第24話 子を想う心の行方
灰の霧に包まれて、オスカーは最後の敵を斬った。
共に山を越え進んだ騎士団は彼の周りに居なかった。
または意を違え、または目の前で失い、一人一人と太陽の意志は儚く消えてゆく。長く険しい冒険は彼らの有志を語る詩人さえ居ない孤独のあり様だった。
黄金の高位の騎士団の多くは真実から目を塞いだ。
だからこそオスカーは貴族出の騎士を嫌った。
例外は居たが多くは自分自身が手の内で掴む範囲の景色が全てと信じている。
最後に敵が倒れた時、辺りは血の海と化していた。
数少ない仲間、転がる魔物の屍。
ルレベルクの街や人々を襲った化け物の親玉はすぐそこまで届いていたはずだ。
灰の霧はやがて黒い瘴気へと変わっていく。
「「貴き騎士よ。無念だ、お前の武勲は2度と故郷へは届かない」」
瘴気の中から異形の姿をした黒い騎士が歩み出てくるや、その騎士の向こうの瘴気から大きな口が浮き出てくる。その声は老年の様で若き勇ましい男性の様で、幼い子供や高貴な女性の様で、恐怖の様に唸る様な声である。
「私が…死のうと次の意志が現れる」
オスカーは満身創痍の身体に鞭を打ち、剣を構える。
身体に黄金の光が走り、白く包み込まれていく。
「そうやって私もここまで来たのだ」
「「あぁ、お前の心意気…悔やまれる」」
「「世界は壊れたのだ、愚かな神々の自業自得でな」」
「…何が言いたい…」
「「人如き感情を持ち心を持つ事など無かった・・我々が愛した大地は、生命は、世界は・・今一度正しい姿に生まれ直すべきなのだ」」
「「母であり父である、そして世界は可愛い子供だ、愛しているからこそ」」
「「それが親の役目というものだ・・・私1人で…作り直すのだ」」
その言葉を最後に大きな口は瘴気に消えていき、黒い異形の騎士がオスカーへ襲いかかる。
「…はは・何も聞こえんな…」
「ベンクナー殿・・太陽に導きがあらぬことを」
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ルトーは光の中に消えていった。聖堂に残るリオネアの残滓が彼の心に答えたのだろうか。2人はそれを見届けると遺跡から出た。
ルトーの袋からは幸村の渡した聖書がこぼれ落ちた。
彼の縁は黄色い花1輪だった。教養もなく教えを乞うこともなく荒れた長い人生の最後に届かなかった変哲のない入門書の様な1冊の聖書。
盗むことを躊躇う代物は最後の最後に彼の探究心を動かした。文字を追うごとに渇く物語。知りたい、もっと知ってみたい。
あくなき追求はだが彼にとっては毒だった。既に死ぬはずだった身体は蝕み自らも気付かぬ内に早く狂わせてしまった。
帰り道、その間言葉は交わさなかった。
それぞれが何か思うことがあるのだろう。
しかし意見を交わすことなど無意味であり、目的は同じでさえ捉える意味は違うからだ。
彼女は入り口の階段を上がる前、空の小瓶を幸村に手渡した。
「助かった。こうも瞬時に効くとは不可思議な霊薬だ」
幸村は受け取ると、ポーチ袋に格納した。
残り1本。補充できたりしないものか・・
2人は階段を上がり石棺から出ると、大きな音を立て閉まり、魔法が光りだし再度封印された。封印が完全に解かれ、リオネアが還る時は世界の行く末が決まった日なのだろう。
「貴公はどうする?」
「一度城へ戻ってみます」
「そうか」
「貴方は?」
「私はこの遺跡の入口で見た光景…誰かの記憶か、それがどうも忘れられなくてな。一つまた旅の目的が増えたよ。私はそれも探してみようと思う」
「…そうですか…」
リムヒルトはそっと耳に手を置いた。兜のせいで表情は見えないがきっと寂しい目をしているのだろう。
そして肩を揺らし整えると背を向けた。
「きっと何処かで会うだろう。一度さらばだ…幸村」
彼女の別れの声は太陽に似て僅かに笑顔が覗き、火の様に強かった。
そして彼女は最後に初めて幸村の名を呼んだ。
幸村は来た道を戻っていく。空には白い鳥は見えなくなっていた。
夜通し歩き2日はかけて城に帰ってきた。やはり帰り道というのは早い。
廃れた城に届く光は微弱であり、一層城の迎えた悲しい結末を強く映す。
暖炉部屋の暖炉の火は消えていた。
幸村は城内を探した。用心深く隠された祈祷部屋だ。
時間はかかったがそれは見つけた。
中庭隅の監視塔の中に、地下に続く階段を下ると牢獄があった。
酷く生臭く辛気臭い牢獄の中を進むと、一番奥の牢屋の中に彼が居た。
崩れた壁に小さな石彫りの女神を置き、表紙は黒くボロボロに汚れた聖書が置かれ、カーシーは自ら短剣で身を刺し死んでいた。
恐らく最後まで抵抗していたのだろう。人間のまま死に切れたのか、彼は項垂れながらも両手を合わせ女神像の正面で祈る様な姿であった。
暗く光すら届かない場所で、彼は最後まで光を愛したのだろう…
空に浮かぶ輝きが偽りだと知りながらも
暖炉部屋であった部屋に戻り、腰を下ろす。
改めて見渡すと荒れていた。人気がいなくなり動物か臆病な魔物が住処にしたのだろうか、縄張り争いに負けたであろう小さな猪の様な魔物の死骸が転がっている。しばらく座り込んでいるとエレが姿を見せた。
「あの人…最後は祈りながら逝けたのね」
「狂人になったら斬る約束だった…果たすことなく済んで良かったよ…」
「強くなったね」
「…俺自身の力じゃないさ、何もかも全て助けられてばかりだ」
「少しだけ休もうか」
エレが暖炉に火をつけると、幸村はポーチ袋を広げる。
ルトーから買ったナイフは遺跡の仕掛けを1つ解くのに使ったきりだった。
近くに転がった小さな猪の魔物を拾い上げると、ハラワタを捌き火に当てる。
彼に宿った記憶が、無意識に魔物の捌き方を心得ていた。
「燃えるんだな、この火は」
「魔力が通っているものはね、魔物はその肉体そのものが魔力による変化のようなものだから・・」
幸村は兜を脱ぎ、充分に焼けた魔物の肉を食らった。
腹は空いていなかったが、徐にこの世界で生きる術を思い出し確かめる様に作業した。美味くない、それどころか味を感じない。ただ何か固形物を食べている感覚。
食事ってこんなに虚しい物だったっけか。
カップ麺やハンバーガーとか・・ジャンクフードってどんな味してたっけ
この世界に来てから、腹は空かないし夜だって眠らなくても動けるくらい動物的欲が湧かない。
無心にそれを齧り付いていると、エレが暖炉の火を見つめながらポツリと呟いた。
「あの娘・・思い出したことがあるの・・あの娘の故郷シュルデンは火の信仰。けどあの娘の火の力は争いの時代の後に生まれた物だけど…」
「何故そのことを思い出したんだ?」
「リオネアの記憶を見て思い出したことがある…」
太陽の神、光の生みの親。すなわち世界の理を生み出した1人。
彼女の記憶に触れたことでエレは自らの目的を一つ思い出した。
何故、転生された人間を待ち、何かに動かされる様に導いていくのか。
自らの生まれ、正体。その一端。
真っ白な物語にゆっくり浮き出る様に文字が刻まれていく様に。
「私は…世界に火を生んだ1人…ヴェスタの分け身ということ」
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