第1章 太陽を愛した男

第7話 南の荒れた街道


ここから北西に向かうと良い

エレの言葉通りに村を出たはいいが、北と西がどちらか分からない。


とりあえず森林を抜け、ようやく見晴らしの良い街道に出た。


鳥が群れを成して飛び、野生動物が少ないながらも目にできる。


なんだか、少し安心した。

全てが狂っているもんだと思ってたよ。と。


街道に出るとこの土地が起伏が激しい事に気付く。

平坦な道が続きながらも丘も多く、遠くに僅かに城や砦が見えた。


「城だ...すげえ」


しかし遠くに見えても遥か高い場所に聳え立っている事が分かる。

離された岩壁が無理矢理くっつけられたような地形や建物の残骸が転がっていたり埋まっていたり。


世界が収縮していると言っていたが言葉通りなんだな、と感じた。


さて、北はこの道なりで合っているのかな。

そう考えていると


(空を見て)


エレの言葉が聞こえる。

星の位置とかで判断しろ?て事か?

流石に無理だ、昔の人ではあるまいし。


空を見上げると幸村は疑問を感じた。


(太陽?だよなあれ。余りにも遠くないか?)


ポツリと小さく寂しげに輝く太陽。


それは幸村のいた世界と比べてとても遠くにあるように感じ、見つめていても目を痛める事がない程にだ。

しかし太陽だ、しっかりと輝いている。


「太陽が小さい」


(そうかもね、遥か昔は貴方がたもよく知るよう太陽と同じだった、けどごめんね、そこではない)


そう注意され他の場所に視線をやると、真白い鳥が何処かを目指し飛んでいる姿を見つける。


(あの鳥の飛んでいく先を目指して)


「あの一羽の鳥をか?結構な速度で飛んでいるし。それに空を見上げながら歩くなんて無理もいいとこだぞ」


(大丈夫、あの鳥は同じ場所を目指し朝も夜も行き帰りしている。それに一羽だけじゃないから)


ハト?とかじゃないよな?

ともあれ目にした鳥の飛ぶ先を見つめる。


街道を沿って少し左にズレていく。

方向的にはあの遠くに見える城のようだ。


「なんだよ、だとすれば空とか鳥とか見なくてもあの城の方を目指せば良いんじゃないか」


(目指す方角は確かにそう。けど忘れないように)


はいはい、空返事をすると再び歩き出した。

とてもじゃないが世界が収縮し滅亡の危機を迎えているとは感じないほどに、この辺りは何処かまだ長閑に感じる。


あの村は一体何だったんだろうかと感じてしまう程だ。


しかし油断はしちゃいけないよな。

幸村はいつなにが起きても良いように左腰に掛けた剣への注意を怠らない。


街道を進むと、集団と出会った。

ヘルム兜を被った騎士のような姿をした人間を先頭に、合計4人程の集団。


彼らは幸村に向かって歩いてくる。

騎士を除いた3人も腰に無骨な剣を携え武装をしていた。


緊張が身体に走る。


顔は見えずに俯き、まるで吸い込まれるように。または導かれるように歩いていた。


そしていよいよ幸村とすれ違うところまで来た。


(大丈夫...か)


全身を更に強く走る緊張。しかしそれは杞憂に終えた。

睨まれもせず声をかけられることもなく互いはすれ違った。


(ふぅ、良かった...)


剣を抜こうと右手の力が抜けた。


だが安堵したその瞬間。


背中に急激に悪寒が走る。


咄嗟に飛びそして後ろを振り返ると、先ほどの集団の1人が剣を抜き悍ましい表情で幸村目がけて飛びかかってきた。


ギリギリのところでかわし攻撃を避けた幸村は咄嗟に剣を抜き背に背負った盾を構える。


(あ...危なかった)


人の気配とかに鈍感だった幸村だが、果たして彼に宿った名もなき騎士の加護なのか。それとも転生して勘が目覚めたしたのか分からないが、危うく覚えたての回復を使う羽目になりそうだった。


「ふぅ...」


一呼吸を置き、冷静になる。

1人の攻撃の後に、残りの3人も武器を構えジリジリと近付いてくる。


「正気はなさそうだなやっぱり、何が穏やかだちくしょう」


しかし狂った集団は連携や間合いなどお構いなしに飛びかかってくる。


盾で弾き上手く避けながら一太刀に斬り捨てていく。


「さて、お前は違いそうだな...」


1人残った騎士は他の3人とは違い、幸村の様子を伺いながら視線をそらさない。


(表情とか見えないが...とても狂ったよは思えない感じだな)


しびれを切らし、騎士は剣を振り上げ勢いよく踏み込み斬りかかってきた。


盾でそれを防ぐがやはり一撃は大きい、しかしあの時の黒い騎士ほどではないな。


次に幸村が剣を振り下ろす。


騎士はそれを剣で防ぐが、力強く振り下ろした一撃に隙を見せた。

一瞬であるがそれを見逃さず返すように横降りの2撃目は騎士のすっかり古びた胸甲を斬りさいた。


「ガ...!!!」


顕になった上体に留めをさすと仰向けに騎士は倒れ絶命した。


「よし」


今の戦いの動きは幸村の意識通りだった。

だが冷静にこうも上手く捌き戦うことが出来た。


それに間違いなく高校時代に途中でバスケを辞めたような幸村の力じゃ鎧を傷つけることなんか出来ないだろう。


そこまで時間は経っていないはずだが、確実に身体の中に名もない騎士の力が呼応していることを感じる。


(怖気るな...だったかな)


剣を収めると、幸村は振り返り歩みを進めた。


道中、気狂い彷徨う人間に幾数人と出会った。

こちらに気付くがなにもしないもの。

気付き襲いかかるもの。

ヤギと戯れるもの。


奇妙だ、全てがまともな人間に対して襲いかかるものだと思っていたがかつての性格や職業が影響しているのだろうか。

狂ってなお自然を愛したり、こちらの姿を見て恐れをなし何もしなければ命乞いのような姿勢を取ったり無視したり。。


容姿も市民のような姿や商人。

はたまた下級騎士や聖職者のような姿など。

だが既に皆がまともではないのは確かだ。


考えながら歩いていると、次第に黄昏時となっていた。


思い出したように空を見上げる。

確かに白い鳥は変わらず飛んでいた。


やがて廃墟となって剥き出しの砦跡のような場所に辿り着いた。


見渡せば確かに戦争用の武具や装置の名残が見えるが、どちらかといえば補給用・拠点用のような後方施設として活用されていたようだ。


道中幾つかの戦いを経て、幸村はすっかり疲れていた。


「ふう…しかし慣れないもんだな、全身が痛い」


ボロ布のテント下に潜り込むように座る。


「エレ、聞こえるか??」


幸村はペンダントに向けて声をかけるが返答は無かった。


おーい、もう一度声をかけるがやはり反応は無い。


「参ったな、これから夜になるのに明かりすらないのか?」


幸村は本を取り出し、彼女のように火に関する魔法がないか探したがそれらしいものは無い。


書いてあるのは身につけた"回復"の他に自身の身体周囲に金色の膜を覆う"防護"くらいだ。


「火を展開したり攻撃したりなんかこう、ロマンのある魔法は書いてないのか」


記載があるのは己の身体を守り癒す魔法のみ。

確かに重要だが、なかなか汎用性には欠ける。

こういった旅の道中では特にだ、そう幸村は思う。物足りないな。


(少し休憩したらさっさとあの城めがけて歩いた方が良いな)


すっかり夜になる、月明かりが雲の向こうから差し込むが、辺りはすっかり暗くなる。


(ど田舎の夜みたいだな)


何で思いながらも幸いにもボンヤリと城は見える。

よっこらと立ち上がり、拠点跡を後にした幸村はより周囲に気を配りながら歩みを進めた。


見晴らし塔が並ぶ関門を過ぎた。

道は緩やかに坂道となり、いよいよあの城の領域内だな、と気を引きしめる。


だがその昂りは途端に冷めていく。

切り倒された木々をすぐ向こうには、乱雑に置かれたような墓所が広がっていた。


幸村は見ないように心がけたが、幾つかは墓穴が掘られたか削られたかで開き、すっかり干からびた遺体が重なっているのがいくつか視界に入った。

墓荒らしか、それとも遺体を埋めるのを腐心したか。

だがそんな考察すら震う心を冷静にさせることはない。


「嫌な予感がするな」


こんな夜に勘弁してくれと。だがその悪寒は正しかった。

次第に周囲はジワジワと深い霧に覆われ幸村を囲んでいく。


なんだ!?


それでもかろうじて見える視界を頼りに足を進ませるが、やがてあっという間に濃霧に飲まれてしまった。


引き返そうと振り返るが、周囲は愚か足元でさえも霧に包まれ孤立したような状況に陥る。

濃霧は次第に黒色へと変わりゆく。


ケタケタケタケタ…


子供か老婆か不気味な笑い声が辺りから聞こえる中、腰に下げた袋を何者かが掴んだ。

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