第10話 不憫な成れ果て



太陽が強く差し込む。

文化は暖かく発展し、聳える白銀の大聖堂は街中に溶け込み違和感を覚えない。


幸村は再び夢を見ていた。


前回よりも強く意識を感じながら。

しかし手足も言葉も自由はきかない。


「此処にいたか」


幸村が振り向くと、前の夢で相対していた男が立っていた。


「稽古前に毎日毎日熱心なことだ」


「今の私は鍛え、そして祈る事しか出来ませんので」


幸村は男と並び、市街地を歩いていた。


「しかし未だに魔法が上手くいきません。流れているエネルギーは確かに感じるし、こうして毎日祈り学んでいるはずなのに。傷も完全には治せないし、雷だって閃光のようにすぐ消えてしまいます」


「そうだな。貴公はいつも傷を癒す際も剣に光を纏わす時も冷静でいられるか?コツは集中力だ。

いくら知識をつけようと祈ろうと力の出る物を食おうと、それが大事だ」


男は自身の頭をツンツンと叩く。


「知識で言えば俺は褒められたものではない。だがどんな相手でも戦いでも常に冷静を心掛けている。そして魔法を唱える際はどんな時であれ一心に集中する、僅かで良い。それだけで良いのだ」


「集中力ですか...しかし戦いの最中に悠長に頭を整理して、なんて出来るのでしょうか」


「次第に出来る。我々の魔法は物語を学び知り祈ることできっかけを得る。糧は身体に流れている。常に感じることだ、流れるエネルギーは生きるか死ぬかの刹那にこそ発揮する。後は経験だ、貴公は騎士。戦いから逃げてはいけない」


男は街を駆ける子供を目で追い、口角を上げると険しい表情に変わる。


「近頃物騒な話が多い。つい此間もミストに化け物が現れ大きな被害を受けたと聞いた」


「大きな教会がある街ですよね、巡礼者もさぞ多かった事でしょう」


男はふぅと小さなため息をつく


「幾人か先遣隊が派遣されたのだがいまだに音沙汰もない。あと数日待ち何もなければ次は俺が行く事になる」


何かを覚悟した表情に変わり、何も言葉を掛けられずにいた。

男はケロッと頬を緩めると、腰掛けていた剣を抜き、太陽にかざした。


「代々ルレベルクの騎士はその剣に光を授かり戦いに行く。加護を受け決して折れぬ強い心だ。貴公にもやがてその恩恵は来る」


男は剣を鞘に収めると、幸村の肩を叩いた。


「帰って来れたら魔法の稽古をつけよう。だがもし私が帰って来なければ、貴公が私を探し出してくれ。そしてーー」


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そこで幸村は身体の意識を取り戻した。無理やりのように起こされた。

肝心なところを見せてくれない、もどかしい気持ちのまま何ともスッキリしない。

だが身体は昨日よりも力がみなぎり、名も知らない騎士の記憶や想いがより一層幸村の身体に強く流れ出していることを感じる。


何だか、まるで俺が俺で無くなるようだ。

夢の中に出てくる騎士が益々この身体に、この頭に...

俺の記憶に思い出に溶け込み混ぜ合っていくような。


部屋の中を見れば、ルトーの姿も無かった。

何処かいくならば一言くらい掛けてくればよかったものの、置き手紙もないとは昨日あれだけ話し、ここに導いてくれたにも関わらず。

こんな世界じゃ情を持つのも危ういということなのだろうか。


さて、リムヒルトの行方も分からない。

だとすればこの部屋で引きこもるなんて無利益な行動はしない、今は武器もある。癒す魔法も道具もある。聖女様もペンダントの中に居てくれる。


「折角だ。探索してみようか」


時代を遡り、外国の城をひたすら冒険するような感覚は恐怖心を好奇心が簡単に塗り潰してくれる。


それにあの2人の話からすれば会話が出来そうな人間がこの城の中に他にも居るはずだ。


城内は崩れかけた城壁や天井から薄く光が差し込み、灯りが全く無いわけではないが不気味に薄暗い。傾いた絵画、頭の取られた像。

ここは誰かの書斎だったのだろうか。?

ここは訓練部屋とかだったのか?

ここは憩いに使われてたのだろうな。。

人気を感じない城内を興味深く観察しながら慎重に進んでいく。


瓦礫で塞がれた道を乗り越え、とりあえず道なりに奥奥へと進んでいく。隙間から顔を覗かせた光がいよいよ届かない場所まで来た頃、突き当たりを曲がったその時、幸村は途端に歩みを止めた。


全身は肉が乾き裂け、骨は剥き出しとなり、重厚な斧槍をぶらんとした両手に1本ずつ携え、身の丈の倍近くまで肥大した異形の化け物と目が合った。身体には生前の名残なのか、ヒラヒラとボロボロに破れた装飾が揺れていた。

化け物は赤く沸る瞳を光らせ、幸村を視認するや否や、一心不乱に襲いかかってくる。


何故化け物がこんな場所に!?


なんて考える余地も無く、咄嗟に剣を構え乱暴に振り下ろした斧槍を防いだ。

鈍い音を響かせ、両腕は酷く痺れ大きく仰け反るが、精一杯踏ん張り隙は与えない。


幸村は剣を見る。幸いにも折れてはいない。

この世界の武器や防具は想像以上に硬く作られているようだ。

争いの絶えない日々に、魔法や異形の化物に抵抗するために鍛冶文化が進化した影響なのだろうか、それとも体の良い魔術や加護による恩恵なのだろうか。

だが今はふけ考える時間は無い。


一歩後退りし、両手から右手に剣を持ち替え、背中に背負った盾を左手に構え直す。


化け物は細い腕を揺らしながら再び斧槍を振り上げ、ジリジリと幸村との間合いを詰めていく。


どこを攻撃すれば形勢は傾くだろう。

狂人のように人間規格なら首や心臓、、闇雲に身体を斬れば何とかなるだろうが、こいつにそれは有効だろうか。


我慢を捨てた化け物は、悍ましい雄叫びを上げ乱暴に振り回す。壁に斧槍をぶつけようがお構いなしだ。砕けた城壁は砂埃を起こし、幸村から明確な視界を奪う。


乱暴な攻撃を、左肘をしっかりと折りたたみ精一杯盾で防ぐ。

疲れを見せたか、化け物が攻撃を終えると、幸村は力強く踏み込み、装飾を斬り裂き、胴体に攻撃を与えた。

しかし化け物の身体は想像を超え硬い。勢いよく振り下ろした一太刀は乾いた血を僅かに吹かせるだけで致命を与える事はない。


グラリと大きく揺れた化け物は、遠心力を利用するように勢いよく幸村目掛けて体当たりを繰り出す。

予想外の攻撃に幸村は勢いよく仰向けに倒れ込んでしまう。


「しまった!」


瞬間、天井を見上げた視線の先には化け物が斧槍を構え飛びかかってきた姿を最後に幸村はプツリと何か途絶えた。

刹那パリンと何か割れるような音が聞こえた。


飛び散る鮮血。ピクリともしなくなった身体。

化け物は勝利を確信したように再び咆哮を上げる。傷ついた壁に響き砂埃が舞う。

そして化け物は幸村を喰らおうと口を大きく開けた。


一瞬にして光る閃光。それはまるで 稲妻のようだ。大きく口を開いた化け物は、自身の口の中に激しい痛みと燃えるような熱さを覚え、何が起きたとばかりにその場から本能のように勢いよく後退した。


霞んでゆく視界に映ったものは、完璧に仕留め今から腹の中に入れる筈であった昼食の男が、左掌をこちらに向け、小金の魔法陣を展開していた姿であった。


化け物は爛れた口元を垂らしながら、朦朧としながら斧槍を拾い、今度こそ擦り切れんばかりに潰し切り刻んでやろうと振り上げたが、展開した魔法陣から飛んできた雷撃の2撃目は化け物の眉間を貫いた。その細く黄色い閃光は雷の矢のようだ。

そして化け物は振り翳した斧槍の重さに引っ張られるように仰向けに倒れ力尽きた。


幸村は意識があった。

確実にあの時に死んだはずだ。

パリンと何か頭のなかで割れた感覚を最後に、、


だが勝てて良かった。咄嗟に出た雷の矢は記憶が助けてくれたに違いない。

でも何か、何か自分の中から一つ大きな物を失ったような気がする。

しかしまあともあれ良かった。

安堵した幸村は身体に激しい痛みを覚える。


激しい切り傷、砕けたであろう骨。

鎧の上からでも感じられる激しい流血を抑えるべく彼は回復の力を使う。

だが痛みに上手く集中する事が出来ない。


微弱な魔法陣は僅かな粒子しか生めず、今の状況では傷の完治に追いつかない。


そうだ、小瓶を。

腰に手をかけるが、あろう事か暖炉部屋に袋を置き忘れてしまったようである。


「何してんだ俺は」


携帯や財布の忘れものの癖が多かった幸村は、この時ばかりは激しく強く自分のだらしなさを憎んだ。


幸村は目を閉じた、見てしまうからダメなんだと。

だが痛みは次第に強まり、意識も朦朧としてきた。集中しなくては。頭では理解しているが荒くなる呼吸に気持ちは整わない。


「大丈夫か」


聞き覚えのある声が聞こえた。

目を開けるとそこにはリムヒルトが立っていた。

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