第11話 俺は2度死んだ


リムヒルトは剣を抜き、辺りを警戒するように幸村を見下ろす。


「凄い物音がしたと思えば案の定か」


特別心配することもなく、焦ることも無く淡々としている。

それもそうか、この世界は争いの歴史だ。

彼女もそうならば見慣れていてもおかしくない。


だとすれば、彼女が深手の俺にどうでるか。


警戒心を強め睨むように視線を上げると、その左手には幸村の忘れていた袋を手にしていた。


「それは...」


「貴公の忘れ物だろう。不用心な事だ、次は無い」


受け取ろうと手を伸ばすが、痛みが走り掴み損ねた。

リムヒルトはしゃがみ込むと


「何が欲しい」


と袋を開ける。

幸村は小瓶を、と呟くと、4本の小瓶を彼女は取り出す。

そして彼女は幸村の兜を脱いでやると、その内の1本をの封を開け口に流し込んだ。


仄かな粒子に包まれ、傷はたちまちに塞がってゆき、腕に脚に感覚が強く蘇る。


「ありがとうございます」


痛みの引いた腕で彼女から袋と小瓶を受け取る。


「故郷には無い代物だ。ルレベルクに伝わる秘薬のようなものなのか」


「まあ、そんな感じです」


真意は分からないが、適当に答えてしまった。


「無闇に奥へ進まぬ事だ。特に光が届かない場所は異形共や狂人共が彷徨っている」


彼女は屍となった化け物に視線を移す。


「こ奴らは"成れ果て"だ。狂人に宿る生命エネルギーが暴走した果ての姿だ。貴公は初めてか?」


「こんなゾン…化け物を見たのは初めてです」


「そうか、それもまた珍しい」


「貴公何か変わったか?昨日よりも何処か表情が違う。死にかけたとか成れ果てを倒したからとかではなくこう、上手くはいえないが」


「こんな死にかけた奴を見て、そう感じるなんて嫌味な程冷静ですね」


「昔は猪突に自分を信じていたが、感情を忘れて久しい」


彼女は手甲で壁を2度叩くと、パラパラと砂埃が流れ落ちる。


「しかし戦争の為に作られた城なだけあって頑丈だ」


幸村はゆっくりと立ち上がると化け物の先の道を見つめる。酷く汚れた絨毯はまだ続いているようだ。


「では私は行くとしよう」


彼女はそう言うと、幸村の視線とは逆に振り向き来た道を戻ろうと歩み出す。


「どちらに?」


「探し物だ」


とだけ告げると彼女は振り返る事もせず、戻ってゆく。

幸村は彼女の姿が見えなくなるのを見届けると、再び奥へと視線を移す。

半壊した彫像がと導くように連なっている。


(何だこの予感は)


何か澱み渦巻く闇が眠るようであり、甘く誘惑する暗闇。こちらに来いと命令されるような感覚。

幸村はそして一度引き返すことにした。


何故化け物がここに居るのか、この城に残る敵はどのくらいなのか、まともな人間達はどこで難を逃れているのか。欲しい情報は絶えない。

そして何より準備が必要であると感じた。


既に残り3本となってしまった。

傷を癒す祝福された貴い魔法の液体。


小瓶を見つめ幸村は一つ確信した。


俺は2度死んだんだ。と。


暖炉部屋に戻ると、ルトーでもないリムヒルでもない全く知らない人間が食卓机の一番奥に座っていた。


「見ない顔ですね」


声色からして男だった。彼は立ち上がると、聖職衣の誇りを払いこちらへ歩み寄ってきた。

金色の薄い髪の毛を後ろへ流し、どこか胡散くささを感じるほどに鮮やかにさっぱりとした表情に、スラッとした体型だ。


「初めまして騎士様。私はカーシー。太陽の信仰者であり巡礼者です」


「幸村です」


「へぇ、珍しい名前だ。東の国の方ですか?」


「いえ、ルレベルクの生まれです」


「おお、その国の名前を聞くとは、それにそこの国の方だとすれば何とも奇跡のような出会いでしょうか。これも女神リオネア様のお導きか」


「どういうことでしょうか?」


「ルレベルクは亡国です。非常に高位で貴族も聖者も多い最も太陽の信仰者の始まりの国とも言われるほどの国ですから...」


そうだったんですね、とは答えなかった。

またルトーのように嘲笑われることは簡単に想像できる。


「しかし何人かの騎士や貴族は国を逃れ今もイムブルクの土地に流れ着いていると僅かですが噂を聞いたことがあります。貴方はその1人のようだ」


カーシーはそう言うと、まるで珍しい骨董品を見るかのように幸村の下から上まで舐めるように視線を動かす。

そして一歩前に歩み出ると、鎧上のサーコートの端を触りながら、ほうほうと薄気味の悪い声をこぼす。


「な、なんでしょうか」


「おっと失礼しました。聖騎士で名を馳せたルレベルクの騎士様をこうしてじっくり見ることも無かったものですから」


何とも気持ちが悪い。まるで人間を物のように見られているようだ。


「そうだルトーという小さい男の商人とかは見ませんでしたか?」


「はて、知りませんな。申し訳ない、久しぶりに腹を空かせて祈祷部屋から出てきたものですから」


「祈祷部屋があるんですか」


「オーランド城はご覧のように廃墟です。それらしい部屋と聖書。それさえあれば十分に祈祷部屋として成り立ちますからな。しかし城の中には狂人や異形が彷徨っていますから...色々と仕掛けて部屋に入れない様に工夫しています。よかったらご覧になりますか?部屋に入るまでお時間を要しますが」


「いや、大丈夫です。今日は既に疲れました」


「そうですか、まぁ良いでしょう。いつでも祈りを捧げたくなれば言ってください。暫くはここに居るつもりですので」


勘弁してくれ、唯一の拠点にこいつと2人きりなのか。

そしてなかなか話を終わらせてくれない。


そろそろ座り準備を整えたい。エレにも聞きたいことがあると言うのに。


「時に幸村様。貴方がイムブルクに辿り着いた事には理由があるのでしょう。もし違わなければ貴方の使命に役立つ情報があるのですが聞きますかな?」


「すみません、疲れているんです。長話は勘弁してください」


幸村は苛立ち答えた。物腰は口調は丁寧で当たり障りはない。

だが言葉の裏の真意や、その表情。何よりも視線だ。

執拗に付き纏う勧誘員のように僅かな隙間に入り込んでくるような感覚だ。


「失礼しました。誤っていたら聞き流してくれて良いのですが、もしや」


カーシーはさらに半歩歩み幸村に近づく。


「神の力の分け身...欠片とやらをお探しではないですか?」

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