第38話 デートとデート



 ソラちゃんを後ろに乗せて、切無さんの家に向かう。……いや、向かおうと思ったけど、どうせ学校サボってるんだし、すぐに戻ってもつまらない。そう思い、ソラちゃんに声をかける。


「どっか寄り道する?」


「好きにしろ」


 と、ソラちゃんは言ってくれたので、そのまま意味もなく海沿いを走って、目についたカフェに入ってみる。そこは何だかお洒落なカフェで、2人でコーヒーとアイスと軽い食事なんかを頼んで、楽しい時間を過ごした。


「そんなアイスばっかり食べても大丈夫? お腹、痛くなったりしない?」


 冷房の効いたカフェで熱いコーヒーを飲みながら、美味しそうにアイスを食べるソラちゃんを見る。


「言っただろ? 私は貴様たちとは違うイキモノだ。その程度で、体調を崩したりしない」


「でも、犬とか猫も冷たいものばっかり食べてたら、調子悪くなるんだぜ?」


「一緒にするな」


 と、そんな風に楽しい時間を過ごして、またバイクに乗って、遠くへ。自然公園を2人で歩いて、移動販売のクレープを食べたり。目についたバッティングセンターに入って、バットを振ったり。……ちなみにソラちゃんは怪物みたいに運動神経がよくて、嘘みたいにホームランを連発した。


 そんな風に楽しい時間を過ごして、あっという間に夕方。俺たちは2人揃って、切無さんのマンションまで戻ってきた。


「帰ったか。おせーよ、バカ」


 と、切無さんは俺が朝に買ってきたカップ麺を食べながら言う。


「いや、ごめん。ちょっと遊び歩いてた」


「アホか。……でも、ちゃんと見つけられてよかったな。仲直りはできてのか?」


「仲直りってなんだよ、別に喧嘩なんてしてないし」


「嘘つけ」


「別に嘘なんてついてねーよ」


 でも、確かに仲直りという言葉が腑に落ちた。……なんだろう? 俺が知らない間に、あの子と喧嘩したりしていたのだろうか?


「それでさ、切無さん。あの子もう少しここに置いてもらいたいんだけど、いいかな?」


「駄目だったら、わざわざお前に電話なんてしねーよ、アホが。俺とお前の仲だろ? 余計な気を遣うんじゃーよ、ガキが」


「ありがとう、助かるよ。おじさん」


「黙れ。俺はまだ二十代だ」


「ギリギリの癖に」


「うっせ」


 俺と切無さんは笑う。切無さんとは昔からいろいろ悪巧みをしてるし、歳は離れてるけど悪友みたいなものだ。俺はこの人だからこそ、無茶を頼める。


「じゃあ、俺もう帰るわ。また今度なんかお礼するから、ソラちゃんのこと頼んだよ」


「分かってるよ。お前はまた、絵本のアイディアを考えてくれるだけでいーよ。お前の話は、中々に参考になる」


「分かった。なんか適当に考えとく」


「おう、あんま学校サボんなよー」


 軽く手を振って部屋を出る。するとすぐそこに、ソラちゃんが居た。


「どうかしたの? ソラちゃん」


「……いや、別に」


「そう? じゃあ俺もう帰るけど、またなんかあったら連絡してね」


「分かった。その……今日は楽しかった、ありがとう」


 ソラちゃんが笑う。この子が笑うだけで、何故だか胸が温かくなる。思わず抱きしめたくなるような、そんな衝動が胸を満たす。……無論、そんな真似はしないけど、


「お礼なんていいよ、俺も楽しかったし。もしそれでもお礼を言いたいなら、切無さんに言うといいよ」


「分かった。後で伝えておく」


「うん。じゃ、またね? ソラちゃん」


 それだけ言って、マンションを出る。空が茜色に染まっている。今からバイクを飛ばせば、余裕で鷹宮さんとの約束に間に合う。


「鷹宮さんにもメッセージ送っておいたし、さっさと行くか」


 駅前で鷹宮さんと待ち合わせ。約束していたカフェに2人で行く。ソラちゃんといろいろ食べ歩いたけど、既にもうお腹が減っている。……なんか最近、食べる量が増えてきたような気がする。


「このままだと太るかな」


 なんてことを呟いてから、バイクをゆっくりと動かし駅に向かう。流れていく街並み。帰宅途中のうちの学校の生徒。知ってる顔が、こっちに手を振ってるのが見えて、軽く手を振り返す。


 鷹宮さんも居るかなーと思い探してみたが、彼女の姿は見つけられない。そうこうしてるうちに駅前に。カフェに駐車場はないので、駅の駐車場にバイクを停める。


「あ、やばい。スマホの充電、また切れた」


 最近、やたらと充電が切れるのが早い。もうバッテリーの寿命がきているのかもしれない。


「でも店で変えるとなると、結構金かかるからなー。自分で変えるかー」


 なんてことを言ってると、ふと声をかけられる。


「神坂くん、何してんのこんなとこで?」


 振り返ると、クラスメイトの久梨原さんと雨宮さんが、ニヤニヤとした表情でこちらを見ている。


「いや、ちょっと待ち合わせ」


 と、俺は適当に言葉を返す。


「そうなんだ。じゃあ用事ある感じ? これからあたしたち2人でカラオケ行こうーって話してたんだけど、神坂くんは無理な感じ?」


「悪いけど、今日は無理だね」


「そっかー。残念だねー、雨宮ちゃん」


「だから、別に私は何も言ってないって」


 楽しそうに戯れ合う2人。俺は充電が切れたスマホをポケットにしまい、軽く伸びをする。


「でも神坂くんさー、3日も学校サボって何してんの? 彩先生、めちゃくちゃ怒ってたよ?」


「あー、やっぱ怒ってるかー。でもまあ、いろいろ忙しいんだよね、俺。だから学校とか、行ってる暇ないの」


 適当に笑う。


「あはははっ。なにそれー」


「神坂くんって、変な冗談よく言うよねー」


 久梨原さんと雨宮さんも楽しそうに笑う。


「じゃあ、私たちもう行くけど、また今度カラオケ行こうねー」


「約束だからね?」


 バイバイと手を振る2人に、俺も手を振り返す。どうでもいいけど、あの子たちいつもカラオケばっかり行ってる気がする。


「……ハルくん、なにしてるの」


 と、また声が響く。振り返るとそこにいたのは、鷹宮さん。


「あ、鷹宮さん。ごめんね? 今日は学校サボっちゃって」


「別に……別にそれは、もういいよ。ハルくんにも事情があるんだろうし、風邪がうつったんじゃなくて安心した。それよりハルくんさ、あの子たちとなに話してたの?」


「あの子たち? あー、久梨原さん雨宮さんね」


 多分、鷹宮さんは2人のことを覚えていないのだろう。あの子たち……はまあ目立つ方だけど、それでも他人を拒絶している鷹宮さんが、クラスメイトの顔を覚えているとは思えない。


「もしかして今日は、あの子たちと遊びまわってたの?」


「いや、あの子たちクラスメイトだよ? 今日も多分、普通に学校に行ってたと思うよ」


「じゃあなんで、あんなに楽しそうに話してたの?」


「いや、俺が3日も学校サボってるから、何してんのーって、言われただけ」


「……そうなんだ」


 鷹宮さんの言葉に覇気がない。雰囲気も昨日とは全然違う。もしかして何か、怒らせることでもしただろうか? そう思っていると、鷹宮さんはさっきまでとは別人のような顔で笑う。


「ごめんね? ハルくん。私、勘違いしちゃった」


「……? まあ別にいいよ、それくらい。それよりカフェ、すぐそこにあるから行こうぜ?」


「うん! 今日はこの前のお礼に私が好きなだけ奢るから、ハルくんはいっぱい食べてもいいよ!」


「やった。じゃあ、メニュー全部注文してもいい?」


「いいよ。ハルくんが食べたいなら、それくらい全然いいよ」


「……ごめんなさい、嘘つきました」


「ダメ。全部食べるまで許してあげない」


「ごめんって。怒るなよ」


「ダメ。私、嘘をつく人は嫌いだから」


 2人で笑ってカフェに入る。さっき感じた鷹宮さんの変な雰囲気は、きっと気のせいだろう。そう思い2人で美味しくラーメンとピザとカレーを食べて、どうしてもという鷹宮さんの誘いを断れず、また鷹宮さんの家にお邪魔することになった。


 そして俺はそこで、鷹宮さんに手を出すことになる。あの日の朝に、全てが繋がる。


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