第23話 繋ぎとめるもの

2人は暫く見えた景色に耽る。同じものを見たはずだ。

だがきっと考えていることは異なっている。


「まさかこの小さな亡骸が・・本当に女神リオネアだとは」


彼女の何気ない一言から幸村は、彼女は太陽の信仰者でない事は確信した。

しかし信じ祈る対象は違えど大いなる存在であることに敬意は忘れてはいけない。


幸村は困惑した。確かに自信が生きてきた世界の神という存在は不透明だ。

キリスト、イスラム、仏教・・様々な伝説や逸話が残りながら時代や教えが異なる”神様”だ。


だがこの世界の神はこんなにも小さく、そして普通の少女と違わない。

いや、もしかすれば「かつて神様だった人間」という表現が正しいのだろう。


決して目には見えず手には届かず、不確かな存在であり世界を保つ確かな律。

そんな存在を神と呼ぶのでは無いだろうか・


幸村のペンダントに光が一つ宿った。

兜越しではあるが彼女にもその光が宿った瞬間を見た。


これが欠片・・欠片の一つか。


そしてリオネアを包む光は消え、燭台に再び火が灯ると最初と同じ様に封印の魔法陣を描いた。


「これが・・これが果たして世界の崩壊を防ぐものなのか?」


リムヒルトの手が小刻みに震えていた。怒りと失望が交錯し彼女は初めて幸村の前で冷静さを忘れる。


「神の記憶の一端に触れ・・それで一体何が・・」


きっと彼女の想像していた欠片とは違うのだろう。

無理も無い、故郷を去り果てなき冒険で仲間を失い、狂っていく人々をたくさん見てきた。

そしてようやく得た1つの欠片は彼女にとってみれば”あっけない”。


強大な魔術。震える様な真実。目に見え形があれば胸も張れるだろう。


「これが、これが神なのか・・神の力の残滓なのか・・あの見えた小さな少女が・・神の1人なのか・・」


言わば異世界から来た幸村とは違った意味で衝撃だったのだろう。

御伽話や神話、文献で知り得ていた情報よりも遥かより”人間”だったのだ。


全てが彼女の予想や期待とは違っていた。

しかしそんな独りよがりな憤りは何の意味を持たないことに彼女は気付き、兜を脱ぐと深く深呼吸をする。

身体の震えは収まり、声色はいつもの冷静沈着な落ち着いた音色に戻る。


「だから世界は・・・いや、すまん。何でもない。少しだけ取り乱した」


「いえ…どうであれ私たちは欠片を手にしました」


「そうだな、目的は達した。世界の始まりから崩れゆく記憶に触れることが出来た」


「この欠片が集まった時・・欠けていたピースが埋まり全てが見えてくるのでしょう」


聖堂の入り口の魔法は晴れていた。

その場から去る間際、幸村は身体にまた1つ大きな力が宿る感覚を覚える。

その力は彼が留めを刺した”宮廷騎士”の残滓であった。


(オスカー・・貴方の目的は1つ、叶いましたか?)


幸村は腰に下げた剣を見つめる。

この度の目的は正に自分に宿り巡る彼の使命だろう。

エレが世界を救うべく導くように、彼もまた世界を救うべく国を出た1人。

2つの目的は噛み合い、ある種、器として幸村はこの世界に転生されたとも言える。

監獄塔のあの男がそうあるように仕組んだのか。


いや、もしかすれば時代は異なれこの世界に転生された人達は全てが一つの目的として重なる様に定められているのかもしれない。

転生された人達に宿る誰かの記憶と想い出はやがて魂となり意志となり導かれていく。


と、幸村は考えた。

何事も考え過ぎてしまう性格が良くも悪くも変わってはいない。


2人は聖堂から出ようと振り向いたその時。

リムヒルトの身体に3本の矢が突き刺さる。


矢は深く刺さり、彼女はその場に膝から崩れ落ちる。矢を1本自ら抜くと、鎧から血が飛び出る。

矢尻は裂かれた様に削られ、貫通力と殺傷力が高く作られている。

幸村はこの矢に見覚えがあった。


「ヒヒヒ…」


薄気味悪い笑い声が聞こえる。

入り口には継ぎ接ぎに作られた三段式のボウガンを持つルトーが立っていた。


ルトーは続け様に装填するとこちらの様子を伺うことなく2射目を放つ。

咄嗟に幸村は盾を構え、うずくまる彼女の前に立つ。小さな身体から想像できないほど矢は力強い。


「私に構うな…」


鮮血を流しながら掠れた声でそう言う彼女を見放す事は出来ない。


すぐにでも奴を斬るべきか。

いや、もしそれで手間を取れば彼女が危ない。

回復魔法を掛けるには2人に隙が出来る。


ルトーは袋から矢を取り出し装填しながらこちらへ歩み寄ってくる。

近付くにつれ、既にやつの瞳は色褪せ狂いへの境界の縁に踏み出している。


「ああ、太陽…光よ」


「あの太陽は偽りだったんだ…小さく儚く輝く光は….偽物だったんだ」


ゆらりゆらりと揺れながら喜怒哀楽を失った声で近付く。


「そこに居るんだろう…お前達如き半端者が…腐れ人間共が…触れていい祝福じゃない」


幸村はポーチ袋から小瓶を取り出すと、彼女の手を引き握らせる。


「使い方は見ているはずです」


そして幸村はルトーが放つ三射目を、盾に光を纏わせそれを弾くと、一気に間合いを詰め、左肩から右横腹に掛け斬り裂いた。


「あぁ…太陽…光が見える…母さん…」


ルトーは黒い血を吹かせながら、精一杯右手を天に伸ばしながら息絶えた。


/////////////////////////////////


ルトーは小さな集落で生まれた。

生きる為には狩猟をし食糧を調達せねばならない程貧しい。

信仰とは何かも知らず、教養を得ることもない。彼は小さい頃から動物や小さな魔物の赤子や子供を狩猟し時には近くの街へ忍び盗みを働いた。


自らが生きるため、そして老いた母親を食わすために。


「欲をかいちゃいけないよ、人の為に生き毎日些細なことに感謝するんだよ」


だがその教えが響く事のないほどに貧しく苦しい生活だった。

母は寝たきりであった。だが日が昇れば無理矢理にでも身体を起こし外へ出て太陽を拝んだ。理由は聞いたことない。しかし手を合わせ頭を下げ恵みを求め感謝をする。

幼いルトーにはその行為が何も意味し、何故あんなものに祈るのか分からなかった。


「御来光だよ、光り輝き暖かい・・あたしたちを祝福してくださってるんだ」


母はある時そう言ってくれた、母は幼い頃吟遊詩人に太陽の逸話を聞き感銘を覚えていた。歳をとり病を持ち記憶が欠如していても”太陽はありがたい”事だけは覚えていた。


とある日、ルトーが食べた魔物の肉に違和感を覚えた。

全身に何か強烈な違和感が走り、数日も吐き気を覚えるほどに。

変なものを食ったか、食当たりか何かであればまだ良かったろう、彼自身は気付かない内にその魔物の特殊な魔力を取り込み、”身長は伸びず、アンテッドのように長い寿命を齎す力だ”

人間がそのまま食らってしまえば魔力に体が適応せず大いな毒となる。

「身体や健康の成長はある一定で止まり、肌は枯れ目は見えなくなっても、魔力が無くなるか死ぬまで”無理矢理生かされる”」というものだった。


しかしその知識を持つ人間は周りには居ず、本人も長く知る事はなかった。


ある時ルトーは同じ様に小さな魔物を殺し集落へ持ち帰った時、悲劇は起きた。

子供を殺された魔物が集落を襲った。

集落の若い男達は農具を振るい立ち向かったが為すすべなく皆喰われていく。


ルトーは近くの街へ助けを求めに行った。

たまたま街に居た傭兵達が彼に連れられ集落に戻った時は既に全滅しており、家屋は崩壊し荒れ果てた地となっていた。


ルトーは半身を喰われた母を抱き抱え泣き叫んだ。

母は祈る様に手を合わせ、黄色い小さな花が握りしめられていた。


悲劇を迎えた小さな集落には、眩いほどの光が差し込んでいた。


/////////////////////////////////


幸村は振り向き、彼女の様子を見れば傷は塞がり始めていた。空になった小瓶を握り、痛みに耐えながら立ち上がる。


幸村は一安心しルトーに目を向ける。

初めて会った時はまだまともな様子だった。

廃墟街で死体漁りをしていた時から既に兆候はあったのだろう。

そして彼が肌身離さず持っていたあの小さな花が、彼をこの世界に理性と自我を留める祝福だった。


幸村と初めて会ったあの時に、既にルトーはまともではなかった。

幻想を見て不実を呟き、だが寄り縋る小さな花がギリギリの所を繋いでいただけだ。


何か人は縋るものを無くした時、狂うのだろう。

人を繋ぎ止めるものこそが記憶であり

仄かに暖かいそれこそが"想い出"であり手を伸ばす。


決して2度と戻らぬ追憶だとしても。

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