第14話 後輩と再会
1時間近く歩いてラーメン屋まで辿り着いた俺といのりちゃんは、時間も早かったということもあり特に並ぶことなくラーメンを食べ、そのまま店を後にした。
「あー、やばい。食い過ぎた」
「私もお腹いっぱいです。ご馳走様でした、先輩」
「いいよ、これくらい」
満腹ですー、とお腹に手を当てるいのりちゃんに、軽い笑みを返す。
「でも先輩、ほんとにちょっと食べ過ぎですよ。ラーメン大盛りにライス大。チャーシューと煮卵のトッピングに、唐揚げと餃子。いのりちゃんは、見てるだけで胃がもたれました」
「なんか、ガッツリ食べたい気分だったんだよ。朝も食ってなかったし」
「それでも食べ過ぎですよ。私、嫌ですよ? 先輩が太ったりしたら。お腹、ぷにぷにしてあげます」
「大丈夫だよ。その分、身体を動かすから」
と言っても、外はもう30度近い気温だ。ただでさえ満腹で気持ち悪いのに、こんな暑い中をまた1時間もかけて歩くのは、正直、嫌だ。
「先輩、ちょっとどこかで涼んでいきません?」
「あー、そうだな。このまま歩くと、吐く」
……でも、こんな風に楽しい休日をエンジョイしてる余裕は、今の俺にはない。やらなければならないことも、やっておきたいことも、いくらでもある。
「……え?」
「ん? どうかしたんですか、先輩。ポカンと口を開けて。いのりちゃんの可愛さに、悩殺されました?」
「いや、今さ。そこのショッピングモールに……」
髪の毛が真っ白な……それこそまるで天使みたいな少女が、そこのショッピングモールに入っていったような気がする。……いや、流石に見間違いだろう。あんな超常的な雰囲気を持った少女が、休日のショッピングモールで買い物とかしてたら笑う。
「なんですか? あそこで何か、買いたいものでもあるんですか? 先輩」
「いや、ちょっとあそこで涼んで行こうかって」
「いいですね。ちょうど私、夏服見たいなって思ってたんです」
2人で仲良くショッピングモールへ。……入って辺りを見渡すが、やはり白い髪の少女なんてどこにもいない。そもそもさっきの彼女が本当に昨日の天使なら、あの目立つ翼があるはずだ。翼が生えた少女が来店したら、もっと騒ぎになっているだろう。
「やっぱ、見間違えか」
「なんですか? また独り言ですか? 今日なんか多いですよ」
「いや、なんか今日はいのりちゃんの背後霊がよく喋りかけてくるから、つい返事をしちゃうんだよ。ごめんごめん」
「怖いこと言わないで下さい。……ちなみに私の背後霊、なんて言ってます?」
「今日は暑いですねーって」
「普通!」
と、楽しいやりとりをしながらエスカレーターに乗って、2階へ。ショッピングモール内は、エアコンが効いていて涼しい。
「あ、あそこ。あのブランド、私、結構好きなんですよねー」
トテトテと、俺が普段は行かないような服屋に入るいのりちゃん。俺はまだ腹が気持ち悪いなーと思いながら、その背に続く。
「先輩、これとこれどっちがいいと思います?」
「露出が多い方」
「じゃあ、こっちか……」
「あ、本気にしないで。適当、言った」
「でも先輩も男の子なんだから、露出が多い方が好きなんですよね?」
「まあ、そうだけど……」
「じゃあやっぱり、こっちか」
うんうんと1人で頷くいのりちゃん。そんないのりちゃんを、俺はちょっと離れたとこから眺める。
今日のいのりちゃんの格好は、ショートパンツにキャミソール。更にその上に薄手のカーディガンを羽織っているという、中々に露出度の高い格好だ。特にスポーツしてるのもあって、いのりちゃんの脚はすらっとしていて綺麗だ。
「あ、先輩。今、私の脚を見てましたね?」
「……黙秘する」
「やらしー。でも仕方ないですね、いのりちゃんの脚は男を魅了する美脚なので」
「いや、そこまでではない」
「冷静なツッコミは、傷つくので辞めてください」
いのりちゃんは見ていた服を置いて、店を出る。
「なんだ、買わないの?」
「なんですか? 私があの服着てるの、そんなに見たかったんですか?」
「いや、まあそれもあるけど、なんか気に入ってそうだったから」
「でも他にもっと、いいのがあるかもしれないじゃないですか。それにいのりちゃんのお財布は、ぽんぽんと服を買う程の余裕はありません。……先輩が買ってくれるなら、話は別ですけどね」
「んな金ねーよ」
と言いつつ実は俺、結構前からバイトに勤しんでいるので、程々のお金持ちだったりする。
「えー。先輩、よくバイト行ってるじゃないですか。あの変な人のとこ」
「切無さんは、別に変な人じゃねーよ」
「変な人ですよ、あの人は。なんか売れないホストみたいな見た目してて、いのりちゃんはちょっと苦手です」
「それ、本人に言うなよ? あの人、見た目の割に繊細だから、女子高生にそんなこと言われたら、3ヶ月はへこむ」
「へこみすぎです。それはそれで、普通に引きます」
そんなことを言いながら、また別の服屋へ。
「でも、私も何かバイトしようかなー。カフェの店員とか、ちょっと憧れてたんですよねー」
「いのりちゃんが店員のカフェなら、毎日通うよ」
「本当ですか?」
「あ、ごめん、嘘。行って週一だな」
「微妙な数字。いのりちゃん、反応に困ります」
少し怒ったように、それでも楽しそうに笑ういのりちゃん。……バイトを始めるってことは、もうバスケはしないということになる。いのりちゃんは、本当にそれでいいのだろうか?
「でも先輩って、何の為にバイトしてるんですか? 先輩に限って社会勉強とかないですし、何か欲しいものとかあるんですか?」
「別に……ただの、暇つぶし。あーいや、切無さんに頼まれたからってのが、1番かな。あの人とは昔からの友達だから」
「……じゃあ先輩は、頼まれたら何でもするんですか?」
「いや、流石にそんなことはないよ」
「でも先輩、白山さんに告白された時、普通に付き合ったじゃないですか。それに鷹宮さんのことも、凄く気にかけてる。それって好きだからなんですか? それとも、ただ可哀想だったから?」
「…………」
答えに詰まる。まだほとんど思い出せていない鷹宮さんとのことはともかく、白山さんとのことは否定できない。……別に、可哀想だから付き合ったなんてことは絶対にないけど、それでも胸を張って好きだったと言えるような関係でもなかった。
……でもきっと、だから忘れられないのだろう。
「なんて、冗談ですけどね。さ、次は向こうの店に行きますよ」
腕を引かれて、また次の店へ。……なんか、いのりちゃんのペースに飲まれてしまっている気がする。今日はもう、1日潰れる覚悟はした方がいいのかもしれない。
いや、夜は流石に鷹宮さんとの約束を優先するが。
「…………」
でも、ふと思った。もしかしたらいのりちゃんになら、言ってもいいのかもしれない。関係を持ってしまったであろう鷹宮さんや白山さんに『実は、その時のこと覚えてないんだよねー』なんて言ったら、ただのクズ野郎にしかならない。でもある程度、距離のあるいのりちゃんになら、記憶のことを話してもいいのかもしれない。
誰かに話を聞いて貰えば、何か分かることもあるだろうし、思い出せない記憶のことも──。
「……ごめん、いのりちゃん。俺ちょっとトイレ行ってくる」
「ちょっ、先輩?」
地面を蹴って、走る。ふと見えた白い髪。赤い目を隠すような大きなサングラス。それは確かに見間違いではなく、だから俺はその背を追ってショッピングモールを駆け回る。
そして、たどり着いたのはフードコート。人目につかない端の方の席に、一際目立つ少女がいる。
「本当にいた……」
少女はまるで目立つ白い髪を隠すように帽子を被り、大きなサングラスをつけたまま、気怠そうにアイスを食べている。
「貴様は本当に懲りない奴だな」
と、少女はつまらなそうに、そう言った。
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