第9話 シュルデンのリムヒルト


城門をくぐり見えた世界は、幸村がこの世界に転生するわずかな時間に妄想した景色があった。


廃れ城壁は崩れ、気を付けて歩かなければ勢いよく転んでしまいそうなほど凸凹な通り。

だがそれ以上に何か紋章の書かれた大きな旗が頭上のはるか上で踊り、なおも誇りを失わない勇敢な石像が並ぶ。


だがここでまたテンションを上げればルトーに馬鹿にされる。

まだ会って間もない小柄な男に、ましてや今は貴重な会話ができる人間に舐められたりしたらたまったもんじゃない。


幸村は自分の棋士としての身なりを演じるように堂々と歩いてみせた。


しかしまぁ人気がない。剣や槍が捨てられ、鎧や兜でさえ脱ぎ捨てられたように辺りにいくつか散らばっていた。


折れた旗に矢が刺さり、激しい戦いがかつてこの城であったであろう証は、門をくぐりすぐにでも理解できた。


連れられ大広間に入ると暖かな灯りが灯っていた。土埃の被った真紅の絨毯の上に大きな食卓のような机の上には使われずに久しい食器が置かれ、暖炉には小さいが火が揺れ、誰かがここを拠点に生活している事を感じさせる。


「ここは安全だ、保証する」


ルトーは迷わずに部屋の端へ進むと、荷物を下ろし、壁にもたれかかるようにドカッと座る。

どうやらあそこが彼の定位置のようだ。


「適当に座りな。ああ、だが妙な真似はするなよ?」


幸村はとりあえずルトーの近くに置かれていた椅子の上に兜を脱ぎ座った。

室内でこうしてゆっくり休めるなんて思わなかった。


「ルトーさんは城の関係者とかですか?」


特に周りに人がいる様子は見えないが、幸村はボソッと小さく質問した。


「かつてはアルバっていう英雄が収めてたらしいんだが、とうにすっかり廃れててな。俺もそうなんだがここは今は太陽の信仰者の仲間が視える」


「太陽の信仰??」


「なんだ、お前さん知らないのか。世界に初めて光を齎したリオネア様の加護を受け教えを学び祈るんだ。俺にはすっかり枯れてしまったけどかつて信者達は黄金の魔法を使い、傷を癒し民衆を守る使徒だったんだぜ」


ルトーは話し終えると、ポケットからしわくちゃな黄色い小さな一輪の花を取り出し、大事そうに両手で包み祈り出した。


幸村は彼の手が酷くボロボロで血が滲んでいるのを見ると、右手を翳した。

白い光の粒子に包まれ、ルトーの手には輝く魔法陣が展開し瞬く間に傷を治した。


「この魔法の事ですか?」


ルトーは塞がった傷をしばらく見つめると、不可思議そうに幸村を見る。


「お前さん...妙なやつだな、太陽の信仰を知らずしてその魔法が使えるなんて。。果たしてお前さんの故郷はどこなんだい?あぁ、治してくれたのは感謝する」


何か余計な事をしてしまったか。

しかし一つ分かることは自分に今宿っている名もなき騎士の記憶、そして発動する生命エネルギーの力から察すると太陽の信仰者、もしくはリオネアを信仰し加護を受けた国の生まれだったのだろう、という事だ。


なるほど、だとすれば俺はヒーラー戦士のようなものなのだろうか。


ルトーは膨れ上がった袋を左手で撫でた。

一体どんな物が入ってるんだろう、この世界ではどんな物が流通してるのか気にはなったが彼は頑なに袋の中身を見せてはくれなかった。


ルトーに対し終始何処か危なげな雰囲気を感じた。

確かに俺を案内し色々と教えてくれた。だが何処か言葉や所作を謝ればプツンと何かが切れ、道中に見てきた狂ったやつらの方へ行ってしまいそうな予感がする。


真実と虚言の境目を曖昧に紡ぎながら言葉を選び声を出している様な、そんな印象を抱いた。


なんて考えてれば、カチャカチャと鎧音を鳴らし部屋の中に一人の騎士が入ってきた。


騎士は此方に目もくれずに、暖炉の横に剣と盾を置き、椅子に座るとパチパチと小さく揺れる火をただ眺めるだけであった。


「あいつはお前さんと同じだ」


ルトーはそう言うと、行ってみろとけしかけてくる。

幸村は立ち上がり、その騎士の後ろに立つ。

挨拶をしないと、そう感じ声を掛けようとすると


「何用だ」


女性の声であった。

エレのような澄んだ声色とは異なり、強く肝の据わっている。


「初めまして、私は幸村といいます」


幸村は恐る恐る名前を告げる。

女騎士は一瞬だがピクリと頭を揺らしたが、再びジッと止まった。 

そして女騎士はこちらに振り返ることもなく答える。


「シュルデンのリムヒルトだ」


名前を告げた後、彼女はようやくこちらを振り返る。スッポリ顔を覆った兜や鎧は無骨であり、数多くの戦いや危機を超えてきた名残が感じられた。

技術が進んだ国の物なのだろう、要所には防御を向上させる工夫が施されている。


「何処の国から来た?」


何気ない問いは幸村を困らせた。

彼女がもしかすれば同じように転生されてきた人間で、偽名を使い伺っている可能性もある。


だが彼女がこちらの世界の人間だとすれば素直にそう答えれば信じてもらえるとは思えない。

まともではないと斬られる未来すら想像に容易い。


その時に、彼の頭にスッと一つの記憶が見えた。

夢の中で見たあの景色、出来事、そして答えた国の名前だ。


「ルレベルクから来た」


賭けのような答えを告げると、リムヒルトはそうか、と呟き


「だとすれば過酷であったろうな」


と続けると、リムヒルトは兜を脱いだ。

中世的な顔立ちに、少しくすみ痛んだ黄色の髪を束ねた彼女の表情はどこか寂しげだ。見た目の年齢で言えば幸村よりも少し上くらいだろうか。

そして何より声色とは異なり、綺麗な瞳をしている。


「それに貴公はイムブルクに来たのはつい最近のように思えるな」


「何故それを?」


「顔が綺麗すぎる」


自分の顔が綺麗など人生で言われた事のない一言であった。ましてや異性に言われるなど想像もしなかった言葉に幸村は一瞬の動揺を見せるが、その言葉の意味が違うことは理解出来た。


彼女の顔は暖炉の火に照らされよく見える。

塞がり薄まってはいるだろうが多数の傷跡が見えた。


「話の出来る人間は貴重だ。自我を持ち理性があれば特に」


リムヒルトは話を続けてくれた。


彼女の故郷シュルデンは辺境の国であった。

かつては文明は栄え豊かな国であったが、次第に人々は狂気に苦しんだ。

病か呪いか、はたまた業か性なのか。


国の勇者達は船を作り、神々の作りし最初の土地であり世界の中心であるイムブルクへ渡ることを決めた。


誰から与えられた使命でも教えでもない。

この土地へ来れば国は救われる筈だと信じていたからだ、航海は過酷であり何人もの勇者が海に消えていった。


しかしようやく辿り着いたイムブルクでさえも混沌に狂い、崩壊への道を止められずにいた。

そして知ってしまったのだ、世界の行く末を。


旅の最中、仲間達とは離れ離れになった。

理由?そんなもの思い出したくもないと。


するとリムヒルトはグッと幸村に顔を近付け、小言のようにこう続けた。


「だが無駄ではなかったんだ。神の力の一部を宿した欠片というものがこのイムブルクの土地にあると知った。それを探しさえすれば世界の崩壊は止まるようなのだ」


そう語るリムヒルトの瞳は力強かった。

近くで見るとよく分かる、その顔に映る今までの絶望や苦労、戦いの日々。


彼女は再び暖炉へ身体を向け、火をまた見つめ直す。


「しかし時間が私にはない。情報を頼りに旅をしたが気付けば此処廃城のオーランド城だ、しかし無駄では無さそうだ」


「他にまともな人間は居ましたか?」


「さぁ、だがイムブルクでも別に全てが全て狂ったわけではない。この城に隠れているのかどうかは分からんが居るのではないか?もっとも私はこの城の中にはまるで何かに取り憑かれた様な下級兵士や騎士、市民達が徘徊している姿ばかりが映る」


彼女はルトーの方に視線をやる、彼は疲れたのか壁にもたれ俯いていた。


「しかし何であろうと強い信仰愛は人にある想い出のようなものだ。だから辛うじて理性や自我を持っていられるのだろうが、、どの道時間の問題だろうな」


彼女は身を乗り出し、立て掛けた盾を優しく撫でる。無骨で傷だらけの鎧姿に似つかわしく無い程、鮮やかな紋章の描かれたオシャレな盾だ。


「少し話し過ぎだな。私は休むとする」


そういうと彼女は剣と盾と、机に置いたポーチ袋を持ち扉の向こうへと出て行った。


ポツンと孤立した幸村は元いた場所へ戻った。

ルトーはこくりこくりと首を揺らしていたが、幸村が近くに戻ると、それに気付き顔を上げる。


「ヒヒヒ、話はもう終わりか」


「たくさんの話をしてくれました。この城、他にもまともな人達が居るんですよね?」


「ああ、だがあまり期待し過ぎなさんな。それに既に夜は近い。城の外では狂者どもやバケモンが彷徨っていやがるからな」


するとルトーはまた気を失ったように眠りについた。黄色い小さな花はそれでも離すことは無い。


幸村はリムヒルトの居た場所へ戻り、彼女と同じように腰をかけ揺れる火を見つめた。


(あの娘の国、シュルデンと言っていた…)


エレの声が聞こえる。


「それが何か?」


ペンダントから粒子が流れ、エレが姿を見せた。

しかし今までとは違い実体としては薄い。

彼女がスッと手をかざすと、暖炉の火は僅かに強くなった。


「何でもない。ただ少し何かを思い出しかけただけ…」

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