メモリー・ストーン 〜記憶を辿る、巡礼の旅〜

Nameless A

序章 崩れゆく世界への転生

第1話 半月の夜




最寄りの改札を出て、コンビニで買い物を済ませる。


23:30


時刻を確認すると、ズボンのポケットにスマホをしまう。

俊介からのLINEはまだ返せずにいた。


時代遅れのブラック企業に勤める俺の理解者であり、高校からの唯一の親友だ。


幸村はすっかり夜深くなった街中を歩いていた。


また今日もこんな時間まで残業だった。

日付が跨がなかった分、昨日よりマシか。


一体誰だ、「3時間睡眠のススメ」なんて法螺を言っているバカは。


入社して3年。定時通りに帰宅出来たのは片手で数えられる程、それも新卒の頃だ。


仕事がこんなにも辛くこんなに嫌になるなんて思いもしなかった。

就職活動もっと頑張ればよかった・・せめて興味のあることとかにすればきっと。


彼女が居たが、あまりに多忙で毎週末に疲れ切った身体を休める事に必死だった幸村に愛想を尽かし数ヶ月前に別れた。


辞めたい、辞めてやる


毎朝、毎夜そう考えながらも、ふと両親の顔を思い浮かぶと踏ん切りがつかずにいた。


楽しかったなあ


こんな静かな夜道で思い出すのは、学生時代の思い出だ。


小学校、中学校、高校、大学、、


一つ一つの行事やイベント。

何気ない1日1日が今となってはこんなにも愛おしく思い、はち切れそうな心を繋ぎ止める暖かな思い出。


そういえば。

明後日だよな誕生日。


去年は夜遅くまで彼女が家で待っていてくれた。

けど、疲れ切った身体はおめでとうの笑顔に上手に答えることは出来なかった。


大丈夫。今年は1人だ。

何も特別変わらない日なのだろうから。


もう辛い。。

逃げてしまいたい。。


逃げ出す勇気も、覚悟なんかないくせに。。


大きな川が流れる大橋の上

ふと夜空を見上げた。


綺麗に真二つに分かれたような半月だ。

似ている、何か大きなものを失った自分の心のようだと。

そして乱暴なほどに白く輝いている...不思議だな。


小さい頃にも同じ様な月を見たことがある。

あの日に近所の兄ちゃんが居なくなったんだっけな。


懸命な捜査も虚しく、何も後を残すことなく居なくなったって”神隠し”だとか”拉致された”とか凄い騒ぎだったな。


今生きてるのかな、すっかり顔とか忘れかけてるけどさ。


吸い込まれそうな程に白く輝く月に手を伸ばした。


もう少しで掴めそうだ。。


何も聞こえず何も見えず。

ただ何故かは分からないけど、精一杯に手を伸ばした。


あと少し…


白い半月は指の隙間から、ならに輝きを強く放った。

するりと指の間から月は離れ


まるで宙に浮いたような感覚。


一瞬の甘い香り。水飛沫…


その瞬間。幸村の意識がふっと飛んだ。



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気が付いた時には深淵のような暗闇の中にいた。


ここは何処だ。


夢でも見ているのだろうか。


だが、やけにはっきりした意識に疑問を持ちながら、辺りを見渡した。


何もない、何も見えない。

何も聞こえない、何も感じない。


「おめでとう。そしてありがとう。貴方は祝福され、そして選ばれた」


艶めきのある凜とした女性の声が脳内に響いた。


神様か、もしかして。女神様か?

夢にしてはしっかりたはっきりした意識の中だ。


だとすれば、俺は、、

死んだのか?


「ここは生と死の境目の世界、貴方は今自分自身を選択する時なのです」


声は続ける


(選択?何を選択するんだ?生き返る事か?それともそのまま死ぬ事か??)


「本来であれば生まれるべきではない世界に今一度転生し、そして世界に大きな決断を下す旅に出る」


「それは貴方しか出来ない。いえ。貴方方の世界の人間にしか既に託せない」


突発的な話だ。

理解しろ、汲み取れなんて無理難題も良いところだ。

SFやそういう類の漫画や映画で見た事のある展開だ。飽きるほど観てきたし好きで読んできた。


しかし本当にそういう事があるのかもしれない。


輪廻転生とはつまり生きてきた世界とは別の次元?の世界か何処かで生まれるという事なのだろうか。


「今の話は本当なのか?別世界へ行けるのか?」


その言葉に彼女は答える


「はい」


本当なのか。

そう思った時、頭の中には走馬灯のように沢山の思い出達が流れ出す。


そうか、本当に死んだのか。

だとすれば、、後悔は多い。未練もある。

親は、数少ない友達には申し訳ないことをした。


けど、辛く逃げ出したい日々の連続。

未来なんて見えなく、朝が来るのが憂鬱で怖かった。心が砕けそうなほど恥をかき、笑われた。


痛かった、辛かった。

なんで俺だけ?


そんな日々から本当の意味で抜け出し、

知らない新しい場所で生きるのも悪くないな。


「きっと思う事、考える時間は必要でしょう」


これ以上辛い事や苦しい事なんてあるはずない。

そう考えたら決意は固まった。


「行きます。その世界に」


瞬間、辺りは強烈な光に包まれた。


これから行く世界が、過酷な運命を待っている事と知らずに。





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