案内した老人はこの村の長であり、彼はそう言うと村の外れにある物置きへ2人を連れて行く。


かなり年季の入った木の扉を開くと、中には腰の折れ曲がった老人の背丈程の藁袋が4つ置かれていた。物資がこんな辺鄙な小さな村にわざわざ届けられるなどとは驚きだった。


「中身を見てみても?」


整えた髭を撫でながら、ライブニッツが尋ねた。


「ええ、もちろん」


藁袋を開くと確かに穀物や種。そぎ肉や乳製品の塊。草花、魔物か獣の毛皮。毛布や外套などなど、乱雑ではあるが食料品などの資源が袋に積み込まれている。

村人にも同様に魔力が流れているが、知識や健康な肉体がないために”使い方”を当然知らず、かなり微弱なほど退化してしまっている。

彼らは自らの生きる術が現状の世界では到底通用せず困り切っていたところを、偶然にも魔術学院の学者等に見つかり援助してもらっていると言う。


「貴方は学院の魔術師様でしょう?助かっております」


「ん、あぁ。こんな世界さ、助け合わねばいけません」


そう笑うライブニッツだが、何処か疑いの目を持ちながらそれらを見ていた。


「どうかしました?」


幸村が顔を近付かせ小声で聞いてみた。


「…いや、なんでもない」


「ところでご老人。特に身体や体調に変化はありませんか??」


「ん??果て、腰が酷く曲がり年老いた事以外は至って健康ですが…」


「村の人達は??」


「誰かが病に倒れたり話は聞きませんな。毎日のように皆の顔が見えます」


「そうですか、なら良かった」


戻る最中、村長は1人の女性の村人に呼び止められ村長は先に家に戻って休むように告げた。家に戻ると、ライブニッツは険しい表情をしたまま椅子に座り何か考え事を始めた。


「あの食料品に何か問題が?」


幸村が再度尋ねると、彼は小さく頷き答えた。


「確かにあれらは畑や動物から取れる物だ、しかし近くに顔を寄せてみて何かおかしくてな…」


魔術学院は単なる大書庫なわけではない、魔術の探究とは即ち魔力の実験の側面も持ち、そう言った施設は魔術国家には欠かせない。


彼はエルンスト魔術学院の実験棟に届け物をした際に見た実験物とその薬剤の香りと似ていたとする。


「単に魔法で何か不純物を取り除いてた…とかではなくてですか?」


「そんな善良な魔術師が居れば良いがな、私も人の事は言えぬが」


「どういう意味ですか?」


「確かに文化の発展に魔術は欠かせない。元はそういう正義から探求の多くは始まった。しかし魔力は終わりなき深淵だ、覗き込めば混むほど抜け出せなくなる魅力…もしあれらが正体不明の実験の産物、試供品だとすればどうする??」


ライブニッツが意地悪そうにニヤリと笑う。

恐らく確かめようとしてるのか、それとも今の発言には少なからず彼の本音が入り混じっているのか。幸村はだが冷静に受け流し答える。


「ですが村長も言っていました。村人は特に変わりもなく、確かに見た限り皆生活出来ている」


ライブニッツは口角を下ろすと、再び顎を撫でる。


「確かにそうなんだ、まあ私の考えすぎだろう。勉強のし過ぎか、疑り深く何でも考えてしまう」


「さて、どうしますか?今日はこの村に泊まりますか?」


「そうだな、このまま進めば夜に渓谷へ立ち入ることになる。ここは言葉に甘えて休ませて貰おう」


2人の意見が合致したところで村長が帰ってきた。


「すみませんね、なんかここ数日、旦那の姿が見ないと相談されましてね」


「そうなんですか?気付かなかったのですか?」


「いやぁ、そんなことはないのですがね...ついこないだ見た様な気もしていたんですが...」


2人は何かおかしいと感じた。納得した様に険しい表情をみせるのはライブニッツの方だ。


「どこか遠くまで行く用事とかありますか?」


「いや、このあたりは物騒だ。まだ幸いにも襲われていないが魔物達にこの村の存在を知らされない様に生きておるもんで」


村長はそわそわした様子で2人から視線を逸らす。どうすべきか悩んでいる様子だ。その戸惑いはある種こちらからの発言を促している様であった。


「次に学院から物資が来るのはおよそ1月後...その時に相談してみるか...しかし..」


「いや、それでは遅いでしょう!」


突如ライブニッツが語気を荒げる。業を煮やしたか、はたまた無責任な美徳心か。


「一宿の恩義もある。どうだね幸村殿、我々で辺りを探してみようではないか?」


ライブニッツ、貴方はろくに戦えないだろう。と言葉が出かけるが、彼の正義感溢れる言葉の真意に気付いた。なるほど、これも所謂”好奇”なのだなと。

物資の違和感、村人の失踪。何か繋がるのではないかと、そして彼なりにその原因を追求してみたいのだなと。学者の衝動は一歩踏み込めば正に狂気と隣り合わせだということだ。


それにこうも大きな声で宣言されては断ることすらできやしない。

幸村は小さくため息を吐くと「分かりました」と答えた。


「しかし夜までには帰りましょう。このあたりの事は分からないことだらけです。

それに只の失踪ならそう遠くまでは行っていないはずですから」


「あぁ、そうだな。村長、それでも良いかな?」


「あぁ、あぁ、ありがとう。助かるよ」


村長は細い手を擦り合わせながら2人に頭を下げる。

ライブニッツは幸村の肩を叩き、ニヤリと笑う。


「奇怪なる探究の先触れだ。さぁ人助けと行こうか」




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